『愛してる。』


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Happy? Happy!03



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 またもや企画部のお世話になり、智鶴の撮影日。
「久しぶりにちぃちゃんに会える」
 朝からご機嫌な奈津美に蓮はため息をつく。
「奈津美、わかってるよな」
 蓮の言葉に奈津美は首をかしげて見上げる。そのしぐさがかわいいと思いつつ、きちんと言わないといけないことを思い出し、奈津美の目をきちんと見る。
「今日の撮影、智鶴ちゃんにキスしない。抱きしめるのも禁止ね」
「えー! なんで!?」
 奈津美のブーイングに蓮は頭を抱えつつ、
「いいか。この間も仕事だったけどあそこなら他人の目は気にならないから放置しておいたんだ。今日は不特定多数の目がある場所なの! わかる?」
「うーん……。わかった、見つからないようにすればいいんだね!」
 蓮は盛大なため息をつく。
「人がいてもいなくても、今日は駄目!」
「えー。つまんないのぉ」
 意気消沈する奈津美を少し気の毒だと思いつつも、これは奈津美にも智鶴にも重要なことなんだ、と蓮は自分に言い聞かせる。
「そんなにキスしたいのなら、オレとすればいいじゃん」
 蓮は奈津美の腰を抱き寄せ、キスをする。
「やだ、蓮。せっかく化粧したのに、取れちゃう」
 奈津美は抗うが、蓮はお構いなしに奈津美の唇を奪う。
「んんっ」
 その抵抗もほんの少しで、すぐに奈津美の口からは甘い吐息が漏れてきた。だけどこれ以上進めると歯止めが利かなくなりそうで、蓮は奈津美から唇を離す。奈津美も少し名残惜しそうな表情をしていたけど、これ以上は時間がなかった。
「もう、蓮のせいでまた口紅塗りなおさないといけなくなったじゃない!」
 奈津美は乱れた服を整えて、洗面所へポーチを持って走っていく。
 蓮は柄になく朝から奈津美にキスをしたことで、少し身体の芯が熱くなり、対処に困ってしまった。
 普通の切り替えなら早いんだけど……こっちの切り替えはなかなかできないんだよな、我ながらしまった、と疼きを押さえようとひんやりと冷たい部屋の廊下にごろんと転がってみた。
「蓮、お待たせ……って蓮? 調子悪いの?」
 廊下に大の字になって寝転がっている蓮に奈津美はあわてて近寄る。
「あ……。その角度、やばい」
「なに?」
 蓮の言葉に奈津美は立ち止まる。その位置で止まるのは……もっとやばくて。
「……中身もろ見え」
「!」
 奈津美はスカートの裾を押さえて座り込む。
「は、早く起きて!」
「あ……ちょっと無理」
 蓮は少し決まりが悪そうな表情で半回転してうつぶせになり、ゆっくりと身体を起こす。
「あー。駄目だ!」
 スカートを押さえて座り込んでいる奈津美は蓮を見上げる。
「ああああ、その見上げる視線も反則だ!」
 なんだかよくわからないけど、蓮は朝からひとりでなんだか盛り上がっている。
「行くぞ!」
 蓮は奈津美の手を取り立たせて、玄関を出る。
 鍵をかけてかかっているか確認を取り、ため息をついて歩き始める。
 奈津美は「?」と思いつつ、蓮の歩調に合わせて歩き始めた。

******************

 今日の撮影は、ビジネスホテルで行われる。ここで結婚式をするという人は正直な話、あまりいない。めちゃくちゃ安いわけでもなく、なにか目玉があるかというと……あの余り糸(といってももう余り糸でつくってないのだが)のシーツの布を使ったドレスくらい。
 それも冬川レミデザインでなければたぶん、閑古鳥が鳴きまくるのが目に見えている状態。
 このCMで式を挙げる人が増えなければブライダル課はおしまいだな、と奈津美はかなり覚悟を決めて、今日という日を迎えていた。

 モデルは申し分ない。
 あとは私たちがそれを上手に魅せて世間の皆さまにプレゼンするだけだ。
 ああ、あとは自分の結婚式のときに思ったのが、料理が美味しかったなぁってくらいかな。
 ビジネスホテルだから実は料理はあまり期待していなかったんだけど、お世辞抜きにおいしかった。
 うん、これも結構アピールポイントだよね、と奈津美は今日の撮影用に用意したノートにメモを取りながらうなずいた。
「先輩、なにうなずいてるの?」
「あ、うん。今更ながらどうやってアピールすればいいかな、と思って。ここの料理、美味しかったからそれも売りだよね」
 奈津美と蓮は智鶴の到着をロビーで待っていた。チェックアウトの時間というのもあり、ロビーはそれなりに人がたくさんいた。
 ざわざわという人の動きと声のBGMを聞きながら、奈津美は他になにかないかうーん、と眉間にしわを寄せつつ、悩む。
「いっくら机に座って考えても浮かばないからここにきたらなにか閃くかと思ったけど……そうは簡単にいかないものだねぇ」
 奈津美はふぅ、とため息をついて、ノートを閉じる。
「そんなに簡単に思いつくのなら、みんな苦労しないよ」
 蓮は先ほど奈津美が閉じたノートをひょい、と取り上げてぱらぱら、と見る。
「あ、蓮! ちょっと恥ずかしいからやめて!」
 奈津美は真っ赤になってノートを取り返そうとするけれど、蓮は腕をあげて奈津美が届かないようにする。
 蓮の方が身長が高いということもあってノートの端にも手が届かない。
「もう、意地悪なんだから」
 奈津美はすぐにあきらめて、ソファに座り直す。蓮は改めてぱらぱら、と見る。
「見てもつまんないよ」
 そのノートは最初の二・三ページに単語がぽつぽつと書かれているだけで、残りは白紙だった。蓮はじーっとその単語を見て、奈津美に返した。
「オレもそれ以上は思いつかない」
 うーん、と悩んでいた奈津美は突然立ち上がり、
「おおおおおお! 閃いた!」
 ノートを開き、なにか書きこんでいる。蓮は覗き込んだ。
「『Happy? Happy!』?」
「うん、これよ! よし、キャッチコピーはこれでいこう!」
「今更感があるけど……」
 撮影日になってなんでキャッチコピーを思いつく? と突っ込みを入れたかったけど、蓮はその言葉は言わないことにした。奈津美がずっと悩んでいたのを知っているからだ。
「いやぁ、やっぱり現場にこないとだめねー」
 すがすがしい表情を見て、蓮は苦笑する。
 このキャッチコピーと智鶴と葵の演奏。これで駄目だったら会社辞めるか。それくらいの覚悟が必要だな、と撮影日当日に思う自分もなんだかなぁ、と奈津美は苦笑する。
 自動扉が開き、見知った三人が入ってきた。
「おはようございますー」
 奈津美は立ちあがり、三人の元へ向かう。蓮もその後ろをついていく。
 奈津美は深町が妙にすっきりした表情をしているのに気がついた。反面、秋孝はよく見ないとわからないけれど、渋い表情をしている。進展があったのだな、と奈津美は直感した。
「控室を上に取ってあるから、そっちで着替えとメイクをしようか」
 奈津美は智鶴を連れて部屋に行った。深町と秋孝の間になにか緊張感が走っていたので気になっていたけど、今は仕事だ。そのうちわかるだろう。今日は仕事に集中することにした。

 撮影は智鶴ががんばってくれているおかげで、順調に進んでいる。
「ちぃちゃんのテレビCMのイメージ曲に葵さんの演奏したものを使用しようと思ってるんだけど」
 智鶴の休憩中、奈津美は葵の楽曲を使用する旨を伝える。
「うわ……! うれしいです! わたし、葵さんのファンなんです!」
 葵ファンは結構多いのがわかって、うれしかった。
「今度、コンサートチケット送るよ。秋孝と聞きに来てね」
「はい、ありがとうございます!」
 智鶴はとても喜んでくれていた。
 秋孝と深町は途中で仕事があるからと戻っていった。少しさみしそうな智鶴をかわいそうだと思ったけど、これも仕事だと割り切ってもらった。

 撮影はそのまま順調に進み、予定より早めに終わりそうだった。
「智鶴ちゃん、疲れてない?」
「大丈夫です」
 疲れ気味の表情を見て奈津美は少し提案を戸惑ったけど、明日来てもらうのもなんだな、と思って智鶴にひとつ、提案をしてみた。
「明日また来てもらって残りを撮るより、今日がんばった方がいいような気がするんだけど、ちぃちゃん、もうちょっと頑張れる?」
「あとどれくらいですか?」
「うーん、あと一カットくらい?」
 明日も撮影となったら今日撮ったものをよりよいものに撮り直し、っても考えていたけど、そんな必要もなさそうだと監督と話をしていたこともあり、そう提案してみた。
 智鶴は壁にかかった時計を見て、
「わかりました、大丈夫です」
 智鶴の返事を聞いて、蓮はすぐに周りに伝達しに走ってくれた。
「ちぃちゃん、すっごくきれい。かなり話題になると思うよ」
 白無垢姿もウエディングドレスもすごくきれいで、出来上がりが今から楽しみだ。
「では、ラストいきましょう!」
 監督の声に、智鶴は立ちあがった。智鶴はセットに立つと、
「撮影入りまーす」
 という声と、カチン、という音がして最後の撮影に入る。
 バージンロードに立っていて、名前を呼ばれた感じでそれに答えて笑顔で幸せそうに振り返る、というベタなシーン撮影。
 我ながらベタだわー、と思いつつ、どうしてもこれを入れたくて無理にお願いしてみた。
 奈津美はどきどきしながら智鶴を見守っている。智鶴はゆっくりと振り向き、幸せそうな微笑みをカメラに向けている。
 うっわー。
 これは……もう。胸キュン?(古っ)
 なんだか口から魂を抜かれたような気がして、ぽーっと智鶴のことを見つめていた。現場の人たちも全員そう思っているようで、なかなかカットの声がかからない。智鶴の少しひきつりつつある表情を見てようやく監督は気がついたようで
「カット!」
 と声をかけられた。
 智鶴もほっとしたようだけど両手で顔を押さえている。あのまま顔が固定してもかわいいからいいかも、とも思ったけど、それはそれでかわいそうか。
「ちぃちゃん、お疲れさま!」
 奈津美はさっきの智鶴の笑顔がうれしくて自然と笑みがこぼれる。あんな幸せそうな表情させたら、智鶴が一番なのではないか、とまで本気で思っている。
「着替えて帰ろうか」
「あ、はい」
 さすがに疲れているようで、奈津美は智鶴の肩を少し支えるようにして着替えのための部屋に戻る。蓮は部屋の外で待っている、と一言告げたのを聞き、奈津美は智鶴を連れて、部屋に入る。奈津美は智鶴が服を着替えるまで、カーテンの隙間から窓の外を見ていた。
 すっかり暗くなった外。だけど今日はとても充実していた。最近少し仕事がルーチンワークとなっていてつまらなさを感じていたので、今日の仕事はなかなか刺激的だった。いつもこれだとさすがに疲れるけど、たまにはいいかもしれない。
 服を着替え終えた気配がしたので奈津美は智鶴の元に行き、
「頭、どうする?」
 きれいにセットしてあったけど、自分の結婚式の時のことを思い出し、聞いてみた。かなり引っ張ってセットされていて、頭が痛くなったのを昨日のことのように思い出した。と言っても、奈津美の髪はそんなに長くなかったのでセットもそれほど凝ってはなかったけれど、智鶴の髪は長いのでごてごてとセットされていた。
「とります」
 智鶴の言葉に奈津美は髪につけられたものを取っていく。外にいる蓮から携帯電話にメールが入っていた。メールには秋孝と深町がこちらにくる、という内容のものだった。
「深町さんと秋孝さん、そろそろ迎えに来てくれるって」
 奈津美の言葉と同時に智鶴の携帯電話が鳴る。
「秋孝さんじゃない?」
 智鶴は電話に出ていた。奈津美はその間に軽く部屋を片付ける。智鶴を送った後に片付ければいいか、と奈津美は思い、電話の終わった智鶴の髪の続きをする。
 智鶴はメイクを落とし、部屋の片づけをほとんど手伝ってくれた。
「下まで見送るね」
 奈津美は智鶴を連れて、部屋を出る。部屋の外には蓮が立って待っていた。
「蓮さん、すみません」
 智鶴は恐縮したように蓮に謝っていた。
「うん?」
 蓮はなんのことかわからないような表情で智鶴を見て、奈津美の手をつかんで歩き始めた。
「ちぃちゃん」
 奈津美は茫然としている智鶴の手を引っ張り、そう呼びかけた。
「智鶴ちゃん、疲れたでしょ」
 蓮はちらりと智鶴を見て、ねぎらいの言葉をかける。
「わたしは大丈夫です。それよりみなさんの方が疲れてるでしょ?」
 その気遣いに奈津美は微笑み、
「疲れてないよ。今日はなかなか楽しくて貴重な体験ができて、私、うれしかったの。出来上がりが楽しみだなぁ」







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