失恋から始まる恋もある


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《四十二章》「因縁の男」



 会社に行くと、いつもよりざわついていた。奈津美と蓮は不思議に思ってエレベーターに乗ると、女子社員の会話が聞こえてきた。
「あそこの大学、しかも院をでて博士課程?」
「うん、それでね、アメリカ帰りらしいのよ」
 奈津美と蓮は聞き耳を立てていた。
「しかも、かなりいい男らしいよ」
 ものすごく嫌な予感がする。フロアにつくと、部署は騒然としていた。
「蓮、ものすっごく嫌な予感がするんですが」
「みなまで言わないで、先輩」
 打ち合わせ室から角谷と見覚えのあるシルエットが出てきた。
「小林さん、佳山くん」
 角谷に呼ばれた。奈津美と蓮はまた顔を見合わせて、角谷のところへ行った。
「どうも」
 やはり、友也だった。
「部長!?」
「今日から小林さんのところに配属の山岸友也くん。頼むよ」
「ぶぶぶ、部長、困りますっ!」
 奈津美は部長を連れて、ふたりで打ち合わせ室に入った。
「部長、あの人私の幼なじみで」
「うん、本人から聞いた。で、彼のたっての希望で」
「山本さんはっ!?」
「彼も復帰してきたらきみのところは決定だけど、そろそろいくらきみたちが優秀とは言え、人手がいるだろう?」
 角谷の言うことはもっともだった。シーツも好評で軌道には乗ってきたものの、人手不足を実感していた。
「それとも、なにか不都合でも?」
 奈津美はそれ以上、なにも言えなかった。しょんぼりして部屋を出ると、早速険悪な雰囲気だった。
「山岸さん、こちらは」
「知ってる」
「で、私のだんなさま」
 奈津美はにっこりそう紹介した。
「は?」
「あれ? 知らなかった? 私、お正月に結婚したの」
「知らないよ! あのとき言ってくれれば」
 友也の言葉に奈津美は、
「話す前に抱きついてくるから」
 後ろで話を聞いていた角谷は、
「なんだ。きみも手が早いなあ。頼みますよ?」
 角谷はそう言い残し、去っていった。
「仕事ですからプライベートな感情は抜きにしてくださいね」
 奈津美は友也ににっこり笑った。

   *   *

 奈津美は後日、友也とふたりになったとき、どうしてここに入社したのか理由を聞いた。
「なっちゃんがいたから」
 当たり前のように言った友也に、奈津美は唖然とした。
「はあ!? 私、もう結婚してるし。それに、ともくんは大切な人だけど、恋愛対象じゃないよ?」
 奈津美の言葉に友也は傷ついたような、それでいて奈津美の答えに安堵したような複雑な表情で微笑み、
「望みがなくても、それでもそばにいたい……。だめかな?」
「……もうちょっと前向きに人生歩んだ方がいいと思うんだけど」
 奈津美の言葉に友也は笑った。
「うん、俺もそうは思う。けど、側にいるのは迷惑じゃないだろ?」
「……そう思っているのなら、どうぞ好きなだけいてください。ただし、仕事出来なかったら切るからね!」
 友也はその言葉に、苦笑した。

   *   *

「つかれた……」
 蓮と一緒に家に帰ってきて、奈津美はソファに座り込んだ。
 友也は確かに頭がいいらしい。奈津美の指示をすぐに飲み込んでてきぱきと仕事をこなしてくれる。
 蓮はずっと不機嫌だ。
「蓮?」
 奈津美は泣きそうだった。
「仕事とは言え、奈津美とあいつが話しているのを見るのは正直、苦痛」
「仕方がないじゃない」
 蓮がこんなに嫉妬深いとは思わなかった。
「奈津美はオレのものだもん」
 蓮は奈津美に抱きついている。
「はいはい。すねない、すねない」
 奈津美は蓮の頭をやさしくなでた。
「そんなこと言ってたら、こうしてやる」
 蓮は奈津美の首筋に唇を這わせた。
「蓮っ!」
「ついちゃった」
「なにしたのっ!?」
 奈津美はあわてて鏡を見に行った。
「蓮……」
 ものすごく目立つ場所に、キスマークをつけられた。
「オレの所有物」
「そんなことしなくても、私には蓮だけだもん」
「オレが嫌なの。でも……自分でもびっくりしてる。こんなに嫉妬深くて、独占欲が強かったなんて」
 蓮の言葉に奈津美は笑った。
「私の気持ち、少しは分かってくれた?」
「うん、ものすごく」
 奈津美は苦笑した。
「先にお風呂入ってきて。オレ、ご飯の用意してるから」
「はーい」

   *   *

「なあ、奈津美」
 ご飯のあと、片付けも終えてソファに座ってお茶を飲んでいたら、蓮が後ろから呼びかけてきた。
「なぁに?」
 奈津美は後ろに顔だけ向けたら、蓮はおでこに軽くキスをして、
「よっと」
 ソファをまたがって乗り越え、奈津美の横に座った。
「結婚式しようか」
「……はい?」
「ずっと気になってたんだ。結婚式しようか」
 蓮の言葉に、奈津美は戸惑った。
「いや、私……。あんな見せ物パンダショーは」
「確かに、見せ物かもな。でもやっぱり、みんなに祝われる幸せも感じてほしいな」
「…………」
「ま、考えておいて」
 蓮はソファから立ち上がり、寝室へ向かった。奈津美も蓮の後を追った。


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