未来へ架ける橋02
夕食は和やかに済み、食後のお茶の時間。秋孝は妙にそわそわとし始めた。
「秋孝?」
そのことに最初に気がついたのは、蓮だった。
「あー、うん」
秋孝の声に、奈津美も気がついて秋孝を見る。
「蓮と奈津美に、話がある」
奈津美と蓮は顔を見合わせ、同時に秋孝を見る。
「……おまえたち、ほんと相変わらず息がぴったりだな」
「よく言われる」
智鶴は秋孝に寄り添って、ふたりを面白そうに見ている。
「俺、新しい会社を立ち上げようと思うんだ」
「そうなんだ」
なにか重要な話かと思ったら、そういう話か、と奈津美は半ば興味を失う。
「それで、奈津美」
「はい?」
もうすでに興味を失っているので、奈津美はなに? と思いつつ秋孝を見る。
「奈津美には副社長になってほしいんだ」
秋孝の言葉に、奈津美の思考が停止する。
「はい?」
「蓮は奈津美の秘書として、一緒に働いてほしい」
「は?」
奈津美と蓮は目が点になっている。智鶴はふたりの反応が予想通り過ぎて、くすくす笑っている。
「な? 秋孝、正気?」
「俺は正気だ。ちぃとずっと一緒に計画していた」
その言葉に、奈津美と蓮は同時に智鶴を見る。
「はい、ここのところ毎晩、ふたりで考えていました」
奈津美と蓮は顔を見合わせて、さっそく作戦会議に入ったようだ。
「秋孝、とうとう狂っちゃったのかな?」
「いや、もともと変態で馬鹿だ。そのうえで狂ったら周りが困る」
「だよねぇ……。だけどさ、正気だったらあんなこと、言わないよ」
「酒……飲んでないしなぁ。空気で酔っ払えるのか、あいつは」
ひそひそと話しているつもりでも、秋孝の耳にはきちんと入っている。もちろん、奈津美と蓮はそれは分かっているのでわざとなのだが。
「おまえらはほんとーに、漫才コンビだな!」
「あ、聞こえてた?」
まったく悪びれた様子もなく、奈津美は笑う。
「秋孝、本当の本当に本気? 正気?」
「俺は本気だし正気だ。奈津美、おまえ言ったよな、『また一緒に仕事がしたい』って」
奈津美はその言葉を思い出し、
「言ったよ! 確かに言った! 言ったけど、それは私があそこの部署にいて、そこであのときみたいな形で仕事ができたらいいなって思っただけで……」
「奈津美、おまえはあそこの部署で一生を終わらせるようなやつではないし、おまえ本人も思っているはずだ、物足りないって」
それは蓮も感じていたこと。楽しそうに働いてはいるけれど、ふとした時に見せる、少しさみしそうな表情。物足りなさを感じているのを蓮も知っていた。だけど、ホテル事業部の部長の角谷のこともあり、次の一歩が踏み出せずにいるのも知っていた。
「俺は今回、イレギュラーだったけれど一緒に働いて、あそこに埋まったままにしておくにはおしい人材だと思ったんだ」
「そんなことないよ。蓮にかなり助けてもらってるし」
「俺はおまえらはふたりでセットだと思っている。どちらかだけだと駄目なんだ」
「えーっと、それはふたりで一人前、ってこと?」
単品お断り、と言われているような気がして、少しムッとする。
「単品でも充分なのは分かっている。ふたりセットでその力は三倍にも四倍にもなる」
ほめられているのかけなされているのか判断がつかない。
「最近、反抗的な深町のあほもこの話は知っているよ。あいつ、おまえたちと働けるのを喜んでいるぞ」
「深町さんが?」
久しく会っていない茶色い髪の男を思い出し、奈津美はきょとんとした。
「ところで、なんで私が副社長?」
ようやく事態が飲み込めたのか、秋孝のさっきの言葉に奈津美は突っ込みを入れる。
「俺が社長、奈津美は俺をサポートしてくれ」
「私、サポート役って柄じゃないんだけど」
「副社長なんていうのはまあ、方便だな。奈津美の好きにすればいい、俺たちがフォローするから」
秋孝の言葉に奈津美はさらにきょとんとする。
「あ、え? どういうこと?」
「俺、ちぃと結婚して思ったんだ。結婚っていいなって」
智鶴もそのあたりの話は初めて聞くらしく、興味深く聞いている。
「悲しいニュースもよく聞くけど、やっぱり結婚すると気持ちが安定するんだよな」
秋孝の言葉に奈津美と蓮はうんうん、と同意する。
「今、出会いがないだとか婚活と言ってるけど、そのお手伝いができたらいいな、と思っていてだな」
「あー!」
奈津美は大声をあげた。
「秋孝、やっぱりあんたとは気が合うわ!」
そう言って奈津美は笑い出す。
「私、この間、たまたまキューピッド役をやったんだけど、それが結構面白くって。あそこの部署でそれをやろうかな、と思っていたんだ」
蓮は頭を抱えた。深町の思惑通りに奈津美がはまっていく……。
「それを仕事としてやろう、と言うのね? あは、それは面白そうだわ!」
蓮は生き生きとしている奈津美を見て、秋孝を少し恨めしく思った。あの電話一本が……ここまで話が大きくなるなんて思ってもいなかった。奈津美がやりたい、と言うのならどこまでも付き合うつもりでいたので異論はないのだが。その話をもたらしたのがよりによって秋孝だった、ということが……少し複雑な心境だった。
「蓮は?」
「オレは奈津美がやりたいことについて行くだけ」
「いや、それは抜きにして、蓮の個人的意見が聞きたい」
秋孝の言葉に、蓮は戸惑う。個人的意見……?
「俺が今した話、馬鹿らしいと思うか? 不可能だと思うか?」
「オレ個人としては、馬鹿らしいとは思わない。が、需要はあるのか?」
蓮の言葉はもっともだ。勝算がない勝負は、するだけ無駄だ。
「残念ながら、勝算は五分五分。需要はあるとは思っている」
「やってみなくちゃ分からない、ってこと?」
「そうだ。だけど奈津美、おまえはホテル事業部の売り上げを増やした功績がある。それに、ブライダル課も立ちあげたじゃないか」
秋孝はやはり、奈津美の功績を知っている。
「あれは……偶然だよ」
「偶然でもそれはおまえの実力のうちだ。それに、俺は今回のこの会社、うまくいくという確信がある」
秋孝がどこまで考えているのかわからないからなんとも言えない。が、自信がなければここまで言えないだろうし、ビジョンを明確に描いているからこうやって話を持ってきたのだろう。
「分かった。だけど、ちょっと考えさせて」
「いきなり言われてすぐに返事をもらえるとも思っていない。週の半ばにおまえたちのところに行くから、その時に返事をくれればいい」
「えー、それだけしか時間がないの?」
「もうほとんどおまえの気持ちは決まってるんだろう? 待つだけでもありがたいと思え」
こういうところは俺さまだな、とちらりと奈津美は思う。
「分かった」
「順番にお風呂に入って」
蓮の言葉にまずは智鶴が入る。