『愛してる。』


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Happy? Happy!01



 それは、一本の電話から始まった。
「秋孝、久しぶり。なんだよ、次期総帥。忙しい奴がオレなんかに電話してきて。うん、……いいけど?」
 蓮の言葉に奈津美は目を丸くして聞き耳を立てていた。
 あきたか……? 次期総帥?
 なんの話をしてるんだろう。
 蓮はなにかしゃべってすぐに電話を切った。
「先輩、すぐに出かけられる?」
 電話の終わった蓮と目があって、奈津美はドキドキした。
 ぬ、盗み聞きしてたの、ばれてるよね、これは。
 い、いや!
 これは断じて盗み聞きではない!
 聞こえたんだから仕方がないじゃないか!
 蓮は隣の席だし。
「先輩?」
 返事のない奈津美に蓮は首をかしげる。
「あ、ご、ごめん! うん、すぐ出かけられるよ」
「じゃあ、着替えてきて。下に迎えが来るらしいから」
「迎え?」
 急な外出は数多いけど、迎えが来たことがないから、戸惑う。
「オレ、部長に軽く話してくる。着替えたらここで待ってて」
 そう言ってパソコンの電源を切って部長のもとへ行く。
 奈津美はさっきの蓮の会話を思い出し、なんだかものすごいことになっている嫌な予感がした。
 パソコンを切り、机の上を片付けてロッカーに行って着替える。
 着替えて戻ってもまだ蓮はいなくて、友也と貴史と美歌に外出してくる旨を伝えた。
「いいなー、外出」
 美歌がうらやましそうに言っている。
「で、どこに行くの?」
「それが、わかんない。蓮もなんだかあわててるみたいだし。帰りもいつになるかわからないから、定時になって仕事がないようなら帰ってね」
「はーい」
 連絡事項を伝えていたら、蓮が戻ってきた。
「下に行くぞ」
 蓮は奈津美の手をつかみ、歩き始める。
 仕事中でも一緒に移動のときは奈津美の手をこうやって必ずつかむのは蓮の癖のようだった。
 下に降りて正面玄関を出ると、迎えの車が待っていた。
「蓮さん、お久しぶりです」
 黒塗りのベンツに奈津美は驚き、さらに運転席の横に立っているスーツ姿の男に驚く。
 茶色がかったさらさらの髪に柔和な顔立ちで、いわゆる「イケメン」なんて言葉がかすむくらいのいい男だった。
 蓮が「かっこいいお姫さま」だとしたら、この人は「絵に描いたような王子さま」という感じかなぁ。
「深町(ふかまち)自ら出迎えなんて、秋孝の依頼、怖いなぁ。オレ、ここで引き返していい?」
 蓮の笑顔が珍しくひきつっている。
「断ってもいいですけど、僕は後のことは責任持ちませんよ?」
 柔和な顔にさわやかな笑顔を乗せて、にっこりと微笑む。
 うわー、これは……。
 ものすごい目の保養?
 にやにやしながらふたりのやりとりを見ていた奈津美に蓮はため息をつく。
「またなんか変なこと、考えてるだろう」
「へ、変ってなによ!」
 奈津美の言葉に深町と呼ばれた柔和な顔の男は視線を向ける。
「ああ。オレの嫁」
「蓮、少し間違ってる。嫁は蓮で私はだんな」
 奈津美の言葉に深町は首をかしげる。「辰己深町(たつみ ふかまち)です。このたびは秋孝のわがままにお付き合いさせることになり、誠に申し訳ございません」
 そう言って深々とお辞儀をする。
「辰己……って。ちょ!! 蓮!!!」
「お、さすが奈津美さま。気がついた?」
「気がついたもなにも!」
 奈津美は今日の新聞の一面で見た「タツミホールディングス」の文字を思い出し、目を見開く。つい最近、そのタツミホールディングスで帳簿操作が発覚して、大騒ぎになったのを思い出した。
「それに、秋孝って……うちのグループ会社の総帥の息子の名前じゃないの!?」
「あー。さすがに奈津美も馬鹿じゃなかったのか」
「とりあえず、急ぎますので続きは車の中で」
 深町は後部座席のドアを開けて乗るように促す。
「うわ! そんなすごい人に車のドアを開けさせるなんて!!」
 奈津美はあわてて車に乗り込む。蓮が乗り込むのを確認して、深町は扉をしめた。
 運転席に乗り込み、シートベルトをしてエンジンをかけてアクセルを踏む。車は静かに動き始めた。
「で、蓮」
 奈津美はじろっと蓮をにらみ、話すように促す。
「なんで次期総帥から直々電話がかかってくるわけ?」
「同じ大学の同じ学部で同じ学年だったから。といってもオレ、飛び級したから途中からは違うんだけど」
「そんなことが聞きたいわけじゃなくて!」
 奈津美の言葉に蓮は、
「うん、オレも知らない。深町よこすからおまえはこっちに来いって言われただけ」
「なっ!」
 奈津美は二の句が告げず、口をパクパクさせた。
「辰己さんだって」
「深町でよろしくお願いしますね」
 運転していた深町からそう言われ、奈津美は
「ふ、深町さんだってその、すごい人なんでしょ?」
「すごくないですよ。実家がちょっとすごいってだけで、僕は秋孝の秘書をしている普通の会社員です。おふたりと変わりないですよ」
 次期総帥の秘書をしていてどこが普通の会社員なんだ! と奈津美は思ったけど、そこは突っ込まないことにした。
「秋孝も次期総帥候補ってだけで、ただのバカだ」
 次期総帥候補……しかも自分たちが勤めているグループ会社のトップの息子に向かってバカって言える蓮って一体……?
「会えばわかるよ、秋孝のバカっぷり。ほんと、TAKAYAグループの次期総帥候補があれで……オレは頭が痛いよ」
「蓮さんが秘書になればいいんですよ」
 深町の言葉に蓮は心底嫌そうな顔をして、
「嫌だよ。オレは奈津美の秘書してるから」
 蓮の言葉に深町は微笑む。
「噂には聞いていましたけど、蓮さんがそうやって幸せそうな姿を見て、安心しました」
 深町の言葉に蓮は少し照れたように笑う。
「で、どこに連れて行かれるわけ?」
「秋孝ともうひとり……僕の妹に会ってほしいんです」
「妹? おまえに妹なんていたんだ」
 蓮の言葉に深町は少し悲しそうな表情を浮かべ、
「腹違いの妹が、僕にいたんですよ」
 そのはかない表情に奈津美は少し泣きそうになる。
「腹違いって……。おまえのとこの親父さんって確か」
「ええ。カケオチして……その女性との間の子どもです。星川なな子って女優、ご存知ないですか?」
「ほ、星川なな子!? 私の憧れの人よ!!」
 奈津美の言葉に蓮はだれ? という視線を向ける。
「星川なな子って、もんのすごいきれいな人で、演技も上手で『稀代の大女優』の称号をほしいままにしてたんだけど、ある日を境にぷっつりテレビから姿を消したのよ!」
「僕の父とその星川なな子の子どもが……妹なんです」
 奈津美は目がこぼれるんじゃないかというくらい瞳を開いて深町を凝視している。
「な、なな子さまの子ども……!?」
「なな子さま?」
 蓮はなんとなく奈津美の次の言葉が想像できて、頭を抱えた。
「なな子さまは私の憧れよ! 輝くばかりの美貌! はかない雰囲気を持ちながらも時にはワイルドで! そしてなにより着物を着たときのうなじの美しさ!!!」
 最近になって奈津美の女優好きにかなり引いていたのに、これは今まで以上で……。
「奈津美、わかった。わかったから落ち着いて」
「だって! これが落ち着いていられますか! もう二度と会えないとあきらめていた人に近いのよ!」
「それが……父も……妹の母も亡くなっています」
「な……」
 深町は瞳に悲しみを浮かべていた。
「火事で……亡くなりました」
「え……」
「まだ、いろいろとありまして……。公表してないのですけどね」
 最近世間を騒がせている手前、公表できないのだろう。
 奈津美のあからさまな消沈に蓮は苦笑する。
「あ、でもでも! その娘さんならもう、きっとものすごい美人さんよね!?」
 奈津美はちらりと深町を見て、星川なな子の美貌を思い出してにやけている。
「あー、私。楽しみだわー」
 そこに楽しみを見出す奈津美に、蓮は少しちくっと心が痛む。これは……やっぱり嫉妬なのかなぁ。
 しばらく車を走らせ、急に緑の多い地域に入る。
「もう少ししたらお屋敷につきますので」
 緑深いトンネルを抜け出ると目の前が急に開けて、今まで見たことがないほど大きな建物が目に入ってきた。
 純和風な建物で、重厚感漂う造りに奈津美は目が点になる。
 いや、確かに。
 TAKAYAグループってものすっごくすごいのはわかっていたんだけど。そうだよねぇ。
 聞くところによると旧華族だとかいう立派な血筋で、先代だか先々代が事業を興して現在に至る、んだよねぇ。こんなすごい家に住んでいるのは、当たり前だよね。
 玄関前に車を止め、深町は運転席から降りる。
 奈津美が乗っている側のドアをあけられて、あわてて奈津美は車を降りる。蓮は自分でドアを開けて、降りていた。
「相変わらずすごいな、ここの建物は」
 蓮は目を細めて建物を見上げている。
「そうですね。僕は見慣れているからそうは思いませんけど」
 玄関に向かおうとしたら、突然扉が開き、
「れーんー! 会いたかったよ!」
「げ!」
 蓮はびくり、と身体をこわばらせ、逃げようとしていた。
 な、なに!? 蓮のこの反応、なに!?
 玄関から出てきた人はものすごい勢いで蓮めがけて走ってくる。
 蓮は回れ右をして走ろうとするが、一歩遅かったようで、つかまって抱きしめられていた。
「蓮、久しぶりだなー。やっぱりその姫な顔は相変わらずかわいいなぁ」
「秋孝! やめろ! 久しぶりで忘れてた!!!」
 蓮に抱きついているこの男の人が……どうやら件の秋孝らしい。
 奈津美はむかっとして、蓮と秋孝に近寄り、蓮にしがみついている秋孝をむしるように離す。
「私の蓮になにすんのよ!?」
 奈津美は涙目で秋孝を睨んでいる。
「おや、このかわいい人は?」
 秋孝は蓮と離されたことを少しうらみがましく奈津美を見た。
 秋孝は……深町とはまた違う方向でかっこよかった。彫刻のような彫の深い整った顔立ちでこちらは「野性的な王子さま」タイプだ。
 奈津美は秋孝に敵意の目を向ける。
「なにって、挨拶?」
「だめ! 蓮は私のものなんだから!」
 奈津美の言葉に秋孝は目を細め、獰猛な光を宿す。
「ほう。俺に挑むとはいい根性だ」
「蓮に触らないで!」
 奈津美は背中に蓮をかくし、秋孝をにらむ。
「あっちゃー。犬猿の仲か……」
 もちろん、秋孝が犬で奈津美が猿。
 秋孝は……獰猛なドーベルマンで……奈津美は西遊記の孫悟空のモデルになったというキンシコウだな、あれも珍獣だし。
「おまえはなんだ?」
「蓮のだんな」
「だんな!?」
 奈津美の言葉に秋孝はきょとんとする。
「蓮は私の嫁なの! だから、駄目なの!」
 奈津美と秋孝って……方向性がちょっと似ているかもしれない。秋孝の方がはるかにバカで変態なのは確かだが。







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