愛から始まる物語


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【太陽に花束を】12



     ○ ○ ○ ○ ○

 俺は幸政を連れ、潤哉の元へと面会に向かった。
 もっと早くいくつもりだったのだが、双子との約束もあったのでようやく行けたのは、幸政が日本に来て一か月以上経ってからだった。
 その間、なにをしていたかというと、双子との約束のネズミーランドに行ったりしていた。もちろん、幸政も一緒に行った。双子はすぐに幸政に懐いた。幸政は咲絵と双子の面倒をよく見てくれた。

「幸政、仕方がないからおまえに咲絵を任せるよ」

 瑞貴がえらそうな口を幸政にきいている。双子は咲絵のことがものすごく大切みたいだ。シスコンな双子も幸政を認めたらしい。

     :*:*:*:


「よお」

 俺は幸政と幸政に常にひっついている咲絵とともに、潤哉の面会へと向かった。咲絵は潤哉に会うのは初めてで、透明な板の向こうにいる潤哉を見て、目を丸くして驚いている。

「ユキが二人いる!」

 俺は幸政から咲絵を受け取り、その背中を押した。

「……チャオ」

 少し恥ずかしそうに、幸政は伏し目がちに潤哉に挨拶をしている。

「チャオ。幸政、元気そうだな。身長も伸びたか?」

 俺たちにも分かるようになのか、潤哉は幸政に日本語で話しかけている。
 俺は少し離れて、親子の会話を邪魔しないようにした。
 幸政は椅子に座り、下を向いている。そして、意を決したように顔を上げ、まっすぐに潤哉を見て、

「Io sono spiacente」

 ……ごめんなさい?
 幸政は突然、潤哉に対して謝っている。俺もだが、潤哉も面喰らっている。

「……幸政?」

 潤哉の戸惑った呼びかけに幸政は逡巡して、口を開いた。しかし、日本語ではなくてイタリア語だったので、俺にはさっぱり分からなかった。
 幸政は一気に潤哉になにかを言っている。潤哉の表情はどんどんと曇り、最後には顔を逸らしていた。マンマ、という単語は聞き取れたが、それ以外はまったく分からない。
 咲絵は不安そうに、俺を見ている。心配ないと伝えたくて、俺は咲絵を強く抱きしめた。
 潤哉は最後、首を振ってうつむいたまま、手で顔を覆っていた。
 面会時間はあっという間に過ぎてしまい、俺たちは追い出されてしまった。
 幸政は思ったよりも険しい表情をしていて、俺はなにを言ったのかなんて聞けなかった。

 幸政から一度、イタリアに帰って来ると申し出があったのは、面会に行った日の夜だった。

「あたしも行くの!」
「咲絵、それは無理だ。おまえはここで待」
「いいよ。連れて行く」

 連れて行くって、どれだけ大変か分かってるのか?

「咲絵、幸政に迷わ」
「いいじゃない。咲絵、お約束してくれる? 危ないことをしない、幸政の言うことを聞く、泣かない」
「うん、お約束、守る! 守るから、ユキと一緒に行きたいの」

 ああ、もう咲絵は俺の元から完全に巣立ったのだな、と淋しく感じたが、前のように独占したいとは思わなかった。かなり早いような気がしたが、俺もようやく子離れが出来たことを実感できた。

     :*:*:*:

 幸政と咲絵を空港へ連れて行った。二人だけでは不安だったので、また黒瀬を雇った。三人はイタリアへと旅立った。そして俺は、その足で潤哉の面会へと向かった。色々と聞きたいことがあったのだ。
 まず、この間、幸政がなんと言っていたのかという話。

「幸政に謝られたよ。自分のせいでルーチェが死んでしまった、だからオレに罪を犯させてしまった。産まれてきてごめんなさいとまで言われたよ。あいつはずっと、そんなことを思っていたんだと……。幸政のせいじゃない、オレが弱かったからなのに。顔を見て直接、言いたかったと言われて……どんな顔すればいいんだよ、オレ」

 俺は言葉に詰まった。ルクレツィアが死んだ原因は、聞いた話によると確か出産時の出血過多だ。だがそれは、幸政のせいではない。

「幸政に対して恨みがなかったわけではない。だけどオレは、幸政が産まれてきてくれて、良かったと思っている。それなのに、自分の子どもに『産まれてきてごめんなさい』と言わせてしまった。あいつにオレと同じ気持ちを抱かせてしまった」

 潤哉は悔しそうに唇をかみしめている。

「だけど……潤哉は幸政のことを愛してるじゃないか。ジャンとエルザも愛している。イタリアでおまえたち『家族の絆』を見たんだ」

 俺はイタリアで思ったことを伝えた。

「人見知りするあの咲絵が一目で幸政を気に入ったんだ。この間も見ただろう? ずっとあの調子で咲絵は幸政にひっついている。俺は最初、それがすごく許せなかったんだ。咲絵を奪われたと思った。だから、幸政をどうあっても日本に連れてきたくなくて、大人げなく妨害した」

 俺の告白に、潤哉は笑った。

「おまえ、相当嫉妬深いんだな」
「……うるさいな。咲絵は幼い頃の文緒にそっくりなんだ。幸政はおまえにそっくりだし、文緒を奪われているような感覚に陥って……」

 するとますます、潤哉は笑った。

「だけど、幸政は幸政だよ。あいつは俺たちと違って、強い。咲絵のことを大切に思ってくれている」
「ああ……そうだな。そんなことも言っていたよ。日本にはオレに謝るためだけに来るつもりだった、だけど咲絵に会って、ずっと一緒にいたいと思ったと」

 そして、潤哉は苦笑した。

「親のオレなんてどうでもいいんだろうな。咲絵がいなければ、イタリアに帰るつもりでいたらしいから」
「どうでもいいってより、日本とイタリアはまったく環境が違うんだから、住み慣れたイタリアの方がいいだろう。こちらに来るってことは、向こうの生活をすべて捨ててくるようなものだろう?」
「……ああ、確かにな」

 俺の言葉に潤哉は口角をあげた。

「オレがイタリアに行ったときは捨てるものはなにもなかったから、分からなかった。そうだよな、こちらに来るってのはすべてが新しくなる。相当な覚悟がないといけないことを初めて知ったよ」

 そのすべてを捨ててでも咲絵とともにいたいと思った、ということか。

「幸政は全面サポートするよ。安心しろ」
「ありがとう。オレは今回、こちらに来るときにイタリアを捨ててきたから、おまえに任せるよ」
「向こうの家も処分したって?」
「……聞いたのか」

 そして俺は、イタリアで聞こうと思ったことを思い出し、潤哉へと聞いた。

「ルクレツィアとはどこで知り合ったんだ?」

 この問いに、潤哉は真っ赤な顔をしながら俺に説明してくれた。

「散歩中に知り合ったんだよ。ルーチェは俺を照らしてくれる太陽のような存在だったんだ。『オー・ソレ・ミオ』って歌があるだろう?」

 音楽の授業で習った覚えがある。タイトルを直訳すると『私の太陽』。ああ、そういうことか、潤哉にとってルクレツィアは太陽だったのか。

「ああ……分かった。それで幸政は『マンマはソーレ』だの『太陽の瞳』だの言っていたのか」
「あ……あいつ、そんなことまで言ったのか?」

 潤哉は両手で顔を覆い、恥ずかしがっている。潤哉は母のいない幸政のために、ルクレツィアは太陽になって見守ってくれているよ、とでも言っていたのだろう。

「花屋にも行ったんだって?」

 幸政は日本に来る前に潤哉へ手紙を出して俺たちとのことを書いてくれていたらしい。

「おまえが花屋なんて、柄に合わないと思ったんだが、どうして花屋だったんだ?」
「あの花屋は、ルーチェの親戚がやっていて、その縁でルーチェはあそこで働いていたんだ。あいつが死んでしまって……見知らぬ人間を雇いたくないというから、オレがルーチェに代わって、働くことになった。花屋ってああ見えてもかなり重労働だからな。それに、いろんな花を知ることができて、面白かったよ。元から花は好きだったからな」

 やはり、予想通りだったのか。そういえば、アザミの花言葉を知っていたのを思い出した。

「幸政が手紙に書いていたけど、花を買ってルーチェの墓参りもしてくれたんだって?」
「そうそう、えーっと、ヘリアンサスって花を」

 その単語に、潤哉はさらに真っ赤になった。そして、あのばばあはまったく、とつぶやいた。なにか不都合だったんだろうか。

「『ヘリアンサス』ってギリシア語で『太陽の花』って意味なんだよ」

 聞いているこちらまで恥ずかしくなって自分の顔が熱を持ったことを知った。なんだよ、このロマンチストめっ!

「お墓の扉に貼られていた写真は結婚式のものか?」
「ああ、そうだ。幸政が出来たと分かってから、式だけした。サンタ・クローチェ聖堂で式を挙げるのが夢だったとルーチェが言ったから。籍は結局、入れなかったんだがな」

 あの聖堂で式を挙げたのか。青空の下、乳白色の聖堂と白いウエディングドレスを着たルクレツィアを想像して、自然と笑みが浮かんできた。

「ここから出られるようにオレはがんばるよ。それと、幸政に日本に戻ってきたらまた会いに来てくれと伝えてくれないか。あいつに謝らないと」
「幸政は分かってると思うけどな」
「……言葉にしないと分からないことがあるんだなって、今回、思い知ったよ。──睦貴」

 潤哉は突然改まって、俺の名を呼んだ。

「オレ……おまえを刺したことを謝らないといけないと思っていたんだ」
「ああ、あれは……」

 そこでようやく、潤哉が俺に対して負い目を感じていることを知った。

「だけど、謝らない」
「……はあ?」

 そして、潤哉は消え入りそうな声で、

「あの四人を殺したこと、やっぱりオレ、どうしても悪いことだったと思えないでいるんだ。だけど、おまえを刺したことは悪かったと思っている。でも……謝ることは楽になることだって言われて、今まで謝れずにいた」
「謝るもなにも、おまえは悪くないだろ?」

 そもそもがあれ、俺が後先を考えないで潤哉に飛びついたのが原因だろ。

「オレはおまえに謝らない。今まで、おまえに色々やってきた仕打ちも謝らない」
「なんだそれは」
「おまえに対して負い目を感じる。それがオレの反省の姿勢だ」

 そう言って、潤哉はあの華やかな笑みを浮かべた。

「な、『親友』」
「……おまえには勝てないよ、潤哉」

 俺は目の前の透明な板に手のひらをつける。潤哉もその手に同じように重ねてきた。板越しだが、潤哉のぬくもりを久しぶりに感じた。

「これからもおまえに迷惑をかけるから、よろしく頼むな」
「迷惑なんて思ってないよ、俺が唯一認めた『親友』だからな」

 そこで面会時間が終了して、俺は車へと戻った。ハンドルを握り、大きく息を吐く。
 潤哉はそのうち、出てくるだろう。俺は潤哉が出てくるのを待とう。あいつは必ず出てくる。
 潤哉とまた、板越しではなくあの頃のように言葉を交わせる日を信じて、俺は車のエンジンをかけた。

【おわり】





【参考サイト】

基本はトップにリンクを張りましたが、中には直リンクしているところもあります。
ページの削除、URLの変更の可能性もあります。


【イタリア・レッチェ】

Cartoline dal Salento~サレントからの絵はがき~
http://lecartolinedalsalento.blogspot.com/
プーリアへ行こう!
http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ikd/puglia/
プーリア州 イタリアのかかとの街 レッチェ
http://4travel.jp/traveler/tutty4651/album/10434918/
フィレンツェ田舎生活便り2
http://lacasamia2.exblog.jp/
イタリア!小さなまちと田舎の旅
http://www.c-player.com/ac48590/thread/1100087650813
ネコの気まぐれ足跡:レッチェの教会巡り
http://blogs.yahoo.co.jp/whitecatchan4/49874024.html

【飛行機・列車】

Alitalia
http://www.alitalia.co.jp/
■Alitaliaのビジネスファーストクラスのシート
http://www.his-j.com/tyo/business/product/az.htm
http://www.his-j.com/tyo/business/eur/seur_bmain.htm
Trenitalia
http://www.trenitalia.com/

【イタリアの学校制度】

イタリアの学校制度
http://www.italiawalker.com/studiare.html

【イタリア現地での生活】

イタリアからボンジョルノ!
http://buongiorno.italia-keiko.net/

【イタリアの墓地の写真など】

ふりつもる線:イタリアの墓地
http://aipittura.exblog.jp/6799311/
新山梨の生活:これがイタリアの墓地
http://blogs.yahoo.co.jp/haraguro8646/22605955.html
イタリアのお墓参りについて
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1418420974

【イタリア語】

アモーレイタリア語辞書
http://www.notitle.ne.jp/~amore/
イタリア語翻訳
http://www.excite.co.jp/world/italian/
イタリア語で「母」と「父」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4928096.html



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