『愛してる。』


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愛してる。09



 由布子のマンションの部屋に戻り、奈津美と蓮は散らかった室内を簡単に片づけ、由布子は無事な服を探して荷物を詰めた。
 奈津美と蓮のマンションに戻る前に本来の買い物を済ませて、由布子は夕食を作ってくれた。
 奈津美と蓮はお手伝いをして……。
 蓮が作るものとはまた違った家庭的な料理が食卓に並べられ、奈津美と蓮は喜んで食べた。
 食事が終わり、由布子は口を開いた。
「明日、孝祐に面会に行ってきます。やり直そうって伝えてきます」
「うん。あとで結果、教えてね」
「はい」
 そうして順番にお風呂に入り、少し話をして……それぞれの寝室に行き、寝ることになったのだが。

「今日は蓮と一緒に寝たくない」
 奈津美は寝る前になっていきなりそう言った。
「な……なんで!? 昼間のこと、やっぱりまだ怒ってる?」
「うん、ものすごく。だから、男相手は勝てないから嫌だって言ってるのに!」
「だーかーらー。どうしてそうなる!?」
 ふと見ると、奈津美は涙目だった。
「またそうやって泣く……」
「だって! 男同士の間には、やっぱり割って入れないんだもん! それに、怖かったの!」
 奈津美は自分の身体をギュッと抱きしめていた。
 蓮は今度は躊躇することなく、奈津美を抱きしめた。
「ごめん……。奈津美を怖がらせるつもりはなかったんだ」
 奈津美は蓮の腕の中で静かに泣いていた。
「嫌なの。蓮が……私のことを置いて行きそうで」
「いや。なあ、奈津美。なんか誤解してないか?」
「なにが?」
 泣きぬれた顔で奈津美は蓮を見上げた。
「わかるまで何度も言う。オレは奈津美のことを愛してる。奈津美が一番なんだ」
「でもあのときは、私より孝祐さんの方が一番だった」
 なんとなく奈津美が言いたいことがわかってきた。
「あれは……仕方がないだろう? オレはあいつが持っているナイフが本物だと思っていたし……。奈津美を守らないとと思って……」
「それはわかってる。だけど、あのときは、私のことが邪魔だったんでしょ?」
「邪魔ってわけじゃなくて」
 いつまでも平行線のような気がしてきたが、蓮は根気よく奈津美を説得した。
「危ないだろう?」
「でも、矛先は蓮だった。だから私はあそこにいても大丈夫だったんだよ」
「……わかった。わかったから……」
 蓮は奈津美にキスしようとして、奈津美に拒否された。
「そうやってごまかそうとしないで」
 奈津美の言葉に蓮は止まった。
「キスしてエッチすれば許されると思ってるでしょ!?」
「う……」
「私は許さない! 蓮は私だけを見ていればいいの!」
「なんか……オレ、普通に女相手に浮気した方がいいってことか?」
「それも許さない!」
 蓮はふと、貴史もこれを奈津美にされていたのかな、と思った。
 普通のやつなら……確かにこれは……重すぎる。
 奈津美の言っている意味がわからなくて逃げたくなるよな。
「じゃあ、オレはずっと奈津美を見ていればいいのか?」
「うん……。ごめん……、私、ものすごいわがまま言ってる」
「自覚はあるんだ」
 奈津美は赤くなって、
「自覚はある。重いって言われたこともある」
 蓮は奈津美の言葉にやはり、と思った。
「まあ……。似た者同士だな、やっぱりオレたち」
「え?」
「さっき、奈津美が木村さんに抱きしめられてて……ものすごい嫉妬で……身が焦がされそうだった」
「あ、でも」
「なに、奈津美? オレがやったことは許されなくて、奈津美がやったことは許されるとでも?」
 蓮の言葉に奈津美は固まった。
「オレも奈津美に返してやるよ。なんでオレ、女相手に嫉妬しないといけないんだよ……。奈津美はオレだけ見ていろ」
「ご、ごめんなさい……」
 奈津美は小さな声で謝った。
「一緒に寝てくれないと、許さないからな」
「う……」
「それだけで……許されるとでも思ってる?」
「え、いや。木村さん、いるよ?」
 奈津美はたじたじと蓮の腕から逃れようとした。
「知ってた? この部屋、防音になってるの」
「!」
 蓮は奈津美を抱えて、ベッドに置いた。
「覚悟は……できているよな?」
「れ、蓮?」
 蓮の瞳が……笑ってない!
 それでも……ものすごく色っぽくて。
 奈津美は、覚悟を決めた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 次の日、いつもの日曜日よりは少し遅めの起床で。
 起きてキッチンに行ったら、由布子が朝ごはんの準備をしてくれていた。
「あ……。おはよう。ごめんね」
「ううん。朝早く目が覚めちゃって。なかなか起きてこないから、ごめんね、勝手に朝ごはん作っちゃった」
 蓮はすでに着替えて、寝室から出てきた。
「あ、木村さん、ごめんね」
 蓮はそう言って、テーブルを片づけて朝ごはんが食べられるように準備を始めた。
 奈津美は着替えて、軽く化粧をしてから食卓へついた。
「わー!」
 食卓はすでに準備ができていて、奈津美が来るのを待っていた。
 奈津美が席に着いたのを確認して、ご飯を食べ始めた。
 由布子の作ってくれた朝ごはんも美味しくて。奈津美は友也と由布子が一緒になればいいのに、とちょっぴり思っていた。
 でも、由布子は孝祐とやり直すって言ってるし……。
 ともくん、また失恋かー、女を見る目がないな、かわいそうに、と思っていた。
「木村さん、孝祐さんの面会終わったら、また戻ってきてね。今日もうちに泊まって行ってね」
「え……でも」
「ほら荷物のこともあるし。それに、お医者さんからも言われてるのよね」
 奈津美は退院前に医者から言われていた。
 できるだけひとりにしないように、と。
「でも……」
「明日からまた仕事でしょ? 今日はその、なんか大変そうだから、ここから出社する方が楽だし」
 奈津美の言葉に由布子は素直にうなずいた。
「では、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
 奈津美と蓮は由布子を送り出した。
「で。今日はどうします?」
 奈津美が言う前から、蓮はすでに出かける準備をしている。
「どうも……なんか……」
「うん。なんだか違和感があるよね」
 奈津美も荷物を持ち、蓮の後を追った。

 昨日と同じ駅で降り、警察署へ。
 もう面会を済ませたらしい由布子が警察署の中から出てきた。
「もう終わったのかな?」
 由布子は泣いていた。
「どうしたんだろう……」
 奈津美は訝しく思っていたが、蓮は追いかけようとしない。そればかりか、警察署の中に入っていく。
「え? 蓮?」
 蓮は奈津美の腕をつかみ、一緒に中に入る。
 蓮は警察署の中で人を捕まえて、孝祐に面会できるか聞いている。
 かなり渋られたが、どうにか面会にこぎつけたらしい。
 面会室に通され……うなだれた孝祐が出てきた。
「あの……昨日は……すみませんでした」
 昨日のあの殺気立った雰囲気がうそのように、穏やかな……というよりおびえている?
「今、由布子が来て……。別れを告げました」
「あ。え!?」
「なんで!?」
 奈津美は孝祐に食ってかかろうとして、面会室の透明のアクリル板に頭をぶつけた。
「った……」
「奈津美、大丈夫か?」
「あ、うん。孝祐さん、なんで!?」
 孝祐は奈津美の言葉に疲れたように、
「ほとんど初対面のあなたたちにお話しするのも恥ずかしいのですが」
 孝祐はそう前置きをして、話はじめた。
「俺、確かにあいつに……暴力をふるってました」
「あ……」
「でも……。それ以上に……あいつは……」
 孝祐はぶるぶるとこぶしを震わせ、
「いえ……。今のは……聞かなかったことに」
 え? え?? 聞こえなかったけど?
 奈津美は蓮を見た。
 蓮はなにかを察したようで、孝祐をじっと見ていた。
「あなたはそれでいいのですか? 木村さんはやり直そうと言ってますが」
「いいんです。俺はあいつと別れるのが……一番なんです。もうあいつの気持ちは……俺に向いてないのがさっき話をしてわかりました」
 奈津美はふと、病室での友也と由布子を思い出した。
 もしかして孝祐さんは、友也のことを言っている?
「俺、今まで散々あいつを不幸にしてきたから。やり直そうって言われたけど、もう俺には無理で。何度もやり直そうと思ってきた。だけど……無理だった。それに……今はもう、あいつには妹みたいな感情しかなくて。それに……あいつを立ち直らせてくれる人があいつの心に存在しているみたいだったから」
 孝祐は一気にそう言い、その後はずっと黙っていた。

「あ……。うん……。ふたりの問題だし……私たちが口出しすることでもないし」
「ゆうに……伝えてくれませんか?」
「あ、ゆうって呼んでるんだ。その呼び方、かわいいー。私もゆうって呼ぼっ」
 蓮はその言葉に、妙な嫉妬を覚えた。
 ……だから……女に嫉妬は……間違ってる!
「幸せになれって。俺の幸せは……ゆうの幸せだから」
 奈津美はその言葉に、泣きそうになった。
 きっと孝祐は、由布子のそばにいて、幸せにしてあげたいと思っている。
 だけど……もうそれができないとわかっていて。

 奈津美と蓮はお礼を言って、警察署を後にした。

「なんか、すっごく切ないね」
「そうだね。……オレには無理だな」
「うん、私も。他の人と幸せになるのが……自分の幸せなんて、言えないよ。間違ってると思うけど……それが孝祐さんの選択した答えなら……仕方がないのかな」
「あながち、間違いでもないと思うけどな」
 蓮の言葉に奈津美は見上げた。
「えー。私、蓮が他の人と幸せなところ、見たくない」
「独占欲が強いな、奈津美も。オレもそう思ってるんだけどね」
「うーん、別に蓮の不幸がみたいわけじゃなくて。私の隣で蓮が幸せに笑ってくれてるのが、私の一番の望みなの!」
「じゃあ、泣くなよ」
 蓮は奈津美の頭をくしゃっとした。
「無理! 蓮と一緒だと、心が騒ぐのよ」
 奈津美の言葉に、蓮は笑った。
「偶然だな。オレも同じだよ」
 奈津美の隣に蓮がいて、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って……一緒に悲しむ。
 これだけの人がいれば、その人の愛の形なんて……人間の数だけあるんだな、と奈津美はぼんやりと思っていた。





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