『愛してる。』


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愛してる。05



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 自席に戻り、仕事をしようとするのだが、いろんな事が頭をめぐり、珍しく仕事が手につかない。
「先輩、手が休んでますよ」
 蓮は何事もなかったかのように仕事をしている。
「蓮、よく普通に仕事できるね」
「小林先輩、珍しく悩んでるね。ま、『なんとかの考え休むに似たり』という言葉、知ってます?」
 蓮の言葉に奈津美はむっとした。
「はいはい、私はどうせ、バカですよ」
 蓮はたまにそういう暴言を吐く。
 奈津美は大抵、言い返せない。
 蓮も分かっていて言うから、たちが悪い。

 それから奈津美は、一心不乱に仕事をした。
 そのおかげで、定時前には今日やらなくてはいけなかった仕事はすっかり終わっていた。
「蓮の方はどう?」
「うーん、あと1時間くらいかな……」
「なら私、木村さんのところのぞいてくるね」
 面会時間を考えたら、定時で上がらないと無理なのがわかっていたから頑張った、というのもある。
「ひとりで?」
「うん」
 奈津美の言葉に、蓮はかなり渋い顔をして立ち上がり、なぜか友也のところへ行った。
「山岸、もう手が空いてるだろ?」
「空いてるが。なんだ、仕事を今から頼むとかナシな」
「仕事ではない。おまえに頼むのは正直、激しく嫌なんだが」
 と前置きをして、
「小林先輩を家にきちんと連れて帰ってくれないか」
「は? なんでまた?」
「ひとりで行って帰ってこれるよ、私」
 奈津美が抗議の声を上げた。
「オレだってこいつに頼むのは嫌なんだ。だけどどうしても今やってるのは今日中に上げないといけないんだ。それに、朝の出来事もある。ひとりで帰せるかよ」
 机の上の紙屑でどうして蓮がそこまで神経質になっているのか奈津美はわからなかった。
「オレが終わるの待ってたら、遅くなるだろう?」
「あ……うん」
 由布子のことも心配だ。
 できるだけ早く行ってあげたい。
「山本には頼めないだろう。奥さんいるし」
「うん」
 ふたりっきりになるのも正直、気が引ける。
「そうすると、山岸しか選択肢がない」
「わかった」
 友也はかなり嬉しそうに立ちあがって、
「じゃ、行こうか」
 と言っている。
「山岸、奈津美に手を出したら……わかってるよな?」
 にっこり笑っているが、目が笑ってない。
 というか……その顔、怖いから!

「はいはい。心配するな、お姫さま」
「!」
 蓮は真っ赤になった。
 うわ、あんな顔、初めて見た……。
「おまえ……覚えておけよ!」
 真っ赤になってそういう蓮の顔は……迫力がなくて、奈津美はこっそり笑った。

 奈津美は急いで着替えを済ませ、友也と一緒に由布子のいる病院へ向かった。
 蓮はものすごい不機嫌な顔をして、見送っていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

「なっちゃん、あいつとの生活、どうなんだ?」
「うん? 気になるの?」
「激しく」
 幼なじみというのもあり、結構ざっくばらんな話もする。
「やさしいよ。わがままはなんでも聞いてくれるし」
「姫なのにそれ以上の姫扱いされてるのか」
「あー、姫ってのやめてあげなよ。すっごいコンプレックスなんだから」
 実の兄であり姉の葵の存在が、蓮にものすごいコンプレックスを抱かせているみたいなのは奈津美は分かっていた。
 仲が良いから余計に複雑な心持ちらしい。
「なんで? あれは俺なりの褒め言葉なんだけどな」
「うーん。顔のことは……やめてあげなよ」
 とは言え、奈津美も蓮に向かってことあるごとに「美人」というし、似たり寄ったりかも、とちょっと思った。
「なんだあいつ、気にしてたのか。もてるから、気にしてるとは思ってなかった」
 意外そうな顔をしていた。
「蓮のお姉さんの顔を見たら、わかるよ」
「あいつ、姉なんかいたのか?」
「うん。佳山葵ってバイオリニスト」
 友也はしばらく悩み、
「ああ、あの美人な……って、ああ、佳山!」
 ようやくわかったらしい。
「言われてみれば、似てる……」
「うん、姉弟だもん」
「なるほどねぇ……」
「ともくん、私たちの結婚式に来たんでしょう……?」
「ああ、出席したけど、久しぶりに会ったやつらと話をしていた」
「ひどいなー」
 ひどいのはどっちだよ! という言葉を飲み込み、友也は心の中で突っ込みを入れておいた。
 途中で由布子に今からそちらに行くとメールをしておいた。

 病院に着き、受付で面会の手続きをする。
「え? 病室、移動してるんですか?」
「はい」
 奈津美は病室の番号を聞き、案内板を見ながら由布子のいる病室へ向かった。
 言われた病室に着くと、4人部屋のようだった。
 こんこん、と入口でノックをして、奈津美は中を覗き込んだ。
「あ、小林さん」
 昨日よりかなり血色がよくなった由布子は、ベッドの上に座って雑誌を読んでいた。
「こんにちは」
 奈津美は部屋に入り、後ろにいる友也にも部屋に入るように指示をした。
「どうも」
 そう言って挨拶したまま、友也は固まった。
「あ……」
 由布子も友也を見つめたまま、固まった。

 え? なになに??

 奈津美の頭には激しくクエスチョンマークがついた。
 そのまま友也と由布子はふたり、見つめ合ったまましばらく固まっていた。
 奈津美はどうしていいのか分からず、その場でおろおろしてしまった。
「あ……」
 先に口を開いたのは、由布子だった。
「どどどど、どうぞ」
 由布子は真っ赤になっている。
 友也も由布子の声に呪縛を解かれたようで、動き出したが……どこかぎこちない。
「木村さん、調子はどう?」
 奈津美はなにも気がつかなかったようにふるまってみた。
「あ、はい。昨日はほんと、ありがとうございました。おかげさまでよくなったみたいで、4人部屋に移動になりました」
 残りのベッドにはだれもいなかった。
 この部屋には由布子ひとりだけのようだ。
「よかったね。でもこの部屋でひとりだと、さみしいでしょ」
「大丈夫ですよ、ひとりは慣れてますから」
 そういった由布子の瞳にはやはり、なんの感情もうつってなかった。
「淋しかったらメールでもしてきて。それと、はい」
 奈津美は途中で買ってきた雑誌と飲み物を渡した。
「まだ部屋から出られないと思って、買ってきたけど。必要なかったかしら」
「いえ、ありがとうございます。この雑誌、読みたかったんだけど売店になかったんですよ」
 由布子はうれしそうに雑誌を手に取った。
 奈津美は普段、あまり雑誌は読まない。
 蓮がこれを買っていけと言っていたので素直に買っていったのだが。
 なんで好みを知っているんだろう……蓮。
「あ、あとこの人、私の部署の山岸さん」
「あ、昨日言っていたヤマヤマコンビの片割れさんですか?」
「そうそう」
 由布子は昨日の奈津美と蓮の会話を思い出し、くすっと笑った。
「おふたり、すごく息が合っていて、昨日、すごく楽しかったです」
 昨日はわからなかったけど、由布子は思っていたより明るい子らしい。
 確かに普通ならあんな目に合えば、沈むよなぁ……。
 だから余計に……家族のことと彼のことを話すと……。

 奈津美はそっとため息をつき、ふと友也を見た。
 奈津美が知っている友也は、女の子相手だと笑わせようといろいろ話をするのだが……今日は気持ちが悪いくらい、無言だ。
「ともくん?」
「あ? なに?」
 奈津美の問いかけに、ぎくしゃくと動く。
 これは……今日はだめだな、と奈津美は判断して、放置しておくことにした。
「実は私、佳山さんと同期入社なんですよ」
「そうなんだ。蓮、そんなこと言ってなかったな」
「佳山さん、人気があるから、私と同期って知らないかも」
 そんなことはない、蓮ならそのことに気がついているはずだ。
 そうでなければあんなに素早く部署と名前がわかるわけない。

「山岸さんって最近入社した方ですよね?」
「あ、うん」
「あちこちで噂になってましたよー」
「そ、そうだろうね……あはは」
 奈津美は曖昧に笑っておいた。

 このバカな幼なじみは……どうやらいろんな企業からスカウトが来ていたらしいものをすべて蹴り、奈津美がいるという理由だけでこの会社に来たのだ。
 早いところ、その過ちに気がついて別の恋を見つけてほしいと思っていたのだが。
 その恋は……早くも来たってことかなぁ。
 でも……道のりは……かなり険しいんだよねぇ……。

 他人ごとながら、心配になる。
「噂通り、かっこよくて、びっくりしました」
「本人目の前にして言うのはなんだけど……、かっこいいの?」
「かっこいいですよ!」
 由布子は真っ赤になって主張している。

 奈津美は幼いころの友也を知っているだけに、かなり複雑な心境だ。
 確かに、幼いころから友也はもてていたらしい。
 奈津美はお隣さんということで仲良くしていたが。
 小学校高学年の頃にはそれが原因で女の子に嫌がらせを受けていたような気もするけど。
 やっぱりその頃からそういうことはどうでもよくて、友也とも普通に遊んだりしていた。
 中学に入り、奈津美は女子校、友也は進学校にそれぞれ進み、あまり顔を合わせることはなくなったのだが。
「幼なじみだから、どうもぴんとこないんだよね」
「そうなんですか!?」
「うん」
 あー、またこれで噂が広がるかも、と思ったけど、ここで下手に口止めするのもよくないし……と言った後で奈津美は後悔した。





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