『愛してる。』


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未来へ架ける橋01



 話は、奈津美と蓮の知らないところで静かに、しかし性急に進んでいた。

 ここのところ、毎週土日は高屋夫妻──秋孝と智鶴──が泊まり込みで蓮に料理を教わりにきていた。
「秋孝、それは砂糖だから!」
 奈津美の叱責に、秋孝は顔をしかめ、舐めて確かめる。
「……甘い」
「うちの砂糖、白くないんだからわかるでしょう!」
「アキってそういうケアレスミスをやりやすいよね」
 智鶴がお玉でアクをすくいながらくすくす笑っている。
 土曜日の昼下がり。蓮の指示のもと、料理初心者ふたりと中級ひとりは本日の夕食を作っていた。蓮はのんびり読書、と行きたいところだけど、なにをやらかしてくれるかわからないので、結構ハラハラドキドキしながら読んでいるので、話が頭に入ってこない。
「自分で作った方が気楽だな」
 ぽつり、とつぶやく。だけどこれも結構楽しくて、こういう休日の過ごし方があるんだな、と初めて知る。
 料理も完成に近づいてきたらしく、キッチンからはいいにおいが漂ってくる。
「ちぃちゃん、そっちの鍋はどう?」
「順調ですー。お味噌入れたら出来上がり」
「蓮ー」
 奈津美の呼び掛けに、蓮は、ん? と首をひねって立ちあがる。
「呼んだ?」
「呼んだ。夕食までにはかなり時間があるんだけど、ちょっと買い物に行かない?」
 ちらりと時計を見やる。たまには外でお茶をして少し買い物をするのもいいかもしれない。
「そうだね。少し外でお茶でもしようか。秋孝、智鶴ちゃんはいい?」
「行きたいです!」
 智鶴のうれしそうな声に秋孝は、
「ちぃが行きたいって言うなら、いいよ」
「ちぃちゃんが絡むと急に自主性がなくなるよね、秋孝」
 奈津美と秋孝はすっかり仲良く? なって、奈津美もいつの間にか「さん」付けではなくなっている。年下なのに「さん」づけなのか、と思っていたけどどうやら奈津美なりに敬意をあらわしていたらしい。
「俺はいつだってちぃが優先だ」
 なんだかどこかで聞いたことがあるようなセリフだな、とちらりと奈津美は蓮を見る。
「秋孝って『俺についてこい』タイプだと思ってたんだけど、意外だよね」
「アキ、結構そうですよ」
 智鶴は味噌汁の味見をしながら秋孝を見る。
「仕事では嫌でも引っ張っていかないといけないんだから、プライベートくらいはちぃに甘えてもいいだろう」
 その言葉が、夕食の後の話につながっていたとは……その時、秋孝以外のだれにもわかっていなかった。

 四人は駅近くのショッピングモールに来ていた。このショッピングモール、駅前にしてはかなり大きくて、ここでほとんどのものがそろう。
「おふたりの家から近くて、いいな」
「でしょ? 便利すぎて、引っ越しできないのよ」
 以前、友也とふたりで入ったカフェに入り、飲み物を注文する。こういうお店は初めてな秋孝と智鶴にシステムを説明する。熱心に話を聞いているふたりに蓮は苦笑しつつ、店内を見回す。店の中は禁煙で、テラス席は喫煙可。テラスで外の空気を感じながらのんびりとお茶をしたいところだったけれど、外はかなり喫煙者がいるらしく、風向きによっては少し煙たい。店内の一番奥にした方がよさそうだと判断して、蓮はさっさと注文して、席を確保する。奈津美はきちんと蓮がどこに行ったのか確認して、自分と秋孝と智鶴の飲み物を注文する。
「ちぃと奈津美は先に席に行っておけ」
「え、だってお金」
「いいから、気にするな」
 秋孝の言葉に甘えて、奈津美は智鶴を連れて蓮が待つ席に行く。
「秋孝、きちんと支払いできるの?」
 少し心配になって、奈津美はレジに並んでいる秋孝を見ている。
「大丈夫ですよ。最近はコンビニでの買い物を覚えましたから」
 智鶴の言葉に、奈津美と蓮は苦笑する。
 秋孝はかなりお坊ちゃま育ちだ。本人と話をするとあまりそう感じないが、やはりたまに「この人は育ちがいいんだな」と思わせるところがある。店員に言われた金額をきちんと支払っている姿を見て、奈津美はほっとした。
 トレイに飲み物を乗せて運んでいるのが妙にさまになっていて、奈津美はお腹を抱えて笑いだした。
「秋孝、ここで店員でもやる? あ、それともホストの方がいいかな?」
 秋孝のホスト姿を想像して、奈津美はさらに笑う。
「あははは、似合いすぎるっ!」
 秋孝は奈津美がなにをそんなに面白がっているのかわからず、ムッとしている。さすがの秋孝でも想像していることは見えないらしく、おもしろくなさそうに先ほど注文した飲み物を飲んでいる。
 秋孝には変わった能力があった。それは、他人が見たことが見える……という特殊能力。なにが見えるのか、は秋孝自身が選べるわけではないので見えるまでなにが見えるかわからないが、それでも他人の記憶が見えると言うのはいろいろ厄介のようだ。今ではその能力もだいぶコントロールできるようになったようで、意識しないと見えないくらいまでは制御できているようだ。
「ちぃちゃん、どこか見たいところない?」
 ショッピングモールのマップを取ってきて、広げて見ている智鶴にそう声をかけた。
「特に見たいところはないかなぁ」
「じゃあ、少しうろうろしてみようか」
 お屋敷と学校の往復であまり外をうろうろしていなさそうな智鶴に、奈津美はそう提案する。
「はい!」
 智鶴はうれしそうに返事をする。
 飲み物を全部飲み、四人は移動する。
「こういうところ、秋孝は来たことないんじゃないの?」
「ないな。俺、人ごみ苦手だから」
 秋孝の言葉に奈津美はそう言えば、とようやく思い出す。
「人ごみの中だと頭痛くなるんだっけ? 大丈夫?」
「ああ。ちぃがいるし、最近は意識しないと見えなくなったから、大丈夫」
 その言葉に奈津美は安心した。
「そう言えば学生の頃、よく頭が痛いって言ってたな」
 蓮は思い出したようだ。
「蓮に抱きつくと、痛いのすぐに治っていたからなぁ」
「……それで抱きついてたのか」
 ふと見ると、秋孝は智鶴の手をしっかり握っている。仲良しだな、と奈津美は思ったけど、蓮もしっかりと奈津美の手を握っているので一緒だな、と思い直す。なんとなくダブルデートっぽくって面白い。目的もなくショッピングモールをぶらぶらと見て回る。秋孝と智鶴ははじめてくる場所なのもあり、興味深そうにあちこち見ている。さまざまな場所を見て回り、少し疲れてきた。
「そろそろいい時間だし、帰ろうか」
 蓮の言葉に全員うなずき、マンションに戻った。






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