ジェネシス学園へようこそ03
「上之宮さん? あなた、いつまであたしたちを待たせる気?」
突然、愛流以外の声が外から聞こえてきた。ドアの外ではちょっと待ってください、と愛流と別のだれかが言い争っている声が聞こえる。しかし、そのいさかいの声もすぐに止み、ドアは突然、開かれた。
そこには、愛流より身長が高い、茶色い髪をポニーテールにした女性が立っていた。緑の瞳には怒りがこもっていた。
「早く来なさい」
愛流ではない違う女性は部屋の中に入り込み、玲菜の腕をつかむ。それを見て、ひかるは止めようとする。
「あなたは──アンドロイド? ガイノイド? どちらでもいいわ。どうして人間ではないあなたがこの学園にいるの?」
女性の言葉に玲菜は表情を固くする。愛流は女性の言葉が信じられなくて、ひかるを凝視する。
「ファネールさま、だってこの人」
「天見さん、コレは精巧にできていますが、明らかに人造人間。この学園には許可のない人造人間の立ち入りは禁止されています」
玲菜は唇をかみしめる。本来なら、ひかるは学園まで玲菜を送り届けてそのまま地球へと帰る予定になっていた。最後の最後まで、ひかるの同行の許可を得ようとしていたのだが、学園はかたくなにそれを拒否していた。
「ひかるはわたくしの友だちよ。ずっと、一緒にいた」
玲菜は愛流がファネールさま、と呼んだ人物が握っている手を振りほどき、ひかるを抱きしめた。
「ひかるがなんでもいいの。わたくしにはひかるしかいないのだから」
「玲菜さま、何度も申し上げたではありませんか。学園では生身の人間のお友だちを作ってください、と」
「要らない。わたくしを裏切る人なんて、要らない。あなたさえいれば、あなたはわたくしを裏切らない」
「玲菜さま……」
玲菜の訴えにファネールはふん、と鼻で笑う。
「機械はあなたを裏切らないわ、確かに。プログラムされた感情、忠誠心など、なんになるというんでしょう」
玲菜がファネールにつかみかかろうとしているのを見て、ひかるは止める。
「玲菜さま、この方の言っていることは事実です。人造人間はプログラムされた感情で動いています」
「だって──!」
「確かに玲菜さまが幼い頃、あなたに誓いました。あなたのことをいつまでも守る、あなたを裏切らない、と」
玲菜が幼い頃、ひかるはずっと側にいて守る、と誓った。学園に来る時、玲菜はひかるに何度もそのことを確認していた。少しの間、離れ離れになるけど、あなたはわたくしの友だちよね、と。ひかるはもちろんです、と答えた。
「学園にいる三年間で心から信頼できるお友だちができれば、ボクの役目は終わりとも思っていました」
「そんな。ひかる以上に信頼できる人なんて」
「ここで三年間過ごしてみないことには分からないでしょう」
ひかるの言い分はもっともだ。しかし、と玲菜は首を振る。
「上之宮さん、とりあえず今はその人造人間の処遇は後回しにします。とりあえず、すぐにきて」
ファネールは再度、玲菜の手首をつかむ。
「離してよ!」
「来なさい」
ファネールは強く玲菜の腕を引き、歩き始めた。ひかると愛流はその後ろをついていくしかなかった。
ファネールは学園内を右に行き左に行き、階段を上ったり下りたりして、ようやくどこかにたどり着いた。
「ここは……?」
重い鉄の扉を開けた先には、だだっ広い空間が広がった場所。玲菜ひとり、そこに投げ入れられた。ひかるが止める前に、ファネールはその扉を閉め、鍵をかける。
「玲菜さまをどうする気だっ!」
ひかるはファネールの腕をつかみあげる。
「ふん、人造人間のくせに、人間に楯突こうとするなんてずいぶんと不良品なのね、あなた」
「玲菜さまを守るためなら、人造人間にプログラムされた禁忌さえ、喜んで破りましょう」
ひかるの言葉にファネールは顔から色をなくす。
「……本当に不良品ね。廃棄処分クラスよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ひかるはファネールを鉄の扉に半ば叩きつけるように押し出し、扉に手をかける。それを見て、愛流はやめるようにひかるに言う。
「その扉、無理に開けないで」
「どうして? 大切な玲菜さまを救うのです」
「それなら、余計にやめて。この扉を無理に開けようとしたら、中が爆発する仕掛けになっているの」
ファネールは扉の前にぐったりと座り込んでいる。顔を見ると、苦しそうに目を閉じているのを見ると、ひかるの力が思っていたより強かったのかもしれない。
「この中は、一体なんなのですか!」
ひかるの言葉に愛流は暗い瞳を向ける。
「ここで学園にふさわしい人物かどうか、最終テストが行われるの」
地球にいた時、テストはされたはずだ。玲菜は適正AAA(トリプルエー)で合格だったはずだ。
「ふふふ……。今から面白いショーの始まりよ」
気がついたらしいファネールは少し苦しそうに顔をゆがめていたが、これから起こることを思って喜びに打ち震えていた。
「あなたの大切なお姫さまは、無事にアレをやっつけられるかしらね」
ファネールは面白そうに笑っている。ひかるは悔しくてファネールを蹴ろうとしたが、愛流に止められた。
「黙って見ていなさい」
愛流はひかるを中が見える場所へと促した。
一方、突然部屋へ入れられた玲菜。
がしゃん、と音がして扉が閉められたのを知り、開けるようにと叩いたが、まったく受け付けない。
ここは学園の中だ、危険はないだろうと思うことにして、扉を背にして中の様子をうかがう。
玲菜が入れられた部屋は、長方形のなんの変哲もなさそうな広い空間。ここでなにをさせるのだろう、と疑問に思っていると部屋の反対側になにかがいる気配がする。
目を凝らすと……。
「あれは……わたくし?」
玲菜の立つ反対側の扉の手前に、自分が立っていた。
『あれは……わたくし?』
玲菜に似たそっくりなものは玲菜と同じセリフを吐く。玲菜が右手を振れば、反対側の向こうのものは左手を振る。それはそう、まるで鏡の向こうの自分を見るようだった。
「あれはなんですか」
ひかるたちは部屋の外から中の様子が見えるモニター室でうかがっていた。
「ライバルは最後、自分自身なの。自分を乗り越えてこそ、真の自分になれるのよ」
ファネールはくすくすと笑って部屋を見つめている。
「上之宮さんは、自分を乗り越えられるかしら」
「この中は安全なのですか」
ひかるはファネールに静かに問いただす。
「そうね。安全なはずだわ」
「なんでそんないい加減な答えなんですか」
「それはね……。上之宮さん次第だからよ」
ファネールの返答にひかるはこぶしを握りしめ、壁に殴りかかる。壁はどすん、という音をさせ、へこんだ。
愛流はそれを見て青ざめ、ファネールは
「人造人間でも苛立つことがあるのね」
と嘲笑している。
ひかるはそれを聞き、ファネールを睨みつける。
「プログラムされた感情とは言え、人間の心の動きに近く作られていますから」
ファネールはそれを聞き、ふん、と鼻で笑った。
玲菜は自分そっくりなソレと対峙していた。玲菜が右へ動けばソレは左に動き、左に動けば右に動く。目の前に巨大な鏡でも置かれているのかといぶかしくなり、前に進むために右足を上げるとソレは左足を上げる。
これはきっと、鏡なのだ。玲菜はそう思うことにして、部屋の真ん中まで進み、ソレと直接対峙する。右手を伸ばすとソレは左手を伸ばしてきた。そうして鏡があると思われる場所に手を出してみるが、そこにはなにもなく……ソレに直接手が触れた。
「なに……」
『なに……』
玲菜の言葉をソレはそっくりそのまま返してくる。これは一体、なんだろう?
『上之宮さん、面白いでしょう、ソレ』
部屋の中にいきなり、声が響き渡る。どこかのスピーカーから聞こえてくるようだ。
『ここでは最終試験を行います』
「最終試験?」
『最終試験?』
玲菜は部屋を見渡し、部屋の中ほどの壁に窓が取り付けられていることに気がついた。目を凝らしてそこを見ると、そこにひかると愛流とファネールがいるようだった。もちろん、玲菜の動作はソレも真似している。
『上之宮さん、ソレを見事に消して見せて。制限時間は三十分。今からカウントダウンを始めます。それでは──はじめ!』
ファネールは容赦なくカウントを始めた。
消してみせろ、と言われたがどうすればいいのか分からず戸惑う玲菜。右の手を振ると左の手を同じように振り、左を向くと右を向く。
玲菜の幻影は玲菜に合わせて動いている。それでは……こうすればどうなる?
玲菜は右手を天井に向かってあげた。その動作に合わせて玲菜の幻影は左手を上げる。
それを見て、ひかるは玲菜がなにをしようとしているのか悟り、見学ブースの中で大声を上げた。
「玲菜さま、やめてください! すぐにあの幻を消して!」
そうしてひかるは、今にも窓ガラスを割って中に入ろうとしている。玲菜はそれを見て、ひかるに向かってにこりと微笑む。
そうして自分の心臓に向かって容赦なく右手を突きたてようとしたその時。
いきなり、あたりが真っ暗になった。それと同時に玲菜の幻影も消え去った。どうやら、どこかで機械を使って玲菜の動きを真似ていただけのようだ。
「これは……何事ですか」
ひかると玲菜は突然の暗闇に驚く。ひかるは暗闇の中でもあたりを見ることができるが、玲菜は突然の闇に脅えているかもしれない。
愛流とファネールは特に驚いている様子もなく、落ち着いている。
「停電はいつものことです。少し待てばすぐに元に戻ります」
ひかるは玲菜が心配になり、ひとりいるあの広い空間に目をやると、その場にしゃがみこんで頭を抱えている。
「ここを開けて」
「今、電気が切れているから開けることはできません」
ファネールの冷たい言葉にひかるは先ほどたたき割らなかったガラスにこぶしを叩きつけた。
鋭い音を立てて窓は割れ、ガラスの破片がパラパラと落ちる。ひかるは割れたガラスの間に身体を滑らせ、向こう側へと向かう。
「玲菜さま、大丈夫ですか」
玲菜は突然の暗闇に訳が分からずその場にしゃがみこんで頭を抱えていた。玲菜は暗闇が苦手だった。なにもかもを飲みこむ暗闇は、昔を思い出して、怖い。
昔……?
昔、暗闇でなにがあったというのだろう。しかし、その思考はひかるの再度の問いかけで途切れた。
「あ……うん。どうして突然、暗くなったの?」
玲菜はゆるゆると立ち上がり、隣に立つひかるの横に行く。
「ねぇ、やっぱり……おかしくない?」
「おかしいですね」
だからといって、地球に今から戻る、ということはできない。しかし、このままこの学園に残ることも危険すぎる。外に出るのはもっと危険だ。
「どうにもあのファネールがあやしいのよね」
玲菜はひかるにだけ聞こえるように小さくつぶやく。ひかるはじっとファネールを睨みつける。
唐突に消えた明かりは電気が復旧したのか、突然ついた。玲菜は眩しさに目を細める。
見学ブースにいた愛流とファネールはブースから出て、玲菜とひかるのいるところまで歩いてくる。
「ファネール、と言ったわよね、あなた」
「ええ。学園長のお手伝いをしているものですわ」
玲菜は目を細め、ファネールを見る。
そうして、
「あなたも……人造人間なんでしょう?」
玲菜の言葉にファネールは表情を変えずに玲菜を見つめている。
「それがどうか?」
そう言われると玲菜には返す言葉がない。
「上之宮さん、あなたは最終試験は不合格です」
「そう」
玲菜はすわった目でファネールを見つめる。
「不合格にしたところでわたくしは地球に戻れないわ。学園の外に放りだすなんて非人道的なことを人造人間であるあなたが決断をくだせるわけ、ないものね」
そういうなり、玲菜はいきなりファネールに殴りかかる。ファネールは反射的に玲菜の殴打を受け止める。
「いいわ、上之宮さん。特別に再試験をしてあげる。私を倒したら、合格に……」
玲菜はファネールがいい終わらないうちに蹴りをかます。ファネールは玲菜の鋭い蹴りを上半身をのけぞってかろうじてかわす。玲菜は蹴り上げた足を地面につくと同時に反対の足でファネールを蹴る。ファネールは避けたつもりだったが、玲菜の蹴りは肩をかすった。
「あなた……少しはやるようね」
玲菜は蹴りを避けられたことに舌打ちをして、そのままの勢いで再度、殴りかかる。しかし、ファネールはわざとぎりぎりの距離で避け、玲菜を悔しがらせている。
玲菜は最初、自分がワンピースを着ていることにそれでも蹴りを躊躇していた。そんな気持ちでファネールと戦っても勝てないことに気がつき、履いていた靴を投げ捨て、ファネールに対峙する。
大きく息を吸い、整える。
玲菜はファネールに走り寄り間合いを狭め、蹴りを入れるがファネールには簡単に避けられる。
「動作が単純すぎるのよ、上之宮さん」
ファネールは冷笑を浮かべ、玲菜の動きを読み、避けている。玲菜はただやみくもに蹴りと殴りを繰り返すが、ファネールはすべてそれらを読んでいる。
「玲菜さま、相手の背後をもう少し取ろうとしてください」
ひかるのアドバイスに玲菜はうなずくが、それは分かっていてもファネールはそれをさせてくれない。そればかりか、ファネールは余裕そうな表情で玲菜の攻撃をぎりぎりに避けている。馬鹿にされているということに気がつき、玲菜は余計に頭に血が上る。
「冷静になってください。熱くなっては相手の思うつぼですよ」
「そうよ、上之宮さん。戦いは冷静な者が勝つのよ」
ファネールのくすくすと笑う声に玲菜はさらに頭に血をのぼらせる。
蹴りと殴打を繰り返すが、まったく当たらない。玲菜はだんだんと体力が消耗してきて肩で息をしながらそれでもあきらめずにファネールに殴りかかっている。
ファネールの一瞬の隙をつければ、と思うが、相手の方が一枚上手なのか、向こうは避けるばかりでこちらに攻撃は一切してこない。
相手は人造人間だ。人間相手に手を出さないとプログラムされているから当たり前と言えばそうだが、それでも余計に腹が立ってくる。
玲菜は一度、ファネールから離れて距離を取り、息を整える。
そうして、どうすればよいのか考える。
玲菜は地球にいる間、ひかる相手に格闘の稽古はしてきていた。ひかるには手加減しないようにと言ってひかるも本気でやってくれていたようなのだが、ファネールはどうやらひかる以上にそのあたりは有能らしい。
玲菜は息が整ったところでファネールに間合いを詰め、跳びかかる。ファネールは普通に蹴りを入れてくれるとばかり思っていたから油断していたらしく、一瞬、動きが止まった。
「そこよ!」
玲菜はそのままファネールにとび蹴りを食らわす。ファネールの脇腹に見事にぶつかり、そのまま倒れこむ。玲菜はくるりと宙で回転して、地面に着地する。
「……私の負けね」
ファネールは地面に横たわったまま、そうつぶやく。
ひかるは玲菜に駆け寄り、なんとむちゃくちゃなことをしているのですか、と怒っている。
玲菜は勝てたんだからいいじゃない、とぼそりとつぶやく。