Happy? Happy!09
自分たちの席に帰る前に平田の元へ寄った。
「後もう少しで全部終わる」
そう言われ、待つことにした。
「カメラ部なんて初めて聞いたんだけど」
「平田はここでカメラのメンテナンスをやってるんだよ。営業が持ち歩くデジカメもだけど、たまに撮影が入るみたいで、カメラマンも兼ねてる」
カメラマンってこぎれいにしている人しか知らないので、あのぼさぼさ頭で撮影している姿を想像して……少しおかしくなった。
「なにを想像しているのか大体分かった。撮影のときはきちんとした格好してるんだぜ」
と言われたけど、やっぱりあの姿しか想像できなかった。
ようやく現像すべてが終わったらしく、奥から平田が山のような写真を抱えてやってきた。
「いやー、久しぶりにこんなに大量に現像した」
初めて会った時のあまりにも不機嫌で横柄な態度にあまり好印象ではなかったけど、今は妙にすがすがしい笑顔をしていて、そのギャップが面白かった。
「とりあえずもうちょっと余裕をもった納期でお願いして」
平田の言葉に蓮は苦笑して、
「次があればな」
大量に現像された写真を抱え、奈津美と蓮は席に戻った。
初めにすべての写真が指定枚数あるか確認して、スペースを確保してから写真のセッティングをはじめる。電話の問い合わせも減ってきたので、手が空いている人に手伝ってもらう。
奈津美は先ほどホテルで聞いた問い合わせ件数とこちらで受けた電話のことなどをまとめるためにパソコンの前にいた。
「すぐに終わらせてそっちに合流するから」
「先輩が終わるのとこっちが詰め終わるの、どっちが早いだろうね」
蓮の言葉に少し奈津美はムッとしつつ、資料を作る。こうやって形にしてみると、本当に昨日と今日は大変だったんだ、ということが分かる。撮影日より、試写会当日より、昨日と今日が一番大変だったのではないだろうか。
「蓮ー。確認してー」
出力した紙をぴらぴらさせて、蓮に確認をお願いする。蓮は容赦なく赤入れをしてくるから、この作業は結構落ち込む。
「これ、社内のネットワークにも載せるの?」
「そのつもりでいるんだけど」
「秋孝にも報告がてら送っておく?」
「うん、それは思った」
ちらり、と時計を見る。そろそろ終業時間が近い。
「部長にも確認してもらいに行ってくる!」
奈津美は急いでまだ修正してない先ほど作った資料をプリントアウトして、部長のところに持って行った。部長にはその場でチェックしてもらい、帰ってきて蓮がチェックしたものと合わせて修正する。最終確認をしてもらい、奈津美は社内ネットワークに載せるための手続きをして、秋孝宛てにメールを送った。
写真の詰め込み作業はもうほとんど終わっているようで、中身を確認しながら封筒に封をしていた。奈津美もその作業に参加する。しばらくすると、蓮の携帯電話が鳴ったようで、蓮は出ていた。どうやら相手は秋孝のようだった。
そういえば、と奈津美はふと思い出した。あのときもこうやって電話がかかってきたんだっけ。あの一本の電話が今のこの状況を生み出したんだ、と思うとなんだか感慨深かった。
「先輩、ありがとう。秋孝、喜んでいたよ」
「それならよかった」
マスコミ宛てに送る荷物も、すべて準備ができた。どうにか就業時間内に済み、ほっとした。
次の日、一般視聴者からの問い合わせはほとんどなかったが、今度は写真を送付したマスコミから容赦ない電話がじゃんじゃんと鳴った。すでに奈津美と美歌が電話に出るのを怖がるほどの内容だった。
「あいつらほんと、しつこいな……」
お昼になり、テレビのあるところで奈津美と蓮はお昼を食べていた。昨日送った写真がワイドショーでどういう扱いになっているのかを確認するためだ。それほど大きな話題ではないだろう、と思っていたら……。ワイドショーのトップで扱われていて、ふたりして吹いた。
「ど、どれだけ話題がないんだよ!?」
「いやぁ、ちぃちゃん、かわいいもの」
内容は
『今話題の美少女の謎を追え!』
と題して、あのCMが何度か流され、さらに昨日送った智鶴の写真が公開されていた。
『名前と生年月日のみの公表で、届いた資料によりますと、「現在現役高校生のため、学業に専念いたしますのでそっとしておいてください」とコメントされています』
このままほんと、そっとしておいてほしいわ、という思いも空しく、ワイドショーでは煽るような形で報道されている。
「人権侵害もいいところだな」
蓮は少し怒ったようにそういい、テレビを切った。机に戻って蓮はネットで智鶴の話題を検索しているようだった。
「ネットでは軒並み智鶴ちゃんのコメントに対して善意的だな。むしろさっきのテレビが叩かれている」
その話を聞いて、奈津美はほっとした。
「今回、なんだか秋孝さんに流されるまま仕事をしていたような気がするんだけど」
「気がするんじゃなくて、実際そうだった」
眠る前にいつものように布団に入って今日の感想などの語らいのひと時。
夫婦円満の秘訣は? と聞かれたらこの時間を持つこと、と言えるかもしれない。
「とりあえず、落ち着いたら秋孝と智鶴ちゃんをうちに招待しようか。秋孝、きっと喜ぶぜ」
「んー? なんで?」
半分夢の中の奈津美は、目をこすりながら聞いてくる。
「あいつ、普通の家って行ったことなさそうだから」
「あー、そうかも」
そのまま奈津美は寝てしまった。
相変わらず寝付きがいいな、と蓮は自分のことを棚に上げて苦笑する。それだけ日々、がんばって仕事をして疲れているのか。そう思うと、自分もきっちり奈津美のサポートをしなければ、と心を引き締める。
「おやすみ」
枕元のライトを消し、奈津美にいつものようにおでこにキスをして蓮も目を閉じた。
ようやくこの件が落ち着いたころ、奈津美と蓮は秋孝と智鶴を家に招いた。
「オレの手料理で申し訳ないんだけど」
智鶴は蓮の料理に歓声を上げていた。
「うっわー、蓮さんって料理ができるんだ!」
「結構小さいころから作ってるからね。男の料理というよりはおふくろ料理に近いけど」
蓮は基本、洋風料理より和風料理の方が得意なようで、今日もそのあたりのものが並べられる。
「意外な特技だ」
秋孝の言葉に奈津美は、
「だから、蓮は私の嫁なの」
「なるほどね」
秋孝は珍しそうに並べられた料理を見て、いろいろと口に運んでいる。
「美味いな」
「蓮はあげないよ!」
奈津美の言葉に秋孝は苦笑する。
「分かった分かった。取らないって約束するよ」
どっちが年上なんだか、と思いつつ、秋孝はそう答える。
普段の奈津美はとても年上とは思えないが、仕事になるとこれが急にびしばしと容赦なくてそのギャップに秋孝はますます面白いと思った。
「お礼がこれでなんか申し訳ない」
蓮はすべての料理を出し終えたらしく、エプロンを外して席に着く。
「アキなんてね、おふたりのおうちに行くこと、すっごいはしゃいでたんだよ」
「ちょ……! おまえ、ばらすなっ!」
智鶴の言葉に蓮と奈津美はびっくりして秋孝を見ると、柄になく真っ赤になっている。
「なーんだ、楽しみにしてたんだ」
そんな気がないようなそぶりをしていた秋孝を思い出し、奈津美はにやにやと笑う。
「それより、秋孝さん。いつから眼鏡にしたの?」
前に会ったときはかけていなかった艶消しのシルバーフレームの眼鏡をさし、奈津美は聞き、秋孝はああ、と答える。
「アキ、なんかいろいろ見えるでしょ? 眼鏡にしたら見えにくいから、眼鏡にしたんだよ」
「眼鏡男子好きとしては、合格」
「俺は別に奈津美に好かれたくて眼鏡にしたわけじゃないぞ」
秋孝の言葉に奈津美は真顔になる。
「あー、それなんだけどさ。私、ちぃちゃんには悪いけど、秋孝さんって男として見れないわ」
「なっ……!」
「別になにかあったわけではないんだけど、私、男の人苦手で」
「奈津美さん、わかります。わたしも男の人苦手だから、無理してあそこの学校に通うことにしたんです」
「そうなんだ。ちぃちゃんも私と一緒なんだ」
意外な共通点を見つけて、奈津美は喜んでいる。
「だけどまあ、人間としての秋孝さんは面白いし、好きだな」
奈津美の意外な告白に、秋孝はきょとんとして、蓮を見た。
「ん? オレ? 別になんとも思ってないよ。奈津美に言われたんだけど、オレって人に対して壁を作っているらしくって、奈津美はもちろんだけど、秋孝と深町はその壁の中の人なの。だからオレとしては、奈津美が秋孝をきちんと認めてくれたんだ、と思ってむしろうれしいよ」
蓮の言葉に秋孝は唸る。
秋孝にとって、奈津美という存在は初めてなことが多くて、戸惑うばかり。この前、打ち合わせに行った時の対応といい、智鶴をモデルにしたのは失敗した、と言ったときに怒鳴られたことと言い、そして今日のこの発言。
「蓮、面白い人を嫁……ああ、だんなか? もらったな」
「奈津美、面白いだろう? でもこんなもんじゃないぞ」
「人を奇人・変人のような紹介の仕方、やめてよ」
奈津美はぷーっとふくれる。
「奈津美だってオレのこと、なんて紹介してるんだよ?」
「えーっと、口が悪い勇敢でおかんなお姫さま」
奈津美の言葉に、智鶴と秋孝は笑う。
「あははは、それは確かに正しい表現だ!」
「馬鹿で変態な秋孝に言われたくないっ!」
酒も入ってないというのに、このノリは面白いな、と奈津美は思っていた。やっぱり一緒に仕事ができないのは、残念だな……。
結局この日、秋孝と智鶴は泊って行った。
「お楽しみするのなら、あるよ」
と言って智鶴がシャワーを浴びているときに奈津美はにやにやと秋孝に箱を渡しているあたり、男子高校生のノリで……蓮は頭が痛かった。
「とりあえずもらっておく」
と秋孝も当たり前のように受け取ってるし!
人の家に来てなにしてるんだよっ! とは思ったけど、ふたりはやっぱりそういう仲なのか、と思ったら……きっと、あの写真の後くらいからなんだろうな、となんとなく思ったりした。
今日、久しぶりに智鶴に会って、以前会ったときとは違う色気があって、なんとなくそうなんだな、と思っていたのが確信に変わった。
「あーあ、ちぃちゃん取られてがっかり」
「ほんと、奈津美って女ってよりおっさんだな」
「仕方がないじゃない、だんななんだもん」
「いえ、奈津美さん……。お願いですから智鶴ちゃんを見習って、女らしさは捨てないで」
蓮の懇願に、奈津美は困ったような顔をした。
「ちぃちゃんはねぇ……色っぽすぎてどきどきして近寄れないよ」
それで今日、奈津美は智鶴にまったくキスをしていないのか、と思い当たる。絶対家だからなにかやらかしてくれる、と思っていたのにおとなしいからどうしたんだろうと思っていたのだが。
「あの色気は秋孝さんがもたらしたものだと思ったら、ますます悔しい!」
「そこは悔しがるところなのか?」
なんとなく違うような気がする。
「色気出すためになんなら俺が抱いてやろうか?」
「冗談でも勘弁! それに、蓮の前でなんてこと言うのよっ!」
蓮を見ると、苦笑している。
「こいつは深町と違って口だけだから」
「そこで深町の名前を出すなっ! 最近あいつ、反抗的なんだから」
「んー。本来の姿だと思うんだけどなぁ」
秋孝はその言葉に目を見開く。
「深町さん、ずっと押さえてたっぽいんだけど?」
「深町とは小さいころからずっと一緒だったからなぁ」
その言葉に、納得がいった。
深町がなぜずっと秋孝の側にいるのか。小さいころから側にいるのが当たり前だったから、秋孝の特殊能力をなんとも思っていなかったのか。なんとも思ってないことはないとは思うけど、当たり前のように受け入れられた……んだろう。
「ところで奈津美はその……俺のこの変な能力、なんとも思わないのか?」
秋孝はずっとそのことを気にしていたようだった。
気にしてないのかと思っていたけど、気にするよね……。
「俺、この能力のせいで……向こうから言い寄ってきてもすぐに嫌われていたし。浮気するやつが悪いんだが、俺には全部そういうのが見えてしまうからな……」
嫌なことをたくさん見てきたのだろう、秋孝の瞳はとても傷ついた色をしていた。
「蓮から聞かされて、びっくりしたし、この間の貴史の時もなんか言われそうで正直、ちょっと嫌だな、とは思ったけど。あとは別に私、やましいことしてないし」
「だって俺、おまえら夫婦が最近ご無沙汰だってのもわかるんだぜ?」
「うるさいなぁ。忙しかったんだよ」
蓮はムッとして秋孝に突っ込みを入れる。
「別に隠すようなことでもないし。それとも見たかったの?」
奈津美はにやにやとして秋孝を見ている。
奈津美がサド、という深町の読み、当たってるな……とちらりと秋孝は思う。
「だってそれくらいでしょ? あとは見たってほんと、つまらない普通の日々しかないよ」
やっぱり奈津美は変わっているな、と秋孝は感心する。それでものぞき見されているようで嫌だ、と何人にも言われたことがある。見たくて見ているわけではないのに、だ。
「だけどもしこれ、蓮に見られてると思ったら……ちょっと恥ずかしいかも」
「はぁ? どういう意味だ?」
秋孝は首をひねる。なんで俺に見られてなんともないのに、蓮に見られると恥ずかしい?
「えー、だって、ねえ?」
意味深に奈津美に言われて、なんとなくわかった。だけど俺は平気で蓮は恥ずかしいって……やっぱり奈津美は俺のこと、男として見ていないのか、と思うと少し複雑な気分になる。別にこちらもそういう感情を持っていないとしても、だ。
自分の周りにいる人間に自分から興味を持つ、という意味では智鶴の次に興味を抱いた人間かもしれない。ああ、蓮もいたか。やっぱりあの計画、実行に移すべきだな、と秋孝は心に決めた。
そんな秋孝の決心なんて知らない奈津美と蓮。
「負けずにオレたちも」
そう言ってキスをしてくる蓮に、
「うわ、それ悪趣味!」
と言いつつも、秋孝にさっき言われた言葉を思い出し、ちょっとムッとする。
「ったく、だれのせいでご無沙汰なのか知れっ!」
奈津美の言葉に蓮は苦笑する。
「俺たちには俺たちのペースがあるから、いいんじゃないか?」
「まぁ……そうなんだけど。正直な話、ちょっとさみしかった」
思わぬ本音に、蓮は奈津美をギュッと抱きしめる。
「ごめんね」
「ううん。私たち、仕事でも家でもずっと一緒だからどうしてもね」
蓮はふと最近見た記事を思い出していた。狭い部屋と広い部屋に暮らしている夫婦のセックス回数の違いとかいうなんだかどうでもいい記事。そんな記事を読んでいる自分もなんだかなと思いつつ、ついつい読んでしまう自分の下心。結論は、狭い部屋の人ほど回数が少ないんだとか。近くにいるというだけで安心して、そこまで至らないんだって。ふーん、と思って他人事だと思っていたけど、言われてみると一理あるかもしれない。寝ても起きても一緒、というのはドキドキが起こらないかもしれない。近くにいるということだけで満足しているかもしれない。
いろんな人に
『四六時中一緒でしんどくない?』
と言われるけど、蓮としてはまだまだ一緒にいる時間が足りないし、奈津美のことを知れば知るほどもっと知りたいと貪欲になっている自分がいる。
しかし、と思う。確かに一緒にいるということに安心している部分もある。いつも一緒だから別に今日しなくても明日がある、とも思う。
「蓮と一緒にいると、安心しちゃって……。どうも最近、そういう気にもならなかったし」
蓮は苦笑する。
その割には女の子相手にはキスしていたけど……?
奈津美は蓮の表情で言いたいことが分かったのか、
「お、女の子は別っ!」
別腹、スイーツ(笑)かいっ!?
「まあ、なんでもいいや。それでは久しぶりに、いただきまーす」
「あ、んん……っ」
奈津美の久しぶりの甘い吐息に、蓮は身体の芯が疼くのを感じた。