失恋から始まる恋もある


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《四十四章》「もったいない使い方」



 建物の外に出て、奈津美は口を開いた。
「蓮?」
「分かった。きちんと話す。ちょっと休憩しよう」
 蓮はネクタイを外した。
「ちょっと先にいい店があるんだ。そこで話すよ」
 蓮は奈津美の手を取って歩き始めた。
「いらっしゃいませ」
 店に入って、奈津美は驚いた。
 外壁はコンクリート打ちっぱなしだったのに、中は緑にあふれる空間だったからだ。

『自然の中で一息つきませんか? 当店は終日禁煙です』

 と書かれた紙を見て、奈津美は気を使ってくれている蓮にうれしくなった。
 一番奥だけど窓際のやさしく光が降り注ぐ席にふたりは座った。
 それぞれ飲み物を注文し、蓮は話を始めた。
「さっき、ねーさんから専属デザイナーさん……レミさんに連絡取ってくれたって電話が来たんだけど、今日の夕方から出掛けて、帰りが4日後になるっていうからあわててアポを取ったらすぐ来られるかって言うから、急いで行ったんだ」
 そこまで話したタイミングで、飲み物が運ばれてきた。蓮は運ばれてきた飲み物を早速飲みながら、
「部長に許可を取ったのは、あの生地を服に仕立ててもいいのかってのと」
 蓮は飲み物を口に含んで少し口を中を湿らせ、
「どうせやるのならファッションショーっぽくやるのもいいかなって思って」
「はい?」
「あとで企画書書いていろいろやらなきゃいけないんだが、おおむね許可は取ってある」
「いや、だからなんでそうなるの?」
「いいか、奈津美。これはビジネスチャンスだ。今、人気急上昇中のデザイナーがあの生地を使ってドレスを作る。個人レベルで終わらせるのはもったいなくないか?」
「あ、うん」
 蓮の言葉に奈津美もわくわくしてきた。
「こうなったらねーさんも担ぎ出すか」
「え?」
「結婚式のBGMをねーさんに頼もう」
「はあ?」
「うん、なんか楽しくなってきた」
 すでに奈津美と蓮の仕事の範疇を超している。
「企画部も巻き込むか」
「な、なんか話が大きくなってますが」
「そう? オレ、元々企画部にいたし」
「そうな……って!?」
 奈津美は口をぱくぱくさせた。
「企画部って! 会社で一番人気のある部じゃないのっ」
「うん、そうみたいだね。やりがいがあって、楽しかったよ? でも、奈津美の側の方がもっと楽しいな」
「あああ、つくづくもったいない……」
 奈津美はがっくり肩を落とした。
「最近、よくそれ言われるけど、奈津美がいないところはつまらない」
 奈津美は盛大にため息をついた。蓮といい友也といい、馬鹿だと思う。これだけ頭がよくて仕事ができるのなら、なにも自分の下で働かなくてもいくらでも条件のいい仕事があるだろう。
 はっきり言って、自分がこのふたりを使いこなせているか、自信がない。
「私、蓮の能力を最大限に発揮できてるのか常々疑問に思っていたんだけど、出来てないよね……」
 テキスト処理にオーバースペックなパソコンで処理している感じがしている。
「奈津美はそう思っている?」
「うん」
「……これ以上こき使われるのは、正直、勘弁」
 とは言うけど、きっと蓮は満足してない。
「ま、なんか考えておく」
「えー」
 という会話の時は、あんなに大変なことになるとは予想もしていなかった。

   *   *

 一週間後、レミからデザイン案が送られてきた。
 蓮とふたりして見ていたのだが、
「なんか、パターンが多くない?」
「うん……」
 宅配で届けられた荷物を開け、びっくりした。20パターン近く入っていた。
「どうしよう、これ。もったいなさすぎて選べない」
 奈津美はデザイン画を見て、途方に暮れていた。
「よし」
 蓮はデザイン画を持って、奈津美も連れて部長のところへ行った。
「部長、お話が」
「ああ、言っていたデザイン案が来たのか」
「はい。それでですね」
 部長はデザイン画を見て、蓮の言いたいことを察した角谷は、
「企画部と本格的に調整しようか」
「はい。オレ、企画部に面識ありますから、話はオレから持っていきますが、いいですか?」
「お願いできるかな? ちょっと手が離せない案件があって」
「はい。進行状況は逐一報告します」
 ふたりは部長にお礼を言って、席に戻った。
 席に戻ると、知らない人が待っていた。
「いいタイミングで来たな」
 蓮は知っている顔のようだった。
「ちょっと近くまで来たから。おまえの嫁さんの顔も拝みに来た」
 ブランド物のスーツをそつなく着こなした、いかにも「できます」といった感じの男だった。
「どうも、はじめまして。企画部の青本です」
 そう言って奈津美に名刺を渡す。奈津美もあわてて名刺を取りだし、
「ホテル事業部の小林奈津美です。よろしくお願いします」
 名刺交換をした。
「意外に普通の子だ」
「青本、そう言ったのを後悔するぞ」
 青本は蓮の手にあったデザイン画に気がついた。
「お、来ていたか」
「見るか?」
 青本はデザイン画を見て、
「これの中のひとつだけはもったいなさすぎだな」
「やっぱり思うよな」
「うん……」
「ファッションショー……」
「え?」
 奈津美の言葉に蓮と青本は顔を向けた。
「このデザイン、全部ドレスにするのは無理かな? それで、きちんとしたファッションショーをやるの。私、全部着られないし、でもひとつに絞るのも無理だから、他のだれかに着てもらって」
 奈津美はそこで一呼吸おいて、
「モデルさんではなくて、本物の新郎新婦にやってもらうってのは、無理かな?」
 奈津美の言葉に、青本はしばらく悩んで、
「その案件、持ち帰って検討でいいですか? すぐにはさすがに回答できない」
 青本の答えに奈津美はさらに、
「最近、うちのビジネスホテル、女性客が増えていて、そこに宿泊した結婚予定の男女って無謀?」
「あー、その線があったか」
「では、それも含めて」
「お願いします」
 青本は帰っていった。
「ねぇ、蓮」
「ん?」
「式場、うちのホテルだとまずいかな?」
 ビジネスホテルと言うこともあり、会議室も大小5つほどあったはずだ。
「宴会場もあるんだっけ?」
「結構広いところが1つかな」
「……会場の問題はどうにかなりそうだな」
「うん」
 ぽんぽんと具体的になってきた。


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