失恋から始まる恋もある


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《十三章》「自宅ご飯」



 突然、静かな部屋に、クラシックがかかった。
「この曲……」
 最近、よく耳にする曲。
「オレの姉が弾いてるの」
「え!?」
 奈津美はびっくりして、振り返った。蓮はエプロンをして、台所で夕飯の支度を始めていた。
「佳山葵(かやま あおい)って最近、聞く名前だろ?」
「あ……」
 ステレオの上に置いてあるCDジャケットを手にとった。黒髪ストレートの女性が静かに微笑む写真のジャケットに「佳山 葵」と入っていた。よく見ると、蓮によく似ていた。
 スピーカーから、やさしいバイオリンの音がしてくる。
「CD気に入ったなら、持って行きなよ。ステレオの上に何枚かあるだろ?」
 奈津美は立ち上がり、ステレオの上を見た。3枚ほど同じCDが置かれていた。
「ありがたくもらっていく、ありがとう」
「聞いたら感想、聞かせて?」
「うん」
 奈津美はCDをバッグにしまった。
「和食でいい?」
「なんでも食べられるから、いいよ?」
 奈津美はぼーっと蓮の後姿を見ていた。しばらくしたら、台所から出汁のいいにおいがしてきた。
「いつもそうやって自炊してるの?」
「面倒な時は外食だけど、最近は早く帰れるから、たいてい自炊かな」
「そういえば、いっつもお弁当持ってきてるよね」
「うん、オレお手製」
 奈津美は恥ずかしくなった。自宅通いで家事に洗濯、全部母親任せ。お弁当までいつも作ってもらっている。
「料理できるようにならないとなー」
 奈津美のつぶやきに、
「オレと結婚したら、そんな必要、ないぜ」
「え……」
 奈津美は聞き間違いかと思って、聞き返した。
「先輩、ご飯できたよ」
 奈津美の質問には答えず、蓮は火を止め、ご飯やおかずをよそって食卓へ並べた。
「わー、美味しそう」
 奈津美は食卓へ並べるのを手伝った。
「いっつもひとりだから、つい張り切って作り過ぎた」
 あの短時間で作ったとは思えないほど、たくさんの品数が並んだ。
「いただきまーす」
 ふたりそろって手を合わせて、ご飯を食べた。
「わー、ご飯、すっごくおいしい!」
「だろ? 鍋で炊いたんだ」
 ガス台を見ると、小さな鍋が置かれていた。
「あれで?」
「うん。部屋が狭いから、炊飯器買わなかったんだ。で、試しに普通の鍋でガスで炊いたら美味しくって」
「うん、すっごくおいしい!」
 奈津美は久しぶりにご飯がおいしいと思った。気がついたら、ふたりして食卓に並んでいたものすべて、食べていた。
「ごちそうさまー。美味しかったー。食べ過ぎた」
 奈津美は満足して、お茶をすすった。蓮は食卓の上の食器を片づけ始めた。
「あ、私、食器くらい、片付けるよ」
「いいよ、気にしないで」
「だって、本当は私が今日、おごってあげるっていったのに……」
「じゃあ、お願いしていい?」
「うん」
奈津美は蓮からエプロンを借りて、食器を片づけ始めた。食器を洗っていると、後ろに視線を感じて、振り返った。
「なに?」
「ううん」
 蓮ににっこり微笑まれた。奈津美はすべて片付け終わり、エプロンを外した。
「すっかりお邪魔しちゃって。ごめんね」
「いや、こっちこそごめん。食器片付けさせて」
 蓮は上着を羽織り、
「駅まで送って行くよ」
「あ……うん」
 ひとりで帰れる、と言いたかったが、ここまでの道のりがわからず、蓮の言葉に甘えることにした。駅までの道、ぽつりぽつりと話をした。
「ありがとう。ごちそうさま。結局、また貸しができちゃった」
「いや、オレも久しぶりに楽しくご飯、食べられたし。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
 歯切れの悪い蓮に少し奈津美は疑問を感じたが、あまり追及しないでおいた。
「じゃあ、また明日ね」
 奈津美は手を振り、後ろを向いた。とたんに、手首をつかまれた。
「……蓮?」
 奈津美は振り返り、蓮を見た。蓮はうつむいていた。
「蓮? 調子悪い?」
「……いや……」
 蓮は奈津美の手を離して、
「ごめん、また明日」
 蓮はなにかを吹っ切るようににっこりと笑いかけ、奈津美の背中を押した。
「ほら、電車来るぞ」
「あ、うん」
 奈津美は蓮の態度に後ろ髪がひかれつつ、電車が来るというアナウンスにあせって走った。
「馬鹿……。あんなかわいい姿……見せんなよ……」
 蓮はひとり、つぶやいた。


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