『愛してる。』


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Happy? Happy!02



「あの、智鶴(ちづる)が待ってるみたいなんだけど」
 玄関をふと見ると、ちょこんと外の様子をうかがうように扉からのぞいている黒髪のサラサラのはかない少女がいた。
「な、なな子さまだ!」
 奈津美はさっきまで秋孝と睨んでいたことを忘れ、玄関に走り寄る。
「あなたが深町さんの妹さん?」
「あ……はい。智鶴です」
「いやん、かわいい~! ちぃちゃんだ!」
 そういうなり、いつものようにギュッと抱きしめ、あろうことかキスまでしている。
「な……!」
 その様子を見て、焦るのは蓮と秋孝のふたり。
「な、奈津美!!!」
「きさまー!」
 蓮と秋孝は走り寄り、蓮は奈津美を智鶴から引き離し、秋孝は智鶴を抱きしめる。
「おまえ! 俺でもまだキスしてないのに!」
 突っ込むところはそこかよ! と蓮は秋孝をにらみ、さらに奈津美をにらむ。
「奈津美……」
「なに? なにか私、悪いことした?」
 自覚のない奈津美に、蓮は頭を抱える。
 秋孝に抱きしめられている智鶴は秋孝の腕の中で暴れている。
「離して!」
「嫌だ! 女相手はいいのに、なんで俺は嫌がるんだ!?」
「え……? だって、アキじゃないから」
 その言葉に、秋孝はショックを受けて頭を抱えて座り込む。
「あの……」
 智鶴の声に、奈津美は目をキラキラさせる。
「ちぃちゃん、私、佳山奈津美。よろしくね!」
「佳山さん……ですか。よろしくお願いします」
「いっやーん、奈津美って呼んでよ」
 奈津美の言葉に蓮はますます頭を抱える。
 なんだ、この女子高生のノリは。
「うふふ、かわいいなぁ、ちぃちゃんは」
 気がついたら智鶴を抱きしめてなでなでしている。
 ……やっぱり秋孝と奈津美……方向性が一緒だ。
「奈津美さんもかわいいですよ」
「いやん、お世辞はいらないわよ~」
 そう言いながらもにこにこしている。
「深町……オレ、間違ってたかな」
 蓮の泣きごとに深町は少し困った表情で、
「さぁ……。でも、秋孝と奈津美さんの方向性が一緒なのは……ご愁傷様としか」
「慰めになってない……」
「諦めが肝心ですね」
 出会いのぐだぐだ感にげんなりしながら、屋敷の中に案内された。
 玄関を入ってすぐのたたみ敷きの部屋に通され、奈津美は物珍しそうにきょろきょろ見ている。
 中は畳表の匂いと木の香りがする気持ちのいい空間で、落ち着く。
「今日、蓮を呼んだのはだな」
 ようやく落ち着きを取り戻した秋孝は、奈津美をにらみつつ蓮に話を切り出す。
「おまえの部署、ブライダル課だよな」
「うん。奈津美が課長」
「こいつがか?」
 秋孝は嫌そうに奈津美を指差す。
「人に指を向けるのはよくないって教わらなかった?」
 奈津美の冷たい言葉に秋孝はムッとして指を引っ込める。
「課長を務めさせていただいております」
 奈津美は名刺入れから名刺を取り出し、秋孝と深町と智鶴に、
「仕事では小林姓でやってます」
 と言いながら渡す。蓮も名刺を三人に渡した。
 秋孝と深町も奈津美と蓮に名刺を渡す。奈津美は名刺を受取り、まじまじと見る。
 秋孝はTAKAYAグループの専務、深町は秋孝の秘書と書かれていた。
「専務ねぇ」
 奈津美は冷たい視線で秋孝をにらむ。
「おまえを首にするなんて簡単なんだからな」
「へー。職権乱用もいいところね。首にしたければすれば?」
 奈津美の言葉に秋孝はぐっと口を閉じた。
 秋孝はたぶん、奈津美の功績をきちんと知っている。
 だからそれもあって直接、連絡を入れてきたのだ。
「こう見えても俺、忙しいからさくっと本題に入るな」
 秋孝はお茶を飲み干し、
「ちぃにモデルの仕事をさせたいんだ」
「モデル?」
 秋孝のいきなりの申し出に、奈津美と蓮のふたりはきょとんとする。
「まあ、ビジネスホテルで挙式するなんてめでたいやつがそうそういるわけないのはわかっているんだが」
「悪かったわね」
 そのホテルで式を挙げた奈津美がムッとした声音で秋孝を見る。
「そのめでたい場所で式をしましたよ、私」
「そうか」
 少し悪かったな、という表情で奈津美を見て、
「でまあ、世間の目はそうなのはおまえたちが一番よくわかっていると思う」
「そうですね。おっしゃる通りです」
「そこで、そのイメージを払しょくさせたくてだな。ちぃをモデルにして広告を打ってほしいんだが」
 奈津美は目を点にして、秋孝を見て、次に智鶴を見る。
「えっと……。ちぃちゃんはどうなの?」
「わたしですか? あの……わたし、このままここでなにもしないでお世話になるのが嫌で……。アキにお仕事をなにかってお願いしたんです」
 智鶴の言葉に奈津美はふぅ、と息を吐き、
「秋孝さんは気に食わないけど、その申し出、大変ありがたいわ」
「おまっ……!」
 なにか言おうとした秋孝を手で制して、
「ちょうど売り出し方を悩んでたところだし。その提案、受けた!」
 にやり、と奈津美は不敵に笑った。
「で、さっそくだけど」
 奈津美は本格的な仕事の流れの話を始めた。

 あれからかなり長い間話し合いをして、さらに夕食までごちそうになり、今は帰りの車の中で、奈津美はご機嫌だった。
「ちぃちゃん、ほんとかわいいわー」
 秋孝の目を盗んでは何度かキスをしていたのを、蓮は知っている。
 秋孝でさえまだキスしていない、と言っていたから……貴重なファーストキスを奪ったばかりか何度もしている奈津美には正直、頭が痛い。
「それにちぃちゃん、私の後輩なんて、奇遇でうれしい」
 にこにこ顔の奈津美とは対照に蓮は不機嫌だ。
「蓮さん、眉間にしわが寄ってますよ」
 バックミラー越しに深町に指摘され、さらに機嫌を悪くする。
「おまえの妹が原因だからな」
「?」
 蓮の言葉に深町は首をかしげる。
 深町も智鶴にべったりだし、秋孝はことあるごとに智鶴に抱きつき、嫌がられていた。奈津美は同性ということもあってなのか、智鶴は拒否するどころか喜んでいる節もあった。
「なーにー、蓮?」
 少しお酒も入って上機嫌な奈津美に、蓮は顔をしかめる。
「オレ、酒くさいの嫌い」
「えー。ちょっとしか飲んでないよー?」
 食前酒を飲んだくらいでこんなに陽気になるとは……。
 蓮はかろうじて飲みきったお酒の味を思い出し、ため息をつく。飲み口すっきりでおいしかったけど……やはりまだ、お酒は駄目のようだ。気持ちの上でお酒を拒否してしまう。
「冷蔵庫の中にお水が入ってますよ」
 深町の言葉に奈津美は瞳をキラキラさせて、
「車に冷蔵庫!?」
 車内を探して冷蔵庫を見つけ出し、開けて中身をみる。
「わー、すっごい!」
「飲んでいいですよ」
 深町の言葉に少し躊躇していたものの、喉が渇いていたのでありがたくペットボトルを取り出し、飲む。
「オレもほしい」
「お酒くさいの嫌なんでしょ? 新しいの出して飲んだら?」
 奈津美の少し拗ねたような言葉に蓮は苦笑して、手に持っていたペットボトルを奪って飲む。
「おふたり、仲がいいんですね」
 少しうらやましい響きを感じて、蓮は深町を見る。
「うらやましかったらおまえも彼女作ればいいだろう」
「そうですね……」
 そう言った深町の瞳は遠くて、蓮はそれ以上言葉を言えなくなる。
「深町さん、いい男過ぎて女の人が困っちゃうんだよねー」
 けらけら笑っている奈津美に、深町は目を伏せる。
「ちぃちゃんを見る目が、お兄ちゃんって感じじゃないしー」
 奈津美の言葉に深町はドキッとする。
「ちぃちゃん、あんなに嫌がってはいるけど、あれはもう秋孝さんしか見てないよ」
 さっきまでおちゃらけていた奈津美が真顔でそうつぶやく。奈津美のたまにこういう的を得た発言に蓮はドキッとする。見ていないようで見ていることに、蓮はいつも勝てないと思う。
「さーてと今日のあれで進展あるかなー」
 にやにやした笑いに戻っていて、蓮は奈津美を見る。
「秋孝さんをあれだけあおってなにもなかったら……深町さんがちぃちゃんをさらってみる?」
「な、奈津美!?」
 腹違いとは言え、妹なのである。それは……まずすぎだろう。
「あはは。さすがにそれはしないのはわかってるよ。ねぇ、深町さん?」
 奈津美の言葉に深町はふっと力を抜いた。
「あなたは……面白い人ですね。僕のことがよくわかっている」
 深町の告白に蓮は目を見張る。
「僕は……そうですね。智鶴を妹だと思っていますが……それ以上の感情を持っているのも……また事実です。これは、本人にも秋孝にも言うつもりはありません」
 深町の言葉に奈津美は微笑んでいる。
「それに……秋孝だから、僕の大切な妹を任せられると思って」
「うん。バカで変態だけど、あいつはしっかりしてるよ」
 あれだけの短時間の間で奈津美は秋孝の本質を見抜いているらしかった。
「ちぃちゃん取られるのはかなり悔しいけど、あのバカなら大丈夫」
「バカバカって仮にも次期総帥だろ?」
 蓮の言葉に奈津美は笑う。
「尊敬の念のこもったバカだよ」
 深町も奈津美の言葉に笑う。
「あなたたちふたりを引き抜きたいですね」
「えー、やだ。私、今の部署が気に入ってるんだもん」
「そうですか、残念です」
 全然残念そうに見えない深町に、蓮はかなり嫌な予感を覚える。
「深町……?」
「蓮さん、安心してください。僕はなにもしませんよ。嫌でもあなたたちからきたくなるようにしますから」
 ふたりのマンションにつき、お礼を言って部屋に戻る。
 部屋に戻るなり、蓮は奈津美を抱きしめる。
「蓮……?」
 少し泣きそうな顔で、蓮は奈津美の唇をふさぐ。
「んっ……」
 何度交わしたのかわからないキスだけど、少しふれただけで奈津美の口からは甘い吐息が漏れる。それを確認して、蓮はさらに深く深く口づける。奈津美の腰を抱き寄せ、むさぼるようにキスをする。
「蓮、なんでそんなに泣きそうな顔をしてるの……?」
「奈津美が遠くに行ってしまいそうだったから」
「いかないよ。むしろ……秋孝さんには激しく嫉妬した!」
 奈津美は蓮に躊躇なく抱きついた秋孝を思い出し、腹を立てる。
「蓮も蓮だよ! なんで嫌がらないかなぁ」
「あー、うん。ごめん……」
 素直に謝る蓮に奈津美はきょとんとする。
「すっかり忘れてて。次は大丈夫だから」
 その言葉に奈津美はため息をつく。
「秋孝さんと深町さん、珍しく蓮の内側の人なんだね」
「内側?」
 奈津美の言っていることが分からなくて、首をかしげる。
「蓮って人に対して壁を作ってるでしょ。で、その壁の内側の人にはとことん甘いの」
 奈津美の説明に蓮はなんとなく言われている意味がわかる。
「昔、親父にも言われたよ、同じようなこと」
『人と距離を取りすぎる』ってあれは……いつだったか言われたことがある。
「最初ムッとしたけど、蓮があのふたりを壁の内側に入れていることがわかったよ」
 最初はあんな行動をとった秋孝にものすごく腹を立てたけど、蓮のことをきちんと尊敬してくれていたし、なによりも自分のことを対等に見てくれていた。
「たぶん一生ないと思うけど、今回みたいなイレギュラーではなくてきちんと一緒に働いてみたいって思えたよ」
「奈津美はそう思ってる?」
 蓮の疑問に奈津美は素直に答える。
「なんかあのバカっぷりがとんでもなく大きなことをしてくれそうでさ。楽しそうじゃない?」
 蓮は奈津美が『仕事馬鹿』なのをすっかり忘れていた。
 今の課に奈津美はそろそろ物足りなさを感じているのを蓮は感じていた。もともとが在庫管理部から別の課にステップアップで異動して、すぐにあの第四課に異動となったのだから。
 そして……あの思いだすだけで憂鬱になりそうな課から自力で這い出すことができて、そして今の課の課長になっているのだ。
 あまり一緒に仕事をしていて感じないけれど、奈津美は上を目指している。本人には自覚がなさそうだけど。深町の思惑通りになりそうだな、とそっとため息をついた。
「それにしてもさ」
 奈津美はふぅ、っと大きくため息をついて、
「深町さんとちぃちゃん、お互いが想いあってるのがねぇ……」
 奈津美の言葉に蓮は目を見張る。
「な……!」
「うん、私も最初、気がついたときにびっくりしちゃった。でも……十六年間、離れて暮らしていたんでしょう? そういう気持ちを持っても仕方がないかなって」
 どうしてそういうことに奈津美は気がつくんだろう、と蓮は言葉を失う。
「時間がその気持ちの間違いを正してくれるよ」
 奈津美は少しさみしそうに、笑った。
「それにね、今回、秋孝さんとちぃちゃんがうまくいくことで、深町さんも救われるんだよ」
 奈津美の言っている意味が蓮にはまったくわからなかった。







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