失恋から始まる恋もある


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《二十五章》「気がかり」



 家に帰り、ご飯を食べ、お風呂に入ってもやっぱり蓮が気になってもう一度電話をしてみたがやはり、蓮にはつながらなかった。今まで、こんなことなかったのに……。
 奈津美の中の不安が大きくなった。
 ベッドに入り、寝ようとしても、やっぱり蓮が気になって気になってしまい、奈津美はベッドから出て、服を着替えた。
「お母さん、今から出かけてくる」
「なに? 仕事?」
「違うけど、ちょっと出てくる」
「あ、待ちなさい!」
 奈津美は母の制止を振り払って、家を出た。外は寒かった。奈津美はぶるり、と身を震わせ、真っ暗な空を見上げた。今夜は、雪が降りそうだった。
 駅に着き、蓮の家に向かう電車に乗り込んだ。終電に近いのに、乗客は結構いた。奈津美は混んだ車両の中でぼんやりと立ち、外を見ていた。
 蓮はかなりマメな男だ。奈津美の着信に気がついているのなら、連絡をしてくるはずだ。ましてや、その前に自分に電話をかけているのだ。用がなければ連絡してくるとは思えない。なにかあったとしか思えなかった。
 とりあえず、蓮の家に行ってみよう。なにもなければ、笑って済ませられるのだから。連絡してこなかったことを怒ればいい。
 奈津美の家と蓮の家は、真反対だ。会社の最寄駅を通り越し、2つ目の駅で降りた。道には自信がなかったけど、なんとなく見覚えのある道を歩いた。道は暗くてかなり怖かったけど、奈津美は我慢して歩いた。見覚えのあるアパートが見えて、奈津美はほっとした。
 「佳山」と表札のかかったドアをノックした。返事はなかった。
 寝てるのかな? と思ったけど、携帯電話をかけてみた。かすかに中から着信音が聞こえた。蓮は家の中にいる。
「蓮?」
 深夜なので遠慮がちにドアをノックして声をかけてみたが、静かなアパートに自分の声が響くだけだった。
 ここまで来たし……。また、来た道を帰るには……かなり怖い。それに、そろそろ電車もなくなる時間だ。
 奈津美はふと、前に渡された蓮の家の鍵のことを思い出した。奈津美はもう一度ドアをノックし、ドアノブを回してみた。やはり、鍵はしっかり掛けられていた。奈津美は仕方なくバッグに手を入れ、鍵を取り出した。鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回した。かちゃり、と音がして、鍵が開いた。

   *   *

「お邪魔します……」
 奈津美は恐る恐るノブを回し、中に入った。中に入ると、真っ暗だったが玄関に人が倒れているシルエットが見えた。シルエットで顔を見なくても、蓮だとわかった。
「ちょっと! 蓮!!」
 奈津美はドアを閉め、きちんと鍵をかけて、靴を脱いで家に入った。
「蓮??」
 声をかけても、返事がない。奈津美は慌てて部屋の電気をつけた。ぱっと部屋が明るくなり、奈津美は眩しさに目を閉じた。しばらくして、目が慣れたので目を開けた。
 倒れている人物はやはり蓮で、顔を見ると帰り際に見たときより赤い顔をしていた。
「蓮!」
 奈津美は蓮の頬を軽く叩いてみた。
「あれ……。先輩? なんでここにいるの?」
 蓮は薄眼を開け、ぼんやりと奈津美を見た。
「なんでって! 蓮! 大丈夫!?」
「あー、うん。そういえば……なんか身体が重たい……」
 奈津美は蓮のおでこに手を置いた。
「ちょっと! すごい熱があるじゃない!」
「熱……?」
 ぼーっと上気した顔で、蓮は奈津美を見た。
「立てる?」
 奈津美は蓮の靴を脱がせ、靴下も脱がして腕を肩にかけ、立たせようとした。
「う……」
 かなり重い。
「蓮、がんばって立って」
 奈津美の言葉に、蓮はのろのろと身体を起こしてくれた。
「くらくらする……」
「それだけ熱があれば、くらくらします!」
 蓮をどうにか立たせ、コートとジャケットを脱がせた。
「着替えは?」
「あー……。そこ」
 蓮の指の先にあるケースの中からスウェットを取り出し、着替えさせた。蓮をベッドに寝かせた。奈津美はタオルを探し出し、濡らして蓮の額に置いた。
「なんか薬、ないの?」
「そんなもの、ない」
 もうこの時間はどこも開いていないし、開いていたとしても、怖くて出られない。
「あー、不覚だ……」
 蓮はベッドの中でそう呟いている。
「なにが不覚よ! びっくりしたじゃない!」
「ごめん、先輩」
 熱で上気した蓮は妙に色っぽくって……、奈津美はドキドキしていた。いや、病人相手だから! 奈津美は自分にそう言い聞かせ、
「なにか飲む?」
「うー。なんにも飲みたくない」
「熱がある人はしっかり水分を取りなさい!」
 奈津美は冷蔵庫を開け、飲み物を探した。水のペットボトルが入っていた。コップに入れ、ベッドに持ってきた。
「起きて飲める?」
「……無理」
「ストローなんて、ないよね……」
 奈津美はコップを見つめ、困った。
「先輩が口移しで飲ましてくれたら、飲む」
「な……!」
 奈津美は蓮の言葉に絶句した。
「オレ、干からびて死んじゃう」
 奈津美はコップを見て、蓮を見て、再度、コップを見た。そしてまた、蓮を見た。かなり熱があるみたいで、ものすご苦しそうだ。身体を起こすのもつらそうだし……。
 奈津美はコップをがしっとつかみ、水を口に含んだ。そして、意を決して、蓮に口づけた。
「ん……」
 少しづつ水を蓮にうつし……蓮は素直に水を飲んだ。
「まだほしい」
「~~~っ!!!」
 奈津美は真っ赤になりながら、もう一度水を口に含み、蓮に口づけた。蓮に言われるまま、何度か水をそうやって飲ませた。
「先輩……」
「蓮、」
 蓮は奈津美の冷たい視線に気がついた。
「あ、すみません……。もういいです……」
 つい、真っ赤になって必死な奈津美を見ていると、可愛くてついついおねだりしてしまった。

   *   *

「眠れるようなら、寝て」
「先輩は……?」
「もう電車ないだろうし、あっても駅までひとりで帰るの、怖いから。ここに泊まってく」
「ベッドの下に寝袋あるから、それで寝てください」
 なんで寝袋が? と奈津美は疑問に思ったが、そういえばこの前来たとき、蓮は寝袋で寝ていたな、と思いだした。ベッドの下をごそごそ探したら、寝袋が出てきた。
「さっきのケースの中にもう一枚スウェット入ってると思うから、それに着替えて寝てください」
「あ、うん、ありがとう」
 ふと見ると、もう蓮は眠っているようだった。奈津美は浴室の前のスペースで服を脱ぎ、蓮のスウェットを借りて、着た。前に借りた時も思ったけど、ぶかぶかだった。
 奈津美は部屋の電気を消して、寝袋に入った。
「おやすみ」
 蓮の無事を確認したことで安心した奈津美は、すぐに眠りについた。


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