GENESIS Generation


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ジェネシス学園へようこそ04




 その様子を見ていた愛流はぱちぱちと手を叩いている。
「すごいわ、上之宮さん」
 愛流はにこにこと玲菜のところへ行く。
「ようこそ、ジェネシス学園へ。あなたたちの強いきずなを見せてもらったわ。特別に、あなたの立ち入りを許可するわ。曽根川ひかるさん」
 先ほどまでのんびりとした調子でしかいなかった愛流が急に口調を変え、ふたりに向かってそう言っている。
「あなたは……一体」
「あたし? あたしは学園長の妹よ。ファネールはあたしの代わりに兄を補佐してくれているの。うふふ、上之宮さん、あたしが学園長の妹、というのは秘密にしておいてね」
 そうして愛流は先ほど、初めて会った時と同じように手をさしだしてきた。
「あたし、あなたとはお友だちになれそうだわ」
 玲菜は愛流が差し出してきた手を見て、愛流の顔を見て、再度手を見て……。
 ぱしん、と音を立てて差し出された手を叩いた。
「玲菜さま!」
 ひかるは玲菜の行動を見て、非難の声を上げる。
「わたくしにはひかるがいればいいの。あなたなんて、そうやって他人を欺いて嘘をついているのでしょう? あなたとは友だちにはなれそうにないわ」
 愛流は叩かれた手を戻すことなく玲菜に懲りずに差し出す。
「ふふっ、あなたのいうことはもっともだわ。あたしは周りに嘘をついている。そう言われても仕方がないわね。だけど、やっぱりあなたとは仲良くなりたいと思ったの」
「お断りよ。わたくしにはひかるがいるから」
「そう……。あなたたちのその絆が、あたしにはうらやましいわ」
 愛流はそう言い、少しさみしそうな表情をして、差し出した手を戻した。
「ファネール、いつまでそうやっているつもり? 戻りましょう」
 ファネールは愛流にそう言われ、ようやく立ち上がる。
「あの宇宙船を見る限り、持ってきた荷物すべて駄目になったみたいね。服や勉強道具、困るでしょう?」
 愛流はそうして玲菜を上から下まで眺め、くすくす笑う。
「あたしの部屋、隣だから。服をいくらかあげるわ」
 今度は玲菜が愛流を上から下まで眺める番だった。
 彼女の着ている見たこともない不思議な服を自分も着るのか、と思うと……遠慮したかったが愛流の言っていることは事実だったので断わるにも断れなかった。
「うふふ、あたしたち、やっぱりなんだか仲良くやっていけそうよ」
 愛流の言葉に玲菜は反論の言葉がなかった。

 部屋に戻り、愛流から押しつけられるように渡された服を見て、思ったよりまともなもので玲菜はほっとした。
 シャワーを浴び、出された簡単な食事を食べ、人心地がついた玲菜。
「ねえ、ひかる」
 ぼんやりと窓の外を見ているひかるに玲菜は話しかける。
「玲菜さま、この惑星にも月があるのですね」
 すっかり暗くなった外を見ていたひかるは玲菜にそんなことを告げる。玲菜はひかるの言葉に引かれて窓の外へ視線を向ける。
 窓の外には、上弦の月が見えた。その青い瞳に月の淡い光が差し込んでくる。
「地球と変わらないのね」
 そう呟き、玲菜は地球にいる両親に思いをはせる。
「わたくしたち、地球に戻ることはできるのかしら」
「それよりも玲菜さま。やはりこの星、なにかおかしいです」
 玲菜はうなずく。
「調べるしかないわね」
「しかし」
 ひかるはそういうつもりで言ったわけではなかったのだが、玲菜はそうとらえてしまったらしい。
「ひかるはだれかがこの状況をどうにかしてくれるのを待っているつもりなの? わたくしは嫌だわ」
 ひかるは上弦の月に視線を置いたまま、ため息を吐くとともに言葉を紡ぐ。
「あの燃えたスミレの丘であなたに出逢った時からなにかあると思っていましたが──ずいぶんと遠くに来てしまいました」
 玲菜は小さく笑う。
「あなたのマスターはまさかあなたが地球を離れてこんなところに来ているなんて、思っていないでしょうね」
 玲菜はひかるが昔、話してくれた創造主(マスター)の写真を思い出していた。
 ひかるによく似た風貌の青い髪をした男だった。柔らかい笑みを浮かべたその写真からはとてもではないが異端の科学者には見えなかった。
「マスターはスミレに似た瞳の色をしていました。だから、マスターがあそこで炎の海にのみ込まれたのを見て、スミレに還ったんだと」
 詩的な表現をするひかるに、玲菜は人造人間でも感傷的になるのかな、と思う。
「ねぇ、ひかるはわたくしが死んだら──泣いてくれる?」
 玲菜に背を向けたまま、月を見上げているひかるに思わずそう聞いてしまった。
「玲菜さまが泣けというのなら」
 ひかるは月から視線を玲菜に向ける。ひかるの目には涙はなかったが、玲菜には分かった。ひかるは心で泣いているのだと。
「ごめんなさい。変なこと言って」
 玲菜は少し恥ずかしくなって、ひかるにまっすぐに向けられた視線を避けるように横を向いた。
「人間はいつしか死んでしまう。──人造人間だって、さびてしまえば動けなくなる」
「さびるだなんて。さびるような部品は使われてないでしょう?」
 ひかるは困ったような表情で玲菜を見る。
「ボクだって止まる日が来ますよ。それが玲菜さまより早いか遅いかは ──ボクだって分かりません」
 無表情なひかるが突然どこかに消えてしまいそうな気がして、玲菜はひかるの腕を捕まえる。
「駄目。命令よ。わたくしより先に死んでしまうのは駄目」
「それが玲菜さま(マスター)の命令ならば」
「──命令よ。もう、わたくしを独りにしないで」
 ひかるは玲菜の前にひざまずき、その手を取り口づけをする。玲菜はそれを見て、少し悲しそうな表情を一瞬だけ見せる。
 それでも、ひかるは側にいてくれる、自分の意思で。これ以上、人造人間であるひかるに求めるのは酷というものだ。
 玲菜とひかるは再度、窓から見える月を見上げていた。ふたりは無言で月を見つめている。

 こんこん、とノックの音にふたりは同時にドアを見る。
「上之宮さん、まだ起きてる?」
 どうやらその声は、隣の部屋の愛流のもののようだ。玲菜はしぶしぶといった表情でドアを開ける。
「よかった。まだ起きていて」
 そうして愛流は玲菜にはい、と本の山を渡してきた。
「明日から授業でしょう? 教科書やノートを探してきたの。先輩のお古も混じっているけど、思ったよりきれいだから」
 玲菜はそれを受け取り、ありがとうとつぶやく。
「どうしてこんなに親切にしてくれるの」
 地球にいるとき、だれひとりとしてここまで親身になって世話をしてくれる人はいなかった。玲菜はその必要性がないと思っていたし、ひかるがいるから充分だと思っていた。だから愛流のこの好意に戸惑いを覚える。
「困っている時はお互いさま、だからよ。だからってあたしが困っている時に助けて、と言っているわけではないからね」
 そういわれて玲菜はますます戸惑う。
「それに、友だちはひとりよりたくさんいた方が楽しいと思うわよ、ね?」
 そうして愛流はまた、手をさしだしてきた。
「あたし、上之宮さんと仲良くなりたいと思ったの。だから、友だちになってほしいの」
 玲菜は先ほど渡された教科書たちを抱えたまま、愛流の手を見て戸惑う。
 自分にはなにもないどころか現在はマイナス状態だ。それなのに、愛流は友だちになりたい、と言ってくれている。
 ひかるさえいればいいと思っていた玲菜には愛流の存在は衝撃的だった。
「だってわたくし……なにもないわ」
「なにを言っているの? 上之宮さんは上之宮さんじゃない。あなたがだれであろうとも、あたしはあなたと友だちになりたいと思ったの。──そういう理由では、だめ?」
 しょんぼりと自信がなさそうな愛流に玲菜はますますどうすればいいのか分からなくなる。
「だって……わたくしにはひかるがいるから」
 玲菜のその言葉にそれまで黙っていたひかるが口を開く。
「玲菜さま、ボク以外にも目を向けるいい機会です。天見さんは悪い人ではなさそうですし、なによりもあなたには友だちが必要です」
「だけど……!」
「玲菜さま、ボクはずっと側にいます。でも、あなたはボクだけではなく、たくさんの人とふれあう必要があります」
「あたしのことは愛流、と呼んでよ。上之宮さんのことも玲菜って呼ぶから」
 そうして再度、屈託のない笑みを浮かべて愛流は手を差し伸べてくる。
「ひかるは……わたくしの側からいなくならない?」
「先ほどもそう誓ったではないですか。ボクのこと、信じられないのですか?」
 不安げな光を抱いたまま、玲菜は愛流を見つめ、その手を取った。抱えていた教科書たちは地面に落ちたが、愛流は満面の笑みを浮かべ、玲菜の手をギュッと握りしめる。
「よろしくね、玲菜」
「…………」
 玲菜は照れくさいのか、うつむいて愛流の手を見つめている。
 ふわふわと柔らかくて温かい手。ひかるとは違う、優しいぬくもりに玲菜は涙が出そうになった。
「さあ、明日から忙しくなるわよ。玲菜も早く寝ましょ。おやすみなさい」
 愛流は玲菜の手をもう一度しっかり握り、部屋へと戻って行った。ひかるは呆然とたたずむ玲菜の足もとに転がっている教科書を拾い、机の上に置く。
「玲菜さま?」
 愛流が去って行ったドアをじっと見ている玲菜にひかるは声をかける。
「……人間って温かいのね」
「ボクとは違って『血が通って生きて』ますから」
 ひかるの言葉は玲菜は分かっていたことだったがショックだった。ひかるがよくできた人造人間で、触れるとほのかに温かいが人間のそれとはまったく違うということに。
「玲菜さまはもっといろんな人とふれあうべきです。それに、今回のこのことを調べるのでしたら、ボクたちふたりだけでは限界はすぐに見えます」
「……そうね」
 玲菜はなにかを決意したようで、ひかるに笑顔を向ける。
「だけど、ひかるが一番大切なことには変わりないから」
 そういって笑っている玲菜がまぶしくて、ひかるは目を細める。
「愛流が言う通り、明日から忙しくなるわ。わたくし、寝るわね。おやすみ、ひかる」
「おやすみなさいませ、玲菜さま」
 玲菜がベッドにもぐり込んだのを確認して、ひかるは電気を消す。そうして、いつものように玲菜の枕元に置いてある椅子に座り、玲菜が眠るまでそこに座っていた。
「ひかる……どこにも行かないでね」
 玲菜はこの惑星に来て不安に思っているのか、ひかるにそうつぶやく。
「大丈夫ですよ。ボクはずっと、玲菜さまの側にいますから」
 ひかるの返事を聞き、玲菜は安心したのか、そのまま眠りについた。
 ひかるは玲菜の寝顔を見ながら、自分の寿命が近いことを告げずにいる後ろめたさを覚えていた。
 いつかすべての部品の寿命が来て、動かなくなる。最期の最期まで、玲菜さまを守ろう。それまでに玲菜さまには友だちをたくさん作っておいてもらわなければ。

 玲菜は覚えていないようだが、あの燃えてしまったスミレの丘で出会ったとき、彼女は独りぼっちだった。
 あの後、上之宮夫妻に引き取られ、実の子のように育てられ、玲菜本人はあのふたりのことを実の両親と思っているようだ。
 いつかそれを含めて玲菜に話さなければいけない時が来るのだろう。
 だけどもう少し待って。
 ボクひとりに依存しきっている玲菜さまがひとりで立つことができるその日まで。
 ひかるは玲菜の枕元に座ったまま、窓の外を見た。
 月はもう、部屋の中から見えないくらい移動してしまった。

 夜は更ける、ひかるの切なる想いを乗せて。
 玲菜の眠りが、せめて幸せなものでありますように──。
 ひかるは見えなくなってしまった月にそう、願って瞳を閉じた。

【おわり】




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