【太陽に花束を】11
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文緒の問いかけに、黒瀬は少し困った表情を浮かべた。
「私はそうは思わなかったの。確かに、幸政はジャンとエルザとともにいると、楽しそうにそして幸せそうにしていた。だけど、幸政の中に悲しみを感じたの。でも、咲絵といたら、それがなかったのよ」
俺は咲絵にばかり気を取られていて、気がつかなかった。
「それに、人見知りの激しい咲絵が一目で気に入ったのよ。きっと今後、咲絵にはこんな出逢いはもうないと思うの」
俺はやはり、間違っていたのか。幸政と咲絵の『絆』を切ってしまったのだろうか。
俺たちの間に、重苦しい空気が漂う。永遠にも感じられる時間だった。ようやく、俺たちの乗っている列車はローマへと到着した。普段ならもう、子どもたちを寝かしつけしないといけない時刻だった。
俺たちはすぐに予約していたホテルにチェックインして荷物を置くと、夕食を摂ることにした。お店を探すのが大変だと思ったので、ホテル内で済ませた。
咲絵と櫂士は夕食を食べながら寝てしまった。部屋に戻り、文緒、俺の順にシャワーを浴びる。
俺たちもそろそろ明日に備えて寝ようとしたところ、いきなり、携帯電話が鳴った。海外ローミングで繋がるのは分かっていたのだが、まさか鳴るとは思わず、飛び上がってしまった。表示を見ると、そこには思いがけない人物の番号が表示されていた。俺は慌てて電話に出る。
「……幸政?」
その一言に、文緒も驚いて俺の側へとやってきた。
『今からそちらに行く』
……はい?
『Romaに朝に着く』
それだけ言われると、電話はぶつりと切れた。詳しく聞こうと思って掛け直したのだが、繋がらない。電波が悪い場所にいるのか、携帯電話を切っているのか。
「……幸政がこっちに来るって」
俺の言葉に、文緒は目を見開いた。
「どういうこと?」
「どうもこうも、俺だって分からないよ」
明日、空港に行って白水と幸政用の航空券のキャンセルをまとめてしようと思っていたのだが、幸政のチケットは必要になるということだろうか。
「とりあえず、咲絵には内緒だな」
「そうね。がっかりさせたらかわいそうだから」
幸政の思惑が、分からなかった。
:*:*:*:
俺たちは櫂士の泣き声で起こされた。もう少し寝かせておいてくれよ。
文緒も眠そうな顔をしながら起きて、櫂士に授乳している。
咲絵も起きて来た。
時計を見ると、予定よりは早かったが二度寝するには危険な時間だったので、起きることにした。ぼんやりしながら着替える。
咲絵の着替えを手伝い、文緒が着替えている間に櫂士の着替えも済ませる。
準備が終わった頃、インターホンが押された。確認すると、黒瀬が立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
黒瀬はすっかり準備が済んでいるようで、荷物を持って立っていた。
「朝食を食べて、チェックアウトするか」
荷物を持ってフロントに行き、預かっておいてもらう。朝食を軽く摂り、チェックアウトして俺たちは駅へと向かった。
ポケットに入れていた携帯電話が鳴っている。取り出して着信名を見ると、幸政だった。
『今、Romaについた』
「おまえ……本当に来たのか?」
『来たよ。おれ、Giapponeに行く』
幸政には改札を出ないように伝えて電話を切り、俺たちは中に入った。
「今、どこにいる?」
幸政に電話をかけて、どこにいるのか場所を確認する。そのおかげでどうにか合流できた。
大きな荷物を抱えた幸政が現れ、咲絵の瞳は急に輝きを増す。
「ユキ!」
俺の腕から飛び降り、咲絵は幸政に抱きつく。幸政は咲絵を抱きしめている。これを見て、残れなんてもう言えないよ。
「ノンノとノンナも大切だけど、サエの側にいたいと思ったんだ」
幸政は咲絵を抱っこして、俺にまっすぐ視線を向けて言ってきた。
ああ、潤哉にはない強さをこいつは持っている。ようやく俺は、潤哉と幸政は違う人間だとはっきりと区別が出来た。
そうして俺たちは、幸政を連れて、日本へと帰った。
:*:*:*:
「空知幸政か」
お屋敷に帰り着き、俺はすぐに幸政を兄貴の元へと連れて行った。
「いい目をしているな」
兄貴は幸政の頭をなで、優しい瞳で見つめている。
「潤哉が出てくるまで、この愚弟を父親と思えばいい。頼りないだろうが、こいつ相手なら、遠慮しなくて済むだろう。困ったことがあれば、俺に直接、言ってもらっていい」
「ありがとう」
幸政は臆することなく、兄貴に笑顔を向けている。
「今回は急だったから、観光目的で来たことにしたんだが」
「ああ、分かってる。手続きはおまえに任せた」
言われると思っていたよ、それ。
色々調べないといけないことやら手続きやらで死にそうだが、これも全部、咲絵のためだ。
「ジャンとエルザは?」
「こちらに来たいと言っていたよ」
「それなら、一度、向こうで手続きもあるだろうから、帰るだろ? 戻ってくるときに一緒にくればいい」
お屋敷の中に幸政の部屋を作り、って咲絵。おまえ、どうしてそちらで寝てるんだ?
「むっちゃん、あたしはユキと一緒にいるね」
ちょっと待ていっ!
咲絵は常に幸政にひっついていた。ここまでひっつかれると、さすがに幸政も困るだろう。
「おれはいいよ」
そう言って、幸政は咲絵を抱っこして頬にキスなんてしてる。
はっ、反対っ! 俺、反対!
「おまえら、どれだけ年齢差が」
「ムツキに言われたくない!」
はっ……反論出来ない! 文緒との年齢差を思うと、まったくもって、反論出来ないじゃないか!
幸政は日本に来て、かなり日本語が上達した。咲絵と一緒に日本語の勉強をしているからのようだ。
「一度、潤哉に会いに行くか」
実は日本に帰ってきた途端、櫂士はこちらが驚くほどの高熱を出してくれた。咲絵も疲れが出たのか、一緒になって熱を出し、寝込んでいた。
看病に仕事に幸政の手続きにとばたばたしていて、なかなか潤哉に報告に行けずにいたのだ。手紙で簡単に状況は報告してはいたのだが、やはり、直接会いたいだろう。
俺の言葉に、幸政は少し、強ばった表情をした。
それが気にはなったが、あえて聞かなかった。潤哉に対して、複雑な気持ちを抱いているのはなんとなく分かっていたからだ。