失恋から始まる恋もある


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《二十六章》「失敗作の雑炊」



 奈津美は携帯電話のアラームで目が覚めた。携帯電話の時間を見ると、朝の6時。いつものように目を覚まし、周りを見て、自分の部屋ではないことに気が付き、あせった。
 そして、ふと蓮が目に入り、思い出した。
 奈津美は寝袋から抜けだし、蓮のおでこに手をあてた。熱は下がったようだったが、まだ蓮の顔は赤かった。
 夜に蓮のおでこに乗せていたタオルはベッドの下に落ちていたので拾い、新しいタオルを出して、濡らしておでこに乗せた。
「あ……。先輩、おはよう」
「ごめん、起こしちゃった?」
「先輩、ごめんなさい……」
 蓮はしゅんとして、謝った。
「気にしないで。ごめんね、こっちこそ。調子悪いの、気がついてあげられなくて」
 奈津美の言葉に、蓮はぶんぶんと首を振った。
「電話くれてたのに、気がつかなくって」
「え? オレ、電話してた?」
「うん」
 蓮は悩んでいたが、
「無意識のうちに先輩に電話してたのかも……。なんか身体が重くて、しんどくて……助けてほしくて……」
「気がついてよかった、ほんと」
 奈津美は立ち上がり、
「蓮、なにか食べる? っても私、雑炊くらいしか作れないけど」
「あー……。うん、それなら食べられる……かな。ご飯と出汁、冷凍庫に入ってる」
 蓮の言葉に、奈津美は冷凍庫を開けた。冷凍庫の中もきれいに入れられていて、ご飯と出汁を取り出し、鍋に凍ったままの出汁を入れた。
「男の冷蔵庫とは思えない」
「そう?」
「お嫁さんにほしいな、こういう人」
 奈津美の言葉に、
「いいよオレ、先輩のお嫁さんになって」
「!」
 奈津美は凍ったままのご飯をそのまま鍋に入れようとした。
「あ、先輩、ご飯一度、レンジで解凍してから入れて」
「あ、そうなの?」
 普段料理をしていないのがばればれだ。蓮に言われるがまま、レンジで解凍してからご飯を入れた。冷蔵庫から卵を取り出し、割ほぐして入れた。
「あ……」
「なに?」
「味付け忘れた」
「ああ、いいよ。食べるときにかけて食べるから」
 お茶碗を探して、奈津美は出来上がった雑炊をよそった。
「起き上がれる?」
「うん、どうにか……」
 蓮は身体を起こし、少しふらふらとした足取りだったので、奈津美は支えた。
「あ、汗かなりかいた?」
「うん」
 奈津美は乾いたタオルを出してきた。
「蓮、上脱いで。そのままだとこじらせちゃう」
 蓮は素直に上を脱いだ。奈津美は背中を拭いてあげ、スウェットが入っていたケースを見た。
「あ、スウェット、2枚しかないよ」
「え……。どうしよう」
「先輩が着てるのしかないんだよね」
 奈津美は着たままのスウェットを見て、浴室の前に走っていった。
「?」
 ばさっ、とスウェットの上が投げられた。
「ごめん、私が着ていたのでよければ、それを着て」
 蓮はスウェットを拾い、着た。
「先輩の匂いがするー」
「やらしいわね!」
 奈津美は着替えてきたらしい。スウェットの下も手に持っていた。
「下もこれ」
 奈津美に手渡され、蓮は下も着替えた。
「冷めないうちに早く食べて」
 テーブルの上に乗った奈津美作雑炊は……お世辞にも上手とは言えない様相だったが、蓮はにこにこして食べた。
「うん、美味しい」
「嘘だ。そんな失敗作!」
「へー、先輩は病人に失敗作を食べさせてるんだ」
「あ……。うっ……」
 それでも蓮は美味しそうに食べていた。奈津美が作った雑炊の半分くらい食べて、蓮はごちそうさま、と言ってまたベッドに戻った。
 奈津美は残りの雑炊を食べた。
「うわっ、味がない!」
「そう? 先輩の愛情が感じられて、美味しかったけど?」
「蓮、口がおかしい!」
 奈津美は自分が作った雑炊をかっ込むようにすべて食べ、食器と鍋を片づけた。

   *   *

 奈津美はふと時計を見て、あせった。
「うわっ、会社に連絡しなきゃ」
 携帯電話をつかみ、奈津美は会社に電話を入れた。
「佳山さんが熱を出して寝てるので、あ、はい、看病で休みます」
 ……素直に言いすぎだろ、と蓮は思ったが、あえて突っ込まないでおいた。奈津美が電話を切って、蓮は口を開いた。
「あーあ、あんな素直な電話して、会社に広まるな、噂」
「あ……。う、考えてなかった……」
「面白いなぁ、先輩」
「わ、笑いたければ笑うがいい!」
 真っ赤になった奈津美が面白かったが、まだからかうほど元気にはなっていなかった。
「スウェット、洗濯しないと替えがないんだよね?」
「うん」
「洗濯、するね」
「先輩、できるの?」
 蓮の言葉に、
「洗濯くらい、できます!」
 真っ赤になって否定する奈津美。
「じゃあ、お願いします。オレ、寝ますから」
「あ、うん」
 奈津美は蓮が脱いだスウェットを拾い、洗濯機に向かった。洗濯機にスウェットを突っ込み、洗剤を探して……スイッチを押した。水が出てこなくてあせったけど、蛇口をひねったら出てきた。マメだ……。うちの洗濯機の水道なんて、閉めてない。
 奈津美は洗濯機が回りだすのを確認して、部屋に戻った。
 蓮は規則正しく息をして、眠っているようだった。買い物に行くにも道がわからないし……。奈津美は冷蔵庫の中を見て、お昼はどうにかなりそうだと思い、閉めた。
 奈津美はすることがなくて、置かれていた雑誌を手にした。男性向けファッション雑誌となぜか女性向けファッション雑誌が置かれていた。ご丁寧に付箋まで付いている。自分の乱雑に散らかった部屋を考えて、ため息をついた。自分とは大違いだ。
 奈津美はぱらぱらと雑誌を見ていた。
 付箋の付いているページをみて、蓮の好みってこういうのなのかなぁ、と普段持っているものなどと照らし合わせて考えた。値段を見て、結構値がはるものが多くて、びっくりした。蓮の持ち物は、確かにいいものが多い。ブランドものに疎い奈津美でも、いいものだというのはさすがにわかる。有名どころのブランドではないけど、しっかり作られたもの。さりげなく香水を使っていたり、おしゃれにもうるさいのかもしれない。
 奈津美はというと、こだわりはなく、気に入れば買っていたりするから、持っているものはばらばらだ。ただ、あまりブランドが好きではないから、ブランドものは持っていない。女性向けファッション雑誌もぱらぱらとめくってみた。ブランドものからそうでないものが載っていた。付箋がついているページは、奈津美が好きそうなものばかりで……。
「あ、これ、かわいい」
 付箋がついたページに、さらに付箋がついていて、だけど値段を見て、諦めた。
 かわいいけど……高すぎる。
 奈津美は自宅通いだし、特に趣味があるわけでもなく、お金は確かに貯まる一方だったが、あてがあって貯金をしているわけでもないけど、なんとなく自分に使うのはもったいないな、と思っていた。
 ぴーぴー、と洗濯を終えたブザーが聞こえ、奈津美は立ち上がった。洗濯機を開け、ハンガーにかけた。
 窓を開けてみたけど物干しざおが見当たらず、どこに干せばいいのか分からなかったから、浴室にかけておいた。
 昨日の夜は雪が降りそうだと思ったけど……。どんよりした空は、今にも降り出しそうで……でも、雪も雨もまだ降っていなかった。
 奈津美は雑誌を見たり、ぼーっとしたりしていた。


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