『愛してる。』


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Happy? Happy!05



 奈津美と蓮は片づけを済ませて家に戻った。軽く食事を済ませて、いつものようにベッドの中で眠るまで少し話をする。
「今日の撮影、おつかれさま」
 蓮は奈津美を抱き寄せ、軽くキスをして、ねぎらいの言葉をかける。
「うん、蓮こそお疲れさま。いろいろ助かった」
 奈津美の抜けているところを蓮が完璧にフォローしてくれたので、撮影は順調に終わった。ここのところずっと忙しかったので、明日は休みをもらうことにしていた。
「早く終わってよかったね」
「そうだね。今度、智鶴ちゃんになにかお礼をしよう」
「うーん、お礼ねぇ……」
 奈津美は考える。なにか物をあげるにも、そういうお礼はあまり好きではないし……。
「うちに招く?」
 と言っても、以前、お屋敷でいただいたご飯を思うとさすがに蓮が料理が上手と言ってもあちらはプロの料理、かすんでしまう。
「うーん……」
 蓮は悩んでいる。
「それより、ちぃちゃんと秋孝さん、なにか進展あったっぽいよね、さっきのロビーでのやりとりを見ていたら」
 奈津美はくすり、と笑う。
「それに、深町さん。あれは相当サドっぽいよね」
 蓮は奈津美の言葉にぎょっとする。
「深町、サドか?」
「うん、どう見ても。普段隠してるけど、あの人は正真正銘のサドだよ」
 奈津美は智鶴が困っているときに見せた深町の表情を思い出し、また笑う。
「蓮はマゾだから、深町さんとはいいコンビになりそうだよね。秋孝さんなんてあれでもマゾだから蓮とは最初、反発したでしょ?」
 奈津美の指摘はもっともで、蓮は二の句がつげなかった。
 蓮は奈津美に秋孝と深町の出会いを語った。

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 蓮と秋孝の出会いは、大学に入学してすぐのオリエンテーションの後だった。オリエンテーションが終わったから教室を出ようとしたところ、秋孝にいきなり抱きつかれた。さらに、コンプレックスに思っている顔についても散々言われた。
『てめぇ、オレの顔のことをいいやがったな!』
 だいぶコンプレックスが薄れていたとはいえ、やはり正面切って顔のことを言われると、切れる。
『かわいいからかわいいって言っただけだろう?』
 蓮の目の前で平然とそう言う彫の深い顔の男の低くて通る声が教室内に響く。
『そもそもいきなり抱きつくとはおまえはどういう教育を受けてきたんだ』
 蓮の言葉に男はにやり、と笑う。蓮と男の周りは野次馬でいっぱいになっている。蓮が次の言葉を言おうとしたその時、男はふっと後ろを振り向き、
『なんだ、深町いたんなら言えよ』
 男の後ろに茶色い髪の男が見えた。野次馬の視線がその男に向く。
『おまえ、話をそらそうとするな!』
 蓮は男に向かって怒鳴り、茶色い髪の男はその言葉にうなずいている。
『おまえじゃないよ、高屋秋孝』
 男はめんどくさそうに名乗った。
 高屋と言えば、あの高屋か? 蓮はTAKAYAグループが頭に浮かんだ。そういえば、そんなやつが同級生で同じ学部にいる、とうわさを聞いたな、とちらりと思いだす。この常識外れの坊ちゃまがそうなのか。蓮が口を開こうとしたら、
『わかった。俺が悪かった』
 秋孝はあっさり折れた。坊ちゃまだからがんとして謝らないという態度に出られると思っていた矢先にあっさり謝罪され、蓮は拍子抜けした。
『佳山蓮』
 向こうも名乗ったのだから、こちらも名乗るのが常識かと思い、蓮は名前をつげた。
『蓮か。いい名前をつけてもらったな』
 名前をほめられて少しうれしかったのもつかの間。秋孝はあまり身長の変わらない蓮の頭をぽんぽん、とまるで子どもの相手にするようになでて、片手をあげて野次馬をかき分けて教室を出て行こうとしている。その後ろをあわてて深町と呼ばれた茶色い髪の男が追いかけていく。蓮ははっとして、
『てめぇ! あっさり謝っておいて、今のはなんだ!? オレのこと、馬鹿にしてるのかよ!』
『また明日な』
 秋孝はそのまま教室を出て行った。
『あいつ……!』

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 奈津美は蓮と秋孝との出会いを聞き、爆笑していた。
「あはは、秋孝さん、変わらないねー。その変態っぷり!」
「笑い事じゃないよ。あれだけ馬鹿にされたんだぜ?」
「だけど今は蓮の内側の人ってのが不思議」
 奈津美は涙をためて笑っている。
「あーまあ……。出会いがインパクトありすぎたからね……」

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 次の日、蓮は教室で授業の開始を待っていると秋孝がやってきた。
『よう、おはよう』
 そして当たり前のように隣に座る。
『まだ席、空いてるだろう』
 昨日、あれだけ馬鹿にされたから、正直、もう話をしたくなかったというのが本音。
『俺がどこに座ろうと、勝手だろう?』
 蓮はもうそれ以上秋孝と会話をしたくなかったので、そのまま座って教科書を見ていた。
『おまえ、奨学生なんだって?』
 秋孝に話しかけられた。蓮は無視して教科書を読みこんでいるふりをした。
『無視か。まあいいや』
 と思ったら、横から秋孝が教科書を覗き込んできた。蓮はムッとして、教科書を閉じる。
『話す気になったか?』
『ならない』
『そうか、まあいいや』
 秋孝は鋭い目つきで蓮を見ている。
『なんだよ、気持ちが悪い奴だな』
『んー、そのえくぼの女』
『は?』
 蓮は秋孝の突然の言葉に思わず返事をしていた。
『黒髪ショートカットで少し焼けてるえくぼの女』
 蓮はだれのことかわからず、かなりの間悩む。悩んでいるうちに授業が始まり、授業中もずっと悩んでいた。
 授業が終わり、
『一緒に坂道登ってて……自転車押してる?』
 秋孝に言われ、ようやく思い出す。
『ああ……』
『おまえの初恋?』
『そうだけど、それがなにか?』
 そう指摘され、なんとなく甘酸っぱい想いが胸に広がる。
『相手もおまえのこと想っていたのに、残念だったな』
 秋孝の言葉に、蓮は目を丸くする。
『は? なに言ってるの?』

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

「それがきっかけだったなぁ。変なこと言うやつ、と興味を持ったのが最初かな」
「そのえくぼの女って、私のこと?」
「奈津美以外にだれがいるんだよ」
 蓮の言葉に奈津美はきょとんとする。
「いや、だって。秋孝さん、私のことなんて知らないんでしょ? なんで私がその当時、自分でもきちんと把握していなかった気持ちまでわかったんだろう」
「うん、それなんだけど……」
 蓮は少し悩んで、
「あいつ、本当に変なやつでさ。とにかく隠し事ができないんだよ。たとえば、秋孝がトイレとかで席を立つだろ。で、だれかが冗談でノートを隠したりする。普通ならその状態で席に戻ってきても、すぐに気がつかないだろ、ノートがなくなってるの」
「うん、私ならたぶん、気がつかないというか、持ってくるの忘れたと思う」
「普通ならそうだ。だけどあいつは違って、戻ってくるなりノートをだれがどこに隠したのか正確に当てるんだよ」
「うっわー、すっごい」
 奈津美は目をキラキラさせている。
「すごいけど、それって隠し事できないんだぜ? 結構しんどいぜ、それ」
「まあ……そうだねぇ。浮気なんてできないね。私はしないけどさ」
 奈津美の言葉に蓮は苦笑する。女相手のキスは浮気に入らないのか、と。まあ……隠してないから浮気に入らないの……か?
「あー、もしかして、ちぃちゃんにキスしたの、全部ばれてるということか」
 あっちゃー、と言っているけど今更だよなぁ。
「それは嫌な奴だ!」
 だけどさ、と奈津美は蓮に聞く。
「そういうのを知っていながら、蓮は秋孝さんと仲良くなったんだ」
「うん。ほら俺、葵と親父で慣れてるから」
「ああ、確かに」
 身内がそれに近いものを持っているから、確かに怖くないかもしれない。
「秋孝と深町に珍しがられたよ」
「深町さんは、嫌じゃないのかな」
「それは気になって聞いてみた。そうしたら、別に、と答えていたからオレ、深町は絶対マゾなんだと思っていた」
 奈津美はすでに眠そうな顔をしている。
「奈津美は話を聞いて、嫌じゃないの?」
「んー……。別に私、やましいことないし……。嫌じゃないかな」
 と言って、奈津美は寝てしまった。
 嫌じゃない、か。
 奈津美は男嫌いという認識でいたので、その言葉に蓮は少し驚いていた。だけど秋孝に嫉妬するかと思ったけど……なんでだろう、なんとも思わない。だからと言って奈津美が秋孝のことを嫌うのも、正直、うれしくない。
 自分の複雑な心境にどうすればよいのか考えあぐねて……考えても結論が出ないことに気がつき、寝ることにした。うん、『馬鹿の考え休むに似たり』だな。奈津美のおでこに軽くキスをして、蓮は目を閉じた。







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