『愛してる。』


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Happy? Happy!08



「あーあ、このお仕事が終わったら、もう秋孝さんとは接点ないんだよね」
 心底残念そうにいう奈津美に、蓮は驚いて見る。
「秋孝に惚れた?」
「うーん、男としてはともかく、仕事する人間としては、惚れたな」
 奈津美の正直な感想に、蓮は驚く。
「前も話したけど、あの馬鹿っぷりがなにか大きなことをしてくれそうでさ。一緒に仕事ができないのは、本当に残念!」
 奈津美の言葉に、蓮ははぁ、とため息をつく。だから……仕事馬鹿なんだ!
 深町が言った言葉を思い出す。
『蓮さん、安心してください。僕はなにもしませんよ。嫌でもあなたたちからきたくなるようにしますから』
 それが……現実味を帯びてきた。深町の読みは、正しかったということか……。
「奈津美がやりたいってなら、オレは止めないよ。オレはただ、奈津美について行くだけだし」
 仕事中なのにもかかわらず、蓮は「先輩」ではなく「奈津美」と言っていることに奈津美は気がついた。
「だいじょーぶだって。秋孝さんと私たち、今回の件がなければ絶対に接点があるわけじゃないじゃない? それに、私が秋孝さんのことを気にいったとしても、向こうがなんにも思ってないのなら、仕方がないじゃない?」
 そんなことはないのは、深町のセリフでなんとなくわかっている。
「秋孝との付き合いは大学の三年間だけだったから分からないけど、あいつ、奈津美のこと、相当気にいってるぞ」
「えー、なんでわかるのよ」
「勘かな。じゃないとあいつ、今日もわざわざここに来なかったと思う」
 うーん、と奈津美は唸る。
 確かに今話した内容は、電話でも充分すむ話なのだ。
「オレ、秋孝は忙しいから電話で済まそうと思ったら、来るって言うからさ」
「あ、そうなんだ。そうだよね、秋孝さんも暇じゃないもんね。なのにあんな接待で申し訳なかったな」
「ああ、それなら心配しないで。秋孝、気に入らなかったから帰るから」
 蓮の言葉に奈津美はぎょっとする。
「気に入らなかったら帰るって……。じ、次期総帥候補だからそんなわがまま許されるの!?」
「うーん。あいつ、ほら、ちょっと特殊能力持ってるだろう? だからまあ、なんと言えばいいかなぁ」
 蓮は少し考えて、
「相手がしてきたことや見たことが見えるから、やばそうな相手とは仕事しないんだよ。だからまあ、気に入らないと帰る、って言い方はちょっと語弊があるんだけどね」
「だけど、やっぱりそれとこれとは別で……。うーん、きちんと打ち合わせ室、取ればよかったな」
 奈津美はそう後悔しているけど、秋孝はそういう気遣いはいらないのではないかと思う。
「オレの考えだけど、秋孝は今日の奈津美の接待、かなり新鮮だったと思うぞ」
「え?」
「ほら、やっぱりあれでも次期総帥候補だろう? たぶん、どこに行っても腫れものに触るように扱われたり、丁重に扱われたりして嫌になってるっぽいし。その点、奈津美なんてそこらへんの打ち合わせスペースでオレが作った弁当食べながら打ち合わせするから。面白がってたぞ、あれでも」
「うっわー。ますます最悪じゃん」
 奈津美の言葉に蓮はくすくす笑っている。
「まあ、オレとしても秋孝と仕事できないのは残念ではあるけどね」
 奈津美は蓮も同じ気持ちでいてくれたことに、うれしかった。
 就業時間を過ぎても電話は鳴りやまなかった。美歌は子どものお迎えがあるから時間通りに帰した。
「残るよ」
 と言い張る美歌に奈津美は怒った。
「子どもが待ってるんだから、気にせずに帰れ!」
 と半ば強制的に帰していたけど、それは奈津美が正しいと思ったので蓮も奈津美に加勢した。美歌はかなり申し訳なさそうな顔をしていたけど、こちらの方が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「もうきりがないから、留守電にするか」
 普段は使わない留守番電話機能を使って電話をシャットアウトして、奈津美はホテルのブライダル担当に電話をする。向こうには今日、秋孝と話をした内容を伝えて書類や資料は明日発送する旨を伝えておいた。大体の問い合わせ件数と内容を聞いて、電話を切った。
「ヤマヤマコンビも今日は早く帰って。明日もたぶん、この調子だと思うからよろしく」
 奈津美の言葉に友也と貴史ふたり、帰って行った。
「オレたちも帰ろうか」
「そうだね。疲れた」
 奈津美はふーっとため息をついてから伸びをした。

 次の日の朝一番でバイク便が来て、お願いしていた写真が届いた。きちんとネガも入っていて、仕事の早さに感心した。
「秋孝さんに連絡しておいて。写真無事に届きましたって」
 中の写真を見ている奈津美の顔がものすごくにやついているのに気がついた。今にも写真に頬ずりをしそうな勢いだ。
「いっやーん。ちぃちゃん、超かわいいー」
 奈津美の言葉に蓮も写真を覗き込む。写真は少し女子高生を意識したような服を着たものとかわいらしいものとカジュアルなもの、そしてボーイッシュなものと……。
「うっわー、なな子さまだ!」
 黒地に鮮やかな牡丹の着物を着た智鶴を見て、奈津美は感動している。
「この写真見たら、なな子さまのことを思い出す人いると思うんだけど、いいのかな?」
 蓮は気になってその「なな子さま」をネットで調べたのだが、もうかなり昔だというのにいまだに熱狂的なファンがいるようで、写真が何枚かアップされていた。その写真を見ると、確かに奈津美が言うようにはかなくて守ってあげなくては、と思わせる雰囲気を持った人ではあった。
 しかし……たしかにこの写真、その「なな子さま」に通じるところはあるけど、瞳の奥に持っている強さというか……深町に通じる少しサディスティックな光が見えて、気が強そうだよな、と思った。
「とりあえずこの写真全部、焼き増ししてこの間、記者発表に来てもらったところに発送しようか」
 奈津美の言葉に蓮は受話器を持ち上げ、内線をかけている。
「先輩、どれだけ焼き増しいるの?」
「んー」
 リストを見て、奈津美は蓮に必要枚数を告げる。
「どれくらい時間かかりそう? うん、わかった。すぐに持っていく」
 蓮は電話を切り、奈津美の手を握る。
「どこ行くの?」
「現像してもらいに」
「え? 社内にそんな部署、あったの?」
 外に出そうと思っていたので、奈津美はびっくりした。
「正式な部署ではないんだけど、業務の傍らに半ば趣味で現像してる変わり者がいるんだよ」
 相変わらず顔が広いようで、奈津美はびっくりする。
「腕がよくて仕事は早いんだけど、口が悪くてね」
 そう説明を受けて、奈津美は蓮に連れて行かれる。二階の奥の奥の部屋に連れて行かれた。
「平田ー」
「蓮、すぐ来るって言った割りには遅かったな」
 電話をして五分も経たないくらいなのに、すでに文句を言われている。
「おまえのすぐってどれだけなんだよ」
 部屋の暗がりからぬーっと白衣を着たぼさぼさ頭の男の人が現れた。
「その後ろのえくぼの女はだれだ?」
 無遠慮でぶっきらぼうなその言い方に、
「ブライダル課の小林奈津美です」
 奈津美はちょっとムッとしながら挨拶をした。
「俺はここのカメラ部の平田」
「で、このネガをこのサイズにさっき言った枚数を急いで焼き増ししてほしいんだが」
 平田は渡された写真を見て、目を細めた。
「これまた気の強そうな子だね」
 智鶴のこの写真を見てそういう感想を持つ人の方が少ないような気がするが……気が強そう、という感想はあながち間違ってないから、結構見る目はあるらしい。
「だけど俺がいくら仕事が早いっていっても、今日中には無理だぞ」
「じゃあ、とりあえず午前中かけて現像を全種類お願いしたらどれくらいできそう?」
「まためんどくさい頼み方するなぁ」
 大体の枚数を言われ、
「じゃあ、とりあえず午前中はそのめんどくさい現像の仕方で頼めないか? 午後からは残りをやってもらう、ってことで」
 蓮の言葉に平田はかなり渋っていた。
「んー。……分かった、それでやろう。ただし、高くつくからな」
「予算少ないんだよ……お手柔らかに請求して」
 蓮はそれだけ言うと、さっさとそこを後にした。
 奈津美は口をはさむ余地もなく、平田に会釈をして蓮に腕を掴まれているので後を追う。
「あの頼み方でいいの?」
「いいの。あいつ、短気だから、さくっと頼まないとへそ曲げて仕事してくれなくなるから」
 席に戻り、奈津美と蓮は発送用の準備に取り掛かる。
「リストアップしておいて、よかったね」
 受付の時に貰っていた名刺をリストにする意味があるのかな、と疑問に思いつつやった過去の自分をほめたくなった。
 宛名ラベルを作るのは蓮に頼み、奈津美は発送用の手紙を作成する。できた手紙を蓮にチェックしてもらい、修正をして部長に許可をもらいに行く。
 蓮は昨日より少なくなったとはいえ、依然ある問い合わせの電話に出ながら、封筒に宛名ラベルを貼っていく。そうしているとお昼になり、普段は打ち合わせスペースで美歌たちと食べたりするのだが、今日は時間がないので席で食べる。
「平田のところに行って、写真受け取ってくる」
 さっさとお弁当を食べて、蓮は現像されているであろう写真を受け取りに行った。奈津美は残りを食べ、蓮のお弁当を持って給湯室に行って洗っておいた。給湯室はいつ行ってもだれかがいて、そしてそこでひそひそと噂話をしている。
ここは内緒話をする場所じゃないわよ! と横目でにらみつつ、奈津美は用事を済ませた。
 席に戻るとすでに蓮も戻っていて、写真をわけていた。
「先輩、優先順位、どうしましょ?」
 現像された枚数はそれほど多くないらしい。
「ホテルの様子も見に行きたいから、今から持って行こうか」
 電話はだいぶ落ち着いたみたいなので、三人いればどうにか対応できるだろう。
「あとは……」
 リストを見ながら奈津美は悩む。
「あとどれくらいで全部現像終わりそうだった?」
「今日中は無理、と言っていたけど、あの様子だと、夕方までには終わるんじゃないのかな?」
「とりあえず今もらったのは手紙と一緒にリスト順に詰めて、残りは現像終わったら詰めることにしよう。今日は少し残業になるかもだけど、今日中に発送した方がよいでしょ?」
「宅配回収の時間に間に合うかな?」
「間に合うように詰める!」
 奈津美の言葉に蓮は苦笑しつつ、
「了解」
 奈津美は蓮の答えを聞いて、ロッカーに向かい、私服に着替えて外出の準備をする。ロッカーから出ると、外で写真の入った封筒を持った蓮が待っていた。
「行こうか」
 いつものように腕を掴み、蓮は歩き出した。

 ホテルのブライダル担当者には蓮が連絡を入れてくれていたみたいで、ものすごく恐縮していた。予約もあれからかなり増えたようで、
「忙しくなりそうでうれしいです」
 とにこにこしていた。あまりにも暇すぎて、忙しい他の従業員に対して肩身が狭かったらしい。写真を渡して中身を見ていた担当者──名前は川口さんは感嘆の声をあげた。
「この間のCM撮影のお嬢さんですよね? なんだかずいぶんと雰囲気が変わったような気がします」
 言われて改めて確認すると、確かにそんな気がする。
 最初会ったとき、自分が守ってあげないとこの子は死んでしまうのではないか、と思うほどはかない雰囲気があったけど、写真の中の智鶴はそのはかなさはもちろん健在だったけど、以前にはなかった強さを瞳に宿していた。最初、少し化粧をしているせいかとも思ったけど……。初めて会ってから今まで、向こうは向こうでなにかいろいろあったんだろうな、ということは分かった。
「だけどこの写真、いいですね。また問い合わせ増えそうですけど」
 川口の言葉に、奈津美と蓮は顔を見合わせた。これ以上、電話が増えるのは勘弁してほしい。
 昨日と今日の大体の電話件数と問い合わせ内容、今までの予約件数を聞いて、ふたりはホテルを後にした。







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