失恋から始まる恋もある


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《四十三章》「商談」



「小林さんは結婚式、しないんですか?」
 次の日、久しぶりに前の前にいた部署の後輩とお昼を食べていたらそう聞かれた。普段はタイミングがあえば蓮とお昼を食べているのだが、今日は珍しく蓮は外出。お昼を食べようと外のテラスに出たところ、彼女に会ったので一緒に食べているところだ。
「ん?。昨日、蓮にも同じこと言われた」
「愛されてますね、小林さん」
「そうなの?」
 奈津美はきょとんと彼女を見た。
「だって、結婚式って準備が大変なんですよ。それを向こうからやろうって、愛がなければそんな大変なこと、言わないですよ」
 そんなものなの?
「あたし、あのシーツの生地で作ったドレスでバージンロードを歩きたいなあ」
「え」
 奈津美は彼女の意外な言葉に止まった。
「評判いいからあたし、泊まりに行ったんですよ。あのシーツ、シーツだけってもったいないです!」
 それは、あのシーツを使いだしてからずっと言われていた。
 宿泊客から売ってほしいと言われ、最初は断っていたのだが、あまりにも要望が多くて、商品化した。
 あの頃はほんと、大変だった……。
 奈津美はそこで、閃いた。
「ありがとう!」
「小林さん?」
 急に表情の変わった奈津美をいぶかしく思った後輩は声をかけたが、奈津美は無言ですごい勢いでお弁当を食べ始めた。奈津美は弁当をすべて食べ終わり、後輩にお礼を言って、席に戻った。
「…………」
 取り残された後輩は唖然と奈津美の去った空間を見つめていた。

   *   *

「蓮、聞いてっ!」
 席に戻ると、蓮は外出から帰ってきていた。すでに蓮もお弁当を食べ終わって、昼休みをゆっくり過ごしていたようだ。手元には女性向けのファッション雑誌が置かれていた。
「蓮もマメねぇ、そういう雑誌まで見て」
「うん、やっぱり女性向けのは見ていて楽しいから」
 ぱらっとめくったページに奈津美は目が釘付けになった。
「……これ」
「あ。このデザイナー、最近人気急上昇中。葵の専属デザイナーさんらしいよ」
「葵さんの?」
 奈津美は葵のコンサートを思い出した。すごくシンプルだけど、華やかなデザインで、好みだなあ、と思っていた。
「気に入った?」
「あ。うん」
「確かに奈津美の好みのデザインだね」
 蓮はちょっと悩んで、
「そういえば先輩。なんかオレに用があったんじゃないの?」
「そうだ!」
 奈津美は先ほど考えたことを蓮に話した。
「…………」
 蓮はおもむろに携帯電話を取りだし、どこかにかけた。
「あ、ねーさん」
「?」
「ねーさんのドレスのデザイナーさん、紹介してくれない?」
 蓮の携帯電話から声が漏れて聞こえる。
『いいわよ?。なに蓮、ドレスでも着るの?』
「ねーさんと一緒にしないで……。奈津美に」
『奈津美ちゃん? うんうん、喜んで。ちょっと待ってて』
 ぶつっ、と急に切れた。

   *   *

 そんな電話も忘れた頃、蓮に外線がかかってきた。
「なんだ、だれかと思ったらねーさんか」
 蓮は葵と思われる人物となにか話していた。奈津美は友也に指示を出していたので、話の内容が聞こえなかった。
「うん、ありがとう。早速連絡取る」
 なにかメモを取っていた。電話を切ると、蓮はどこかに電話していた。
「小林さん?」
「あ、ごめんなさい。話の途中だった」
 奈津美は友也に指示を出し、席に戻った。
「はい……今から? はい、……分かりました。今から伺います」
 蓮はお礼を言い、電話を切った。
「先輩、今から出られる?」
「はい?」
「5分で着替えて。オレ、部長に話してくる」
 蓮はなにか調べてプリントアウトするとパソコンの電源を切り、奈津美のパソコンも勝手に切り、周辺も片付けた。
「奈津美、急いで」
 奈津美は仕事中なのに蓮が名前で呼んだのに驚いたが、急かされてロッカーに向かい、着替えた。ロッカーを出ると、蓮が待っていた。
「部長の許可、取ってきた」
「どこ行くの?」
「半分お仕事の話」
「?」
 蓮に手を引っ張られ、慌ただしく出掛けた。

   *   *

 蓮に連れてこられたのは、最近できたおしゃれな建物だった。
「ねーさんの専属デザイナーさん、今しか時間とれないって」
「ああ……って、ちょっと待って。半分お仕事って」
「行けば分かる」
 蓮は迷うことなく建物に入り、入居者リストを確認して、エレベーターに乗り込んだ。階数ボタンを押し、ネクタイを確認していた。ちん、と音がして扉が開いた。

 エレベーターを降りると、青い光に照らされた廊下が目に入った。その先には、すりガラスの扉があった。
 蓮は真っ直ぐすすみ、チャイムを押した。
 ピンポン、と軽快な音がして、しばらくして中から鍵の開く音がした。
「すみません、さ……」
 蓮が最後まで言う前に、言葉をさえぎられた。
「あはっ、ほんとだ、そっくり」
 中から出てきた女の人は、蓮の顔を見て、ころころ笑った。
「入って」
 奈津美と蓮は部屋に通された。
「ごめんなさいね、無理言って」
「いえ、こちらこそ」
 中はガラス張りの部屋に、ソファとテーブルが置かれたシンプルな部屋だった。
 ソファに座っていたら、紅茶を出してくれた。
「時間があまりないから、本題に入るわね」
 奈津美は女の人を見た。
 華奢できれいな人だった。茶色く染めた髪には少し軽くパーマをかけていて、赤いシンプルなドレスがすごく似合っていた。
「あ、ごめんなさい」
 女の人は名刺をふたりに渡した。奈津美と蓮も会社の名刺を渡した。
 名刺には「デザイナー 冬川 レミ」と印字されていた。
「まずはこれを」
 蓮はシーツの見本を取りだし、レミに見せた。
「うん、これならドレスとして仕立てるのには問題ないわ」
「良かった」
「ウエディングドレスよね? で、彼女が着るのね?」
「はい。あとは私のタキシードも合わせて」
「うん、分かったわ。デザインパターンは?」
「とりあえず2、3パターンで」
「一週間見てもらっていい?」
「はい」
 蓮とレミは打ち合わせをしている。奈津美はどうすればいいのか分からなくて、ふたりの会話を聞いていた。
「小林さんの要望はありますか?」
 いきなり話を振られ、奈津美は焦った。
「え?」
「ドレスのデザイン。好きな花とか」
「あ、バラの花が好きです」
「バラね。分かったわ」
「それでは、お願いします。詳しいことはまたファックスででも」
「メールでもらえる? 明日からいないから」
「ああ、そうでした。分かりました。あと、この生地は置いていきます」
 蓮は紅茶を飲み干し、立ち上がって礼をして、部屋を辞した。奈津美もあわてて紅茶を飲み、蓮の後を追った。
「急かしてごめんなさいね。飛行機の予約があったから。次はもう少しゆっくりお話できると思うわ」
 玄関先までレミは見送りに出てくれた。
「お忙しいところ、ありがとうございます。では、失礼します」
「失礼します」
 奈津美と蓮はレミの事務所をあとにした。


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