愛してる。07
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次の日、奈津美は出社してすぐに友也に謝りに行った。
「ともくん……昨日はごめんね。でも……蓮だけはだめ!」
やっぱり泣きそうな顔をしていて、友也は苦笑しつつ、奈津美の頭をなでた。
「なっちゃんが珍しくそういうのを主張するから、すごく大切なのも分かったよ。それに俺も男はお断りだから。心配するな」
「ほんとに? ともくんは木村さんと私と蓮、どれが一番好き?」
友也は由布子の名前を聞いて、そこで赤面して……黙った。
「あー、私……。お嫁に出したお父さんの気持ちがよくわかった……」
奈津美は少しさみしそうに友也を見ていた。
奈津美と蓮は由布子が退院するまで毎日定時に仕事を切り上げ、通った。
奈津美は毎日、由布子の病室に通うのが楽しかったが、退院の日が近づくにつれて沈む由布子のことをずっと気にしていた。
「ねえ、蓮」
退院前日。
奈津美は由布子の元に行く途中にずっと思っていたことを口にした。
「木村さん、退院したら……どこに住むのかな?」
「え? 同棲していた男とだろ?」
「だよね……」
蓮の答えに奈津美は納得いっていないようだ。
「奈津美?」
「うん、おせっかいなのはわかってる。でも、たまに見せるあの瞳を思い出すと……素直に退院を喜んであげられなくて」
奈津美の言葉に、蓮は深いため息をついた。
「……オレのお節介癖がついたな」
蓮の言葉に奈津美は瞳を輝かせて、
「木村さんにしばらくうちに泊まってもらっていい!?」
「言うと思った。オレも言おうかと思ったけど、相手が女性だからね。なんか下心あるんじゃないかと思われそうで、言えなかったよ」
「下心! それは私の方だ!」
奈津美の言葉に蓮は噴き出した。
「ちょ……! 奈津美さま? あなた、そういうご趣味が?」
「なに勘違いしてるのよ! いくら私が中学から女子校だからって、そんな趣味はない! だって、もっとたくさん話をしたいじゃない? それにね、彼女を……救ってあげたいのよ」
由布子の瞳に、もっとたくさん楽しい光を宿してあげたい。
お節介だって思われてもいい。
奈津美はそう決心していた。
「こんにちはー」
奈津美はいつものように由布子の病室を訪れた。
「あ、小林さん、佳山さん」
由布子はうれしそうな顔で出迎えてくれた。
「あ……。こんにちは」
由布子の向かいのベッドに、見知らぬ人が座っていた。
今日、入院したのか病室移動してきた人のようだ。
奈津美と蓮は挨拶をした。
「人が増えてよかったね、木村さん」
「はい。さすがになにもすることがなくて、退屈だったのでうれしいです」
奈津美はいつものように由布子と話をして……。
「ところで、木村さん」
話が途切れ、向かいの人がいなくなった隙に奈津美は切り出した。
「退院したら、住むところないでしょ?」
「え……。あ、ありますよ」
「あるけど帰れないんじゃないの?」
奈津美の問いかけに、由布子は固まった。
「お節介かもしれないけど……退院したあとの方が実はものすごく心配で」
「いえ。でもわたし、帰るところはあそこしかないから……。帰ります」
由布子の瞳には、やはり感情がなくて……奈津美は泣きそうになった。
「小林さん、なんで泣きそうになってるんですか」
由布子に指摘されて、奈津美は泣き始めてしまった。
「え? ちょっと!?」
由布子は焦った。
後ろにいた蓮は慣れた手つきで奈津美にはんかちを握らせ、頭をぽんぽんとなでながら、
「オレから言うのもなんだけど、木村さんがもしよかったら、ちょっとの間、うちに泊まって奈津美の相手をしてあげてくれないか?」
「え?」
「こいつ、こんな性格だから……女友だち少なくてね。女子校育ちなのに、女相手にするのが苦手らしくって」
「違うよ! 女子校だから苦手なんだよ!」
「意味わかんないし、それ」
蓮は奈津美と一緒にいて、奈津美に女友だちが極端に少ないことを気にしていた。
だからと言って男ばかりってわけではなく……。
知り合いは多いが、友だちがいない。
美歌とは仲がよいが、美歌も今では一児の母。
前のような付き合い、とはいかない。
「佳山さんてなんだか、お父さんみたいですね」
由布子はクスッと笑う。
「お父さん……。それは新しいな、今日、初めて言われた」
「あー、お父さん! ってより、おかん!」
「おかん!?」
奈津美は涙に濡れた顔を蓮に向け、笑いながら
「お母さんではなくっておかんなの。世話焼きって感じで」
「だーかーらー、なんでオレをいつも女にしたがる!?」
「だって、嫁だもん」
蓮は奈津美の言葉にあっけに取られ、
「嫁でもおかんでもなんでもいいよ。オレは奈津美のものだから」
奈津美の頭をぽふぽふ叩いて、
「こんな漫才コンビのうちでよければ、しばらく泊まってくれるかな?」
「あ、でも」
由布子はかなり躊躇している。
「あ、気にしてる? 部屋はゲストルームあるし。会社から近いからたまに終電逃した人が泊まっていくんだよ」
蓮は社内でかなり顔が広いらしく、たまに終電を逃した人たちが救いを求めて泊まりにくることがある。
奈津美は最初、難色を示していたが……蓮の性格を知って、許している。
「明日は土曜日だし、朝から迎えに来るね」
奈津美の中ではすでに由布子が来ることは決定になっているらしい。
「あ、退院するのに服がいるよね。私の服、持ってくるね。たぶんサイズ、私とあまり変わらないと思うから」
「いや、胸は奈津美のサイズだと苦しいかもしれないぞ」
「くぅ……、人が気にしていることを!」
奈津美は自分の胸が平なのを結構気にしている。
由布子は同性でもはっとするほどのスタイルの持ち主だ。
「じゃあ、今日はこれで帰るね。明日は10時ごろ、来るから」
「あ、でも」
「いい? 毎日通ってきたんだから、私のわがままを少しは聞きなさい」
奈津美はいたずらっぽくそう言った。
「……すみません……。お願いします」
由布子は申し訳なさそうにうなだれた。
「もー。そんな顔、しないの! ほら、笑いなさい!」
奈津美は由布子の頬に手を当てた。
「そんな顔してると、幸せになれないぞ」
奈津美の言葉に由布子ははっとした。
「幸せになれる魔法をかけてあげる」
そう言って、奈津美は由布子の頬に軽くキスをした。
「あ……え?」
「うふふ。幸せになれた?」
由布子と蓮はびっくりしている。
「学生の頃、お世話になってた先輩がそうやってしてくれたの。なんか、びっくりしたけど、幸せになれたから」
奈津美は蓮の腕をつかみ、病室を出た。
「じゃあ、明日ね?」
そう言って奈津美は手をひらひらさせた。
嵐のような人だな、と由布子は思い、キスをされた頬に手をあてた。
「奈津美ー」
蓮が奈津美の後ろから恨めしそうな声を出した。
「なに?」
「オレの頬にもキスしろ」
「なんで?」
奈津美はくるっと振り返った。
そこには……少し怒った目をした蓮がいた。
「さっきの、怒った?」
「怒ってない」
「でも、目が怒ってるよ」
「だからなんでオレは女相手に嫉妬するはめにならなくてはならないんだよ」
その言葉に、奈津美は笑って、
「やっぱり怒ってるんじゃない」
奈津美は面白そうにくすくす笑っている。
「そういうこと言ってると……お仕置きしてやるからな」
「いいよ」
奈津美の言葉に蓮はびっくりして目を見開く。
「明日からしばらくゆっくりできないし」
いたずらそうな瞳の奈津美に、蓮はどきんとした。
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土曜日。
奈津美と蓮は10時前に病院に着き、病室に向かおうとした。
「小林さん、佳山さん」
「あれ? 木村さん?」
病室に向かおうとしていたら、後ろから声をかけられた。
「もう退院の手続きしてきました」
「そうなんだ」
蓮は由布子の荷物を持った。
「わたし、持ちますから」
「あー、いいから持ってもらいなよ。退院したばかりだし。それより……制服はなんだから、これに着替えておいでよ」
由布子は着てきた制服を着ていた。
奈津美は由布子用に用意した服を手渡した。
「ここで待ってるから」
「あ……はい」
由布子を見送り、奈津美と蓮はソファに座って待っていた。
待合室というだけあって、いろいろな人が行き交う。
ふたりはぼーっとその行き交う人を見ていた。
「すみません、お待たせしました」
由布子は奈津美が渡した服に着替えて戻ってきた。
「ほら蓮、やっぱり木村さん、こっちの色の方が似合うでしょ?」
「そうだな」
蓮は面白くなさそうに見ていた。
「またそこで嫉妬しない!」
「なんかオレ、間違ってる……。なんで女相手に嫉妬しないといけないんだ……」
「?」
由布子は不思議そうに奈津美と蓮を見ている。
「あ、気にしないでね。さ、いこいこ」
奈津美は蓮の背中を押した。
三人はタクシーに乗ってマンションに戻った。
「木村さんの部屋はここね」
由布子はマンションを見てびっくりして、さらに部屋に入って案内されてびっくりしていた。
「ここって……」
駅近のマンション最上階。
「会社に近くていいでしょ?」
この立地なら、確かに宿代わりにされても仕方がないかも……と由布子は思った。
「私たち、リビングかキッチンにいるから。ゆっくりしててね」
奈津美と蓮は由布子を部屋に残し、部屋を出た。
奈津美と蓮ふたりがいつものようにわいわいと言いながらお昼を作っていると、部屋から由布子が出てきた。
「あの……。わたし、料理できますから……。お世話になっている間、お礼代わりになにか作らせてください」
「あ、だいじょ……」
奈津美の発言途中で蓮が珍しく割って入った。
「じゃあ、夕食作ってもらってもいい? もうお昼は作ってるから」
「はい」
奈津美はちらっと蓮を見上げた。
表情から、なにを考えているのか珍しくわからなかった。
たぶん……作ってもらうことで由布子の「お世話になりっぱなしで申し訳ない」という気持ちを軽減させようと思っているのかなぁ、と思ったり。
「お昼を食べたら買い物に行こうと思っていたんだけど、木村さんも一緒に行きます?」
食材の買い出しに行く予定でいたので、蓮は由布子も誘ってみた。
「お邪魔でなければ」
「じゃ、いこ!」
由布子もお昼の用意を手伝い、仲良くご飯を食べた。
「え? これって佳山さんが作ったんですか?」
並べられた料理を見て、由布子は驚いていた。
今日はトマトスパゲッティとコンソメスープ、それにサラダ。
ちょっとしたランチのようなメニュー。
こだわりのトマトとベーコンで作ったシンプルなスパゲッティが最近の奈津美のお気に入り。
由布子は一口食べて、
「うわー、美味しい!」
と喜んで食べてくれて、奈津美と蓮はうれしく由布子を見ていた。
「佳山さんの料理がこんなに上手なら、わたし、料理できるって言わなきゃよかったー」
「木村さんの料理、楽しみにしてるね」
「プレッシャーかけられた!」
お昼はそんな感じで楽しくて……。