『愛してる。』


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愛してる。10



*-*-*-*-*-*-*-*

「さて、次の場所に行くぞ」
「え?」
「きちんと決着をつけないとな」
 奈津美は蓮の言っている意味がわからなかった。
「決着って?」
「ついてくればわかる」
 蓮は奈津美の腕をつかみ、歩き始めた。奈津美は蓮についていく。

 ふたりが向かった先は……。
「ここって」
 由布子の住むマンションだった。
「手遅れじゃないことを……祈っておいてくれ」
「な、なに?」
 マンションに入り、エレベーターへ。昨日とは違い、今日は動いていた。
 奈津美はまたあの階段を上がらないといけないのかも、と思っていたから、ほっとした。

 エレベーターに乗り込み、四階へ。
 エレベーターを降り、廊下の一番奥の部屋へ行き、蓮はチャイムを押した。
 しかし……中からは返事がなかった。

 蓮は少し焦った表情でドアノブを回すが……。当たり前だが、開かない。
 蓮は舌打ちをして、ポケットからなにかを取り出した。
「え?」
 鍵穴に鍵を入れ、蓮は鍵を開けた。
「なんで?」
「さっき、孝祐さんに渡されたんだよ」
 意味がわからない奈津美は、さらに質問しようとしたが、蓮に止められた。
「あとから全部話す。とにかく、今から起こることは……しっかり見ておけ」
 激しく緊張した面持ちの蓮を見て、奈津美は黙った。
 蓮はドアノブをつかみ、おもむろにドアを開ける。

「!?」
 開かれたドアの中は……。
 昨日、片付けて出て行ったはずなのに、いろんなものが散乱していた。
 白い壁はなにかよくわからないもので汚れていて、カーテンはびりびりに引き裂かれ……。
 そして、部屋の真ん中には……包丁を持った由布子が座っていた。
「き、木村……さん?」
 奈津美は声をかけた。
 由布子は奈津美をゆっくり見て、悲しそうに、笑った。
 奈津美ははっとした。
 由布子の瞳には……暗い暗い……奈津美なんか見たことがない闇が広がっていた。
 それは……絶望と孤独と……悲しみ?
「やはり、来たんですね」
「孝祐さんと話をしてきたよ」
「そう」
 由布子はそれだけ言って、今まで見たことのない妖しい笑顔を見せた。
 奈津美はその表情を美しいと思ったけど……同時に、ものすごく深い悲しみを感じた。
「わたしには……孝祐しかいなかったんです……。その孝祐に……わたしは捨てられました」
「違うよ! 孝祐さんは……!」
「孝祐は……わたしの両親が事故でなくなって……悲しみに暮れていたところをずっとずっと……支えてくれた。大切な……幼なじみだったんです」
 幼なじみ、と言われて、奈津美は友也を思い出した。
「小林さん、あなたには山岸さんという幼なじみもいるし……。すてきなだんなさまもいて。きっと、わたしの気持ち、わからないでしょうね」
「わかるわけないじゃない! 私は木村さん……、ううん、ゆうじゃないのよ!」
 奈津美の叫びに、由布子は目を見開いた。
「孝祐さんが大切そうに木村さんのこと、ゆうって呼んでいて。すてきだなって思ったの。私もゆうって呼ぶから!」
 蓮は奈津美の両肩に手をかけた。
 奈津美は蓮を見上げ、次に由布子を見た。
「だって私たち、別々の人間よ。考えていることや思っていること、わかるわけないじゃない! それに、わかっても面白くない。わからないから、相手を理解しようとするんじゃない。その方が面白いでしょ?」
 由布子は奈津美の言葉にさらに目を見開く。
「孝祐さん、ゆうの幸せを……願っていたよ。『ゆうの幸せが俺の幸せだから』って」
 由布子の大きく見開いた瞳から、涙があふれてきた。
「孝祐……!」
 由布子は手に持っていた包丁を取り落とし、手を顔に覆って、泣き始めた。
 奈津美は蓮をまた見上げた。
 蓮はそっと奈津美の背中を押した。
 奈津美はうなずき、由布子の元に行き、蓮は床に落ちた包丁を拾い上げて片付けてくれた。
 奈津美は由布子の横に座り、
「泣けるときに泣いた方がいいよ」
 奈津美はバッグからはんかちを取り出し、由布子の涙を拭いた。
「孝祐さんとゆう、近すぎたんだよ。近すぎて……お互いがお互いの幸せを願いながら……近すぎて、どうすればいいのかわからなくて。お互いを傷つけることでしか関係を持てなかったんだね」
 蓮は驚いていた。
 孝祐ははっきりと由布子がなにをしてきたかは語らなかった。
 きっと奈津美はわかっていないはずだ。
 それでも……一番答えに近いことを言っている。
 由布子も驚いて、奈津美を見つめている。
「あれ? なんか私、おかしいこと言った?」
 由布子は涙に濡れた瞳に微笑みを浮かべ、
「小林さんって……おもしろい人ですね」
「やーだ。小林さんって他人行儀な! 奈津美って呼んでよ!」
 由布子は奈津美の申し出に戸惑った。
「あ……で、では……奈津美さんで……」
「かわいー!」
 そういって奈津美はいきなり由布子に抱きついて、
「な!?」
 蓮はわが目を疑った。
 奈津美は由布子に口づけをしていた。
「ん……」
 由布子もびっくりしているものの、抗わない。
 それどころか、少し……うっとりしていないか!?
「奈津美!」
 蓮は焦って奈津美を由布子からひきはがした。
「なに?」
 奈津美はきょとんと蓮を見た。
「な、奈津美……。今、なにしたかわかってるのか!?」
「うん、ゆうにキスしたよ?」
「!!!!!!」
 なにか変なことした? という顔で奈津美は蓮を見ているが。
「だから……。なんでオレは……女に嫉妬してるんだ……」
「おかしいの?」
「おかしいだろ!!!」
 蓮は……奈津美に女友だちが少ない意味がわかったような気がした。
 これは……引く。
 された方は、引くな。
「まさか……美歌相手にも……」
「うん。挨拶のようにするけど、なにか問題でも?」
「!!!!」
 美歌と奈津美のキスを想像して……蓮は激しい嫉妬を覚えた。
「オレのライバルは……なんで女相手になるんだ……」
「んー、変かな?」
「おかしい! 絶対それはおかしい!」
「そっかー。おかしいのか。先輩に教えてもらったんだけど」
 蓮は……その先輩を恨めしく思った。
 なんということを……教えているんだ。
 確かにおかしいとは思っていた。
 貴史ひとりとしか付き合ってないくせに……奈津美は妙にキスが上手い。
「女同志のキス、禁止だ!」
「えー。やだ。というか、無理!」
「オレとキスしろ」
「だって、蓮は別。女の子は……かわいいじゃない?」
 と、かわいく奈津美は笑うけど。
「じゃあ、絶対にありえない話だが。オレが男とキスしててもいいのかよ!?」
「だめ」
 奈津美は即答した。
「それはわがまますぎるだろう!」
「えー」
「えー、じゃない!」
 ふたりの会話に、由布子はくすくす笑って、
「奈津美さんのキス、気持ちいいもんね。独り占め、したくなりますよね?」
「って! おまえ……!」
 由布子は蓮に微笑んで、
「わたしに取られる、と思いました?」
「えー。蓮は私だけのものだから。手離さないし、離れないよ」
 由布子と奈津美は顔を見合わせて、くすくす笑った。
「いっつも蓮にいじめられるから、たまにはいじめたくなるんだよ?」
「奈津美……。覚悟しておけよ……!」
 いまいち迫力ないな、と蓮は自覚しつつ、そうとしか言えなかった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*

 三人は奈津美と蓮のマンションに戻った。
 由布子の部屋は三人で片づけをしてきた。
 蓮は奈津美と由布子が仲良くなればなるほど……複雑な気分になった。
 楽しそうに話をしている奈津美と由布子を蓮は見ながら、ため息をついた。
 なんでオレ……女相手に嫉妬してるんだろう。
 蓮はバカらしくなって……諦めた。
 あれは、奈津美のいいところ……? ということにしておこう。
 キスぐらいなら大目にみておくか。
 と思った途端に、奈津美は由布子にキスをしてる。
 奈津美のそういう思考は……たぶん、男なんだ。
 かわいいと思った時に、思わずキスをしているんだろう。
 蓮は奈津美を見て、勝手にそう分析した。
 普通の女を相手にしていると思うから、戸惑うのだ。
 やっぱり……珍獣だな。
 蓮は深い深いため息をついた。
「佳山さん、ため息つくと幸せが逃げますよ?」
 由布子に指摘され、だれのせいでため息をつく羽目になっているんだ、と心の中で突っ込みを入れておいた。
「なあ、奈津美」
 蓮は寝る前に奈津美に話しかけた。
「んー?」
 奈津美は蓮の腕の中で甘えている。
「奈津美が女にキスするの、諦めた」
「わかってくれた?」
 そう言って、奈津美は蓮にキスをねだる。
 蓮はリクエストに応え、軽くキスをする。
「いちいち嫉妬してたら……オレの身が持たない」
「だって、女の子ってかわいいじゃない?」
「その質問にオレが素直に答えたら、奈津美はそれで嫉妬するんだろう?」
「しないよ」
 蓮はやっぱり奈津美の考えがよくわからない。
「さっき、木村さんと話してるのを見てたら、どうも奈津美の女に対する思考回路が……男寄りなんだよな」
「そう?」
 奈津美はちょっと考えて、
「あー……。うん、そうかもしれない。かわいいな、と思ったら、身体が勝手に動いて……キスしてるなぁ」
 蓮は自分の推理が当たっていて、ため息をついた。
「やみくもにキスしてたりする?」
「まさか! さすがにそんな無節操じゃないよ!」
 その言葉に、蓮はほっとした。
「うん、でも。嫌がられてるのは……わかってるんだ」
 淋しそうな顔がかわいくて、蓮は奈津美にキスをした。
「蓮のキスが、一番気持ちがいいよ」
 そうやって甘えてくる奈津美はかわいくて。
 ……どこでどう歪んだんだろう。
 奈津美を直す気はないが。
 蓮は疑問に思う。
「あ、それよりも蓮」
 奈津美はふと思い出した。
「なんでゆうの家の鍵、持っていたの?」
「ああ、話すって言ってたよな」
 蓮は前髪をかきあげ、
「孝祐さんに言われたんだよ。木村さんを救ってくれって」
 面会室を出る間際に蓮は孝祐に呼ばれた。
 鍵を由布子に返してほしい、そして彼女を救ってほしい……と言われた。
 その瞳は切羽詰まっていて。
 蓮は引き受けた。
 奈津美がその場面を見ていたらきっと嫉妬していたんだろうな、と苦笑した。
「なんかさ、いろんな人にいろんな人を救ってって言われてるよね、私たち」
 奈津美の言葉に蓮は笑った。
「みんな……だれかの救いを求めているのさ」
「そうだね。私は……蓮にたくさん救ってもらったよ。ありがとう」
 蓮は奈津美の言葉にはっとした。
 奈津美も……たくさんの呪いがかけられていて……、オレは……その呪いを絶ち切ることが出来たんだろうか?
 ふと考えていたら、奈津美はもう寝ていた。
 今日の奈津美ははしゃいでいたな、と蓮は思い出す。さすがに疲れたんだろう。
 蓮は奈津美に軽くキスをして、隣で眠った。



 ばたばたとあわただしく朝の準備が済み。
 由布子は荷物を詰めて、会社の途中のコンビニで荷物をマンションに送った。
「えー、本当に帰っちゃうのー?」
 奈津美は不満そうに声を上げたが、
「ラブラブなふたりのところにいつまでもいたくないです」
 と言われて、奈津美は黙った。
「奈津美さん、見えてますよ」
 由布子はいたずらっぽく奈津美の首筋を指さした。
「!」
 奈津美は焦って指摘された部分を手で隠し、蓮を見上げた。
 蓮は素知らぬ顔をしていた。
 そんなふたりを……由布子はくすくすと笑って見ていた。
 会社について、奈津美はロッカーで首筋を確認した。
 朝、家で見たときは大丈夫だと思っていたのに……。
 由布子に指摘されてよくよく見ると、それは明らかで。
 ファンデーションで隠そうとしてみたけど……なんだか変になったので、諦めてそのままにしておいた。
「蓮、また変な噂を立てられても、知らないからね!」
 奈津美はむっとして蓮に首元をちらりと見せて、囁いた。
「いいですよ、先輩。オレ、痛くもかゆくもないし。むしろ、そういう噂が流れた方が、オレには好都合だし」
「!」
 なんということを……。
 奈津美は蓮の方が上手なのを忘れていた。
「そこまで計算してやったのか……」
「もちろん」
 にっこりとかわいい顔で微笑まれても……困るから!
「おはようございます?」
 ヤマヤマコンビふたりが仲良くそろって出社してきた。
 友也は奈津美の首筋につけられた跡にすぐ気がついて、眉をひそめた。
 貴史は……気がついてないらしい。
 奈津美は大きくため息をつき、朝の打ち合わせを合図した。
 打ち合わせの後、友也が奈津美のところにきて、こっそりと耳打ちしてきた。
「なっちゃん……。それは……ちょっと大胆すぎだろ」
「……苦情は蓮に言ってよ」
 そう言った奈津美が妙に色っぽくて……友也はどきっとした。
「なっちゃん、昨日、なんかあった?」
「あるもないも、あったからこうなってるんじゃない」
「あ、いや……そういう意味じゃなくて」
 友也はふと視線を感じてその先をたどると……。
 心臓が止まりそうなくらい、鋭い視線の蓮がいた。
「なんにもないわけ、ないだろう!」
「あ、ともくんなに? 心配してくれてるの?」
 奈津美は能天気に答える。
 奈津美は蓮の視線に気がついてない。
「人の心配より、自分の心配をした方が建設的だよ?」
 奈津美は友也の肩をぽんぽん、と叩いてから
「打ち合わせに行ってきまーす」
 机の上の資料を持って、歩き始めた。
 蓮は友也から視線を外さないまま、やはり資料を持って奈津美の後を追う。
 ふたりの姿が消えて……友也は貴史に話しかけた。
「あのふたり……。この土日になにがあったんだ?」
「ん? なんかおかしかった?」
 貴史の鈍さに……友也は頭を抱えた。「山岸にあんなにひっつくな」
 エレベーターの中で蓮は奈津美の後ろから話しかけた。
「やきもち焼いてるの?」
 奈津美はクスッと笑った。
「そんなに嫌なら、私に首輪でもしておく?」
「……そうしたらますます珍獣じゃないか」
 蓮の言葉に奈津美はむっとする。
「まだ人のこと、珍獣扱いしてるんだ」
「……今からの会議だって、奈津美には出てほしくない」
 月曜日の朝の定例会議。
 ホテル事業部の役付きの人が集まってする、会議。
 はっきり言って、無意味だ。
 集まってなにを話すまでもなく。
「まーた、そんなこと言ってるの?」
 角谷はともかく、同じ部の他の課の課長で奈津美を好色そうに見る嫌なオヤジがいるのだ。それが蓮には不快で仕方がなかった。
「無意味だから無意味なんだって言うために今日は会議に出るんでしょ?」
 十階にある会議室を毎週使い、無意味な会議。
 月曜日の忙しい時間にだ。
 これがなければもっと有効に時間を活用できるのに、と奈津美は課長になってから常々思っていた。
 角谷もそれは感じているみたいだが……。
 部長とは言え、なんとなく肩身が狭いらしい。
 いい人で気をかけてくれるんだけど……ちょっと押しが弱いところが難点だな、と奈津美は思っている。
 信じる道があるときは……心強い人なんだけど、そうではない場合は、結構流される。
 そう言うのを補佐するのが奈津美の仕事なのかなぁ、と最近思ったり。
 会社的には若いから、たぶんこれでかなりまた風当たりがきつくなりそうだけど。
 やっぱり奈津美はそう言うのはどうでもいいと思っているらしく、今日の会議のための資料を作っているのを蓮も手伝った。
 たぶん、あの第四課にいた経験が、奈津美を強くしているようだ。
 あれ以上最低の場所は……そうそうない。
 これで左遷でも首にでもされたなら、思い切ってやめることもできる。
 まあ、そんなことはないとは思っているのだが。





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