GENESIS Generation


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ジェネシス学園へようこそ02




 ようやく声が出るようになった頃。気がついたら、学園の生徒たちに取り囲まれる形になっていた。
「とても派手な登場ね、上之宮玲菜さん」
 ひかるに抱き起こされ、玲菜は白かったはずのワンピースを整え、声をかけてきた女性に視線をやる。
 長いストレートの黒髪に茶色い瞳。身長は玲菜とあまり変わらないくらいか。
「派手な登場に大幅な遅刻。マイナスポイント二百で効くかしら?」
 玲菜が反論のために口を開こうとした時、少し遠くがざわめいている。黒髪の女性は小さく舌打ちをして、そのざわめきへと視線を向ける。
 ざわめきの先には、白っぽいスーツに身を固め、アンティークゴールドの髪に整った顔の長身の男がいた。男は前髪を払いながら玲菜たちの元へとやってくる。
「ようこそ、ジェネシス学園へ。上之宮玲菜さん」
 玲菜は一度、見たことのあった顔にほっとする。学園の説明会でここの学長と挨拶をしていた男だ。
「すごい音がしましたが──おや?」
 男はわざとらしく、校庭に目をやる。
「派手にやりましたねぇ」
 校庭には、先ほど玲菜とひかるが乗ってきた宇宙船が大破して転がっていた。黒い煙を吐き出し、くすぶっているがこれ以上の爆発の心配はなさそうだ。燃料がぎりぎりだったのが幸いした。
「あの……学園長、申し訳ございません」
 玲菜はうなだれ、学園長に謝罪を述べる。
「しかし、よくこの星に入ることができましたね」
 学園長は校庭の宇宙船のことはどうでもいいのか、玲菜とひかるがここにやってきたという事実に目を向ける。
「現在、このジェネシス・プラネットは警戒宣言レベルシックスが発令されているのです」
 警戒宣言というのは、惑星に危険が起こった場合に発令される宣言だ。それは惑星の自然現象であったり、予期せず勃発してしまった戦争など、人類に危機のある場合に出されるものだ。
 しかし、地球にいる間にも、宇宙船に乗ってこちらに向かっている時にもそんな情報、一度も受け取っていなかった。
 警戒の段階によってレベル分けされているのだが、レベルシックス、というのは超非常事態ということになる。
「あの……なにが起こっているのですか」
 緑あふれる大地、と聞いていたのに荒れ果てた地面がむき出しの土地。ここに到着するまでのどこにも、緑が見当たらなかった。
「わたしたちにも分かりません。分かることは、ある日突然、この惑星から一部を残して緑が忽然と消えた、ということだけです」
 ジェネシス・プラネットは地球と変わらない重力の上、人間が生活するのにちょうどよい環境ということもあり、現在、少しずつ移住が進んでいる。空気も水もあり、地球とほとんど変わりがない。
 地球とジェネシス・プラネットも片道一週間ほどでつく距離である。第二の地球と呼ばれ、移住先として人気が高い。
 それなのに急に、どうして?
「とりあえず、この学園の敷地内は無事でして。当面、生きて行くには問題はなさそうです」
 学園長の言葉にほっとするが。しかし。
「あのっ、わたくしの身分証が」
 エラーとなるということを告げると、それは問題ありません、と学園長が告げる。
「緑が忽然と消えた日、わたしたちの身分証もすべて使えなくなってしまいました」
 それは、衛星から地図データをロードできなかったことに関係するのかもしれない。
「他の惑星にも通信ができない状況でして。そうして、外からこちらにも入ってこれない、こちらから外にも出られない。要するに、わたしたちはこの惑星に閉じ込められている、ということになるのです」
 そんな中で、玲菜とひかるがこの惑星に到着したことは一大事であった。
「それで、お父さま……」
 玲菜は真実を知っていたらしい父に対し、怒りを通り越して憤りを感じる。知っていたのなら、どうして言ってくださらなかったのだろう。そうすれば、半ば家出をするようにここにくることもなかったというのに。
 もう、二度と再び、両親に会うことができないかもしれない。そう思うと、ひどいけんかをしたまま出てきたことに激しく後悔する。
「今日はあなたも疲れたでしょう。部屋は用意されています。天見(あまみ)くん」
 学園長はいきなり大声を上げ、だれかを呼んでいる。野次馬の学生たちの間から、ひとりの少女が現れた。見たことのないような不思議な服に、茶色の髪はぴょこんと触角のように立っている。エメラルドグリーンの瞳は、好奇心旺盛に輝いている。
「上之宮さんの部屋に案内して」
「イエッサー、ボス!」
「そのボス、というのはやめてくれないか」
 天見と呼ばれた少女は学園長の前で敬礼をして、にこり、と玲菜に向けて笑みを浮かべる。
「分からなかったら、なんでもあたしに聞いてねー」
「……
よろしくお願いします、あの」
「天見愛流(あまみ あいる)よ。上之宮さん、よろしくね」
 そういい、愛流は玲菜に向かって手をさし出す。玲菜は戸惑い、一歩、後ろに身体を引く。
「あら、挨拶の仕方、間違っていたかしら?」
 愛流はにこにこと笑い、まあいいや、と手を戻し、こっちだよ、と先に歩き出す。玲菜とひかるは愛流の後を素直についていくことにした。

 愛流に案内された部屋に通され、一通り説明を聞いて、ようやく部屋にひかると二人きりとなった玲菜はベッドにうつ伏せになり、ため息をつく。
「お父さま、知っていたのならなんでおっしゃってくださらなかったのかしら」
「なんらかの情報はつかんでいたけど、信ぴょう性に欠けていたので強く言えなかったのでは」
 それはあるかもしれない。まさか、この惑星がこんなことになっているなんて、普通に考えたら夢にも思わないだろう。
「あれ? だけどちょっと待って」
 玲菜はふと、おかしなことに気がつく。
「ねぇ、この星がこんな状態になったの、いつの話なんだろう?」
「さあ、先ほどの話の中では具体的な日付は出ておりませんが」
 自分たちの乗ってきた宇宙船が爆破した音で出てきていた生徒が全員かどうかは分からないが、当初、自分を入れて二十人もいなかったようなので先にいた先輩たちを入れてもほぼすべてと見てよいだろう。学園は三年制なので、この学園内には教師や職員を含めて百名弱の人間がいるということになる。これだけの人数の生命を維持するには、水も食料も相当数いるはずだが。今のこの状態を見ると、満足に確保できていないのではないかと言う心配が出てきた。
 この状態が一体いつからなのか。
 学園長は問題ない、と言っていたが。
「ねえ、ひかる。なんだかおかしくない?」
「おかしい? ええ、この今の状態はまさしく異常です」
「そうじゃなくて」
 玲菜は先ほど思ったことを口にする。
「食料と水、ですか」
 そう言われ、ひかるは空港から学園まで来る道すがら、見てきた大地を思い出す。
 草木や水、動物がいたとは思えないほど、そこには最初から地面しかなかったかのような赤茶けた土がむき出しになった、大地。焼けたのなら燃えカスが残っているだろう。なにか爆発が起こったのであっても、あれほどきれいに消え去りはしないだろう。
「ここに無理矢理やってきたのは、間違いだったのでしょうか」
 ひかるの問いかけに玲菜はうつむく。父の言いつけ通り、大人しく地球に残っていればよかったのだろうか。
 玲菜はベッドに座り、腕にはめた身分証をいじる。腕時計のような形をした小型のそれは、玲菜たちが生きて行く上に必要なデータが入っている。身分を証明するデータ、電子通貨情報、通信、家族やあらかじめ登録しておいた人たちのスケジュールなど。ちょっとした調べ物、通信での買い物などもこれひとつ持っていれば普通に生きて行くうえでは困ることのないものが入っていた。
 逆に、これをなくしてしまえばたちどころに身動きが取れなくなり、さらには警察に見つかれば逮捕されてしまうほど、大切なものだった。
 自分の身分などの個人情報のデータをロードしようとして、玲菜は止まった。
「ひかる、ちょっと」
 身分証を見ると、「エラーコード」が表示されている。
「ああ、このコードは……」
 ひかるは自分の中の知識を引っ張りだし、玲菜に答える。
「どうやら、衛星機器の致命的エラーのようですね」
「致命的エラーって、どういうことよ」
 衛星機器、というのは地球などのように人類が住む惑星の周りに飛び交う衛星のことである。その惑星の規模と住んでいる人間の数によって衛星の数が違うのだが、このジェネシス・プラネットには確か十近い衛星が飛んでいるはずだ。どれか一台が壊れても他の衛星がフォローをするので衛星機器に致命的エラーなど起こるわけないのだが。
「このコードは、衛星機器すべてが破壊された、もしくは故障した場合にのみ出る物です」
 どちらも可能性がゼロではないが、限りなくゼロに近い状態なのは確かだ。
「この惑星になにかが起こって、衛星がすべて壊れた、ということ?」
「そういうことになります」
 玲菜は大きくため息を吐き、身分証の電源を切り、腕から外して机の上に置く。
「玲菜さま」
 ひかるの非難がましい声に玲菜は顔を向け、睨みつける。
「使えないものをしていたって仕方がないじゃない。衛星が壊れているということは、あんな機械、価値はまったくないじゃない」
「しかし」
「いい、ひかる。楽天的に考えたって今の状況、目が覚めたらすべて夢でした、では済みそうにないわよ」
 妙に現実主義的な玲菜にひかるは苦笑する。
「もう少し、ご両親を見習えばよろしいかと思いますが」
「あんなふわふわとしたロマンティストな両親を見て育ってきたわたくしに、そういうことを言うの?」
 玲菜の両親は、地球で人間以外の生命の繁殖の管理、という仕事をしていた。地球全体をモニタリングして、バランシングを取ることをやっていた。さすがに地球全体を一度に見るのは難しいので地域ごとに担当が分かれていて、玲菜の両親は昔「日本」と呼ばれていた地区を担当していた。
『日本は美しい。ここに住む動物、植物すべてが美しい』
 とは玲菜の父の言葉だったか。
 とにかく、ふたりは夢見る乙女のような瞳をして、仕事をしていたように思う。ロマンティスト、と言われても仕方がない。
「それに、物心がついた頃から超現実主義のあなたに育てられたんですから。いまさらあのふたりのようになれ、と言われても無理な話ですわ」
 ひかるは、玲菜の執事でもあり、両親の代わりに育ててきた、と言っても過言ではなかった。
 しかし、ひかるは最初にあった頃からまったく見た目が変わらない。男なのか女なのか分からない、中性的な見た目。口調はしっかりしているが、玲菜とは年齢がほとんど変わりがないように見える、というよりは童顔、と言った方がよいほど幼い顔。
 幼い頃、物心がついたころからずっと一緒にいたひかるだから、玲菜はなんでも話すことができた。
 ひかるがいてくれれば、友だちも恋人もいらない。玲菜は本気でそう思っている。それほど、玲菜はひかるのことを信頼している。
「わたくし、前からこの腕に巻かれたひとつの機械にしばられて生活することにずっと疑問に思っていたの。これがなにになるっていうの?」
 玲菜は身分証をつかみ、今にも床にたたきつけんとしたその時、ドアが遠慮がちにノックされた。
 玲菜がつかんだ身分証を机に乱暴に置くのを見て、ひかるはドアに近寄りどちらさまですか、と誰何(すいか)する。
「あの、天見です」
 ドアの向こうからは先ほど聞いた愛流の声。玲菜はひかるに本人に間違いないかという視線を向ける。ひかるはうなずき、どうしますか? と視線だけで聞く。
「どうぞ、開いているわ」
 玲菜は入るように促す。しかし、一向にドアは開かない。ひかるに開けるように目で指示を出すが、ひかるは首を振って開けようとしない。
「ひかる、どうして開けないの?」
 玲菜は苛立ち、ドアの近くまで寄ってこようとしていた。
「そこで立ち止まってください」
 玲菜はひかるの指示に従い、部屋の半ばで足を止める。
「上之宮さん」
 ドア越しに愛流の声がする。
「ちょっとついてきてくれない?」
 玲菜はひかるの顔を見る。ひかるは表情を変えずに玲菜を見ている。
「いいから。ついてきて」
 先ほどまであんなに友好的だったのに、今は敵意さえ感じるその声に玲菜は拒否の言葉を上げる。
「どうして? なんであなたにそうやって命令されないといけないわけ?」
 玲菜のけんか腰の言葉にひかるがあわてる。
「玲菜さま! どうしてあなたはそうけんか腰なんですか」
 ひかるがたしなめるが、玲菜はひかるを睨みつける。
「理由がなければわたくし、今からシャワーを浴びたいから後にしてくださらない?」
 玲菜はあまりの異常な状況にすっかり忘れていたが、こうして安全な個室に来て、自分のあまりにも汚れたひどい恰好を思い出した。せっかくの白いワンピースは宇宙船の爆発の時にぼろぼろになり、薄汚れている。




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