愛から始まる物語


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【太陽に花束を】02



     ○ ○ ○ ○ ○

 午前七時過ぎ。お屋敷から車で国際空港へ。車内では櫂士も咲絵も大人しかった。
 空港に着き、ラウンジへ。
 咲絵は見るものすべてが初めてのせいか、おびえて俺にずっと抱きついていた。

「ジュースでも飲むか?」
「いらない……」

 と終始、この調子だった。
 ボディガード二人とは空港で落ち合う手はずになっている。

「咲絵……これなら、お屋敷で待っていた方がよかったんじゃないのか?」

 見た目は幼い頃の文緒にそっくりなのに、中身はまったく違っていて、引っ込み思案だ。特に、初めての場所は慣れるのに時間がかかる。国内でこの調子なら、海外に出たら……と思うと今から気が重い。

「やぁだ。むっちゃんと離れるのは嫌なのぉ」

 ちょっと、なにその萌える発言は!
 今、自分の顔が緩んでいるのが分かる。文緒の視線が痛い。
 こんなにかわいい娘が年頃になると……いや、離れてもらわないと困るんだ。今だけだ。
 咲絵もこの場にそろそろ慣れてきたかなという頃、ボディガードの二人が現れた。二人とも俺より年下で……お、俺の歳? 聞くな。というか、計算しろ。
 がっちりとした体格で黒い短髪に茶色い瞳、日に焼けた浅黒い肌の黒瀬晶平(くろせ しょうへい)、歳は三十五歳。この仕事に就いて結構な年数があるようで、貫禄がある。少し笑みを浮かべればいいものの、ずっとしかめっ面をしているせいで、咲絵がおびえている。身長も俺と変わらない上に体格がいいから、余計に威圧感がすごい。
 もう一人は黒瀬とは対極的で見た目も態度も軽い。白水貞行(しらみず さだゆき)、二十九歳。筋肉質だが線が細く、金髪に近い茶髪に瞳の色も薄い茶色で肌の色も白いから、軟派な感じがぬぐえない。しかし、その視線は恐ろしいほど鋭く、咲絵はやっぱりおびえていた。白水はイタリア語も堪能だという。
 兄貴が探してきた人間だから信頼は出来るのだろうが……どうにも不安をぬぐえずにいた。
 しっかし、黒と白か。見た目もそうだから覚えやすいが、某お笑い女芸人二人組を思い出す。

「今日から日本に帰ってくるまで、よろしくお願いします」

 ラウンジに入ってきた二人に気がついた俺はすぐに近寄り、挨拶をした。向こうはかなり驚いた表情をしていた。どうしてだ?

「あ……よ、よろしくです」

 黒瀬と白水はそう言い、手を出しだしてきた。俺は咲絵を片腕で抱っこして空いた手で握手をした。二人ともごつごつした手をしていた。
 文緒も気がつき、近寄って来た。挨拶を交わし、同じように握手をしているのだが……白水、どうしておまえは文緒の手を両手で握っているのだ。蹴りを入れるぞ。
 俺の視線に気がついた黒瀬が白水の肩をひっぱり、文緒から離れさせてくれた。白水は要注意だな。
 アナウンスが入り、俺たちは搭乗手続きへと向かったのだが……白水、おまえ、俺に殺されたいのか? 文緒から離れろっ!

「あの……白水さん、あんまり近寄ってこないでくれますか」

 殺気立っている俺に文緒はすぐに気がつき、べったりとひっついている白水に注意を促すのだが、奴はまったく気にとめていない。

「白水さん」

 いつまでもひっついている白水に対して、文緒もさすがに我慢の限界に達したらしい。あろうことか、櫂士を抱っこしたまま……見惚れるくらい美しい大外刈をって。

「文緒っ!」

 櫂士を抱っこしたまま、なんてことをっ!
 人気の少ないところだったとはいえ、今、白水が床に転がった時、結構な音がしたぞ。警備員が飛んできたらどうするんだっ!

「ふーちゃん、すごい」

 俺の腕の中にいる咲絵は、文緒を見て大きな目をさらに見開き、きらきらとした瞳で見ている。……この親にしてこの子あり。
 文緒に抱っこされている櫂士に至っては、奇声を上げて喜んでやがる。なんなの、この子たち。

「私に必要以上に近寄らないで。今度、用もないのに近寄って来たら、投げ飛ばすだけじゃすまないからね」

 白水は懲りてないのか、床に転がったまま、口笛を吹いて文緒を見ている。兄貴……もう少し性格も人選に入れてほしかったです。
 とまあ、出発前から思っていた以上に波乱含みなんだが、こんな調子で大丈夫なのか?
 搭乗手続きをして、子ども連れから先に搭乗してくださいと言われて乗り込み、案内された席に着き、ああこれがビジネスファーストクラスの席なのかと納得した。ホームページを見て知ってはいたが、アイボリーホワイトの革張りシートはフルリクライニングが出来、ゆっくりできそうで良かった。
 文緒は窓際に、その横に俺、黒瀬と白水は通路を挟んで俺の横に並んで座った。櫂士は文緒にカンガルーの子どものように張り付いたまま、咲絵は俺にひっついたままだ。フライトしてしばらくしないとこれは離れなさそうだ。
 フライトまでの時間、文緒と話をしたり、咲絵の緊張をほぐすためにお気に入りの絵本を読んであげたりした。

「あたし、むっちゃんみたいな人と結婚するの」

 最近、お気に入りのシンデレラを読み終わった俺に向かって咲絵はかわいらしい笑顔でそんなことを言っている。計算尽くで言っているのは分かるのだが、親馬鹿な俺はそれだけで顔が緩む。隣に座っている文緒は、呆れた顔をして咲絵を見ている。

「ほんっと、そういうところはだれに似たんだか」
「どうみても、文緒だろう」

 幼い頃からずっと、

『むっちゃんのお嫁さんになる』

 と言い続けた文緒と重なり、思わず苦笑してしまう。
 咲絵も分かっていて、「俺と」ではなくて「俺みたいな人と」と言っているのできちんと分別はついているらしい。しかし……俺みたいな奴って、咲絵、本当にそれでいいのか?
 今日はいつもより朝が早かったせいもあり、咲絵は大きなあくびをした。

「眠たいのなら少し寝ろよ」

 そういうと、咲絵は俺の胸元に顔をこすりつけ、次の瞬間にはもう夢の世界、だった。いつも思うのだが、なんだ、この寝付きの良さは。

「フライトの時、寝てる方が楽だから助かったわ」

 文緒は櫂士に授乳をしながら、俺の腕の中で眠ってしまった咲絵を見て微笑んでいる。

「この子も、もう少し待ってくれたらよかったんだけどなぁ」

 ナーシングケープの下で動いている櫂士を隙間から見て苦笑している文緒に身体を寄せ、唇を重ねる。

「文緒、頼むからさっきみたいな危ないことはしないでくれないか」
「さっきみたいなって?」

 頬を少し赤くして、文緒は潤んだ瞳で俺を見ている。自重しなければと思うのだが、あの事件以降、止めることが出来ないでいる。

「白水を投げ飛ばすなんて……」
「だって、睦貴以外の人に触られるなんて、嫌だもん」

 頬を膨らませてすねているような口調の文緒を見て、抱き寄せたくなったのだが……咲絵が転げ落ちそうになり、冷静になれた。

「落ち着きがないところとか、がっつきすぎなところ……櫂士が似ちゃったのよねぇ」

 とはいうが、俺は赤ん坊の頃、絶対に櫂士みたいな性格じゃなかったと言い切れるぞ!

「幸政とは電話で話をしたの?」
「ああ、何度かね」

 潤哉の話によれば、幸政はイタリア語と少しだが英語と日本語がしゃべることができるということだったので、向こうへ行く前にコンタクトをとった。
 電話越しに聞こえる声は、潤哉と話をしているのではないかと錯覚するほど、似ている。
 英語と日本語混じりの会話。イタリア語はまったくもって分からない。少し勉強をしなければと思いつつ、仕事が忙しいのを理由に手をつけていなかった。
 電話越しの会話によると、幸政は現在、高校生ということだった。日本とは教育システムが違うのだが、幸政の年齢は日本の高校一年生だ。
 電話での会話だから姿が見えないのでよく分からないが、声を聞く限りでは幸政は潤哉を恨んだりといった負の感情は持ち合わせていないように感じた。大切に育ててきたのだなというのが分かり、とても安心した。

 日本とイタリアの時差は八時間。今は夏なので、サマータイムを導入しているイタリアとは時差は七時間となる。俺たちがイタリアへ向かうために乗っているこの飛行機のフライト時刻は午前九時二十分。イタリアだと午前二時二十分だ。
 日本からイタリアのローマまでの所要時間は約十三時間。イタリアに着く頃は日本時間で午後十時だが、ローマでは午後三時だ。予定では午後六時前のローマからレッチェ行きの列車に乗ることになっている。
 時差のことを考えたらこの時点で寝てしまった方がいいのは分かってはいるのだが、フライトして安定しないことにはどうにも落ち着かない。
 そうしてようやく、飛行機は定刻通りに離陸した。櫂士は文緒にしがみついて妙な顔をしていた。咲絵はなにも知らず、しっかりと寝ている。やっぱりこの子は将来、大物になるな。
 隣にふと視線を向けると、黒瀬は平然とした表情をしていたが、白水は白い顔が青くなっていた。

「どうしたんだ、飛行機は初めてか?」

 と聞いても、答えが返ってこない。大丈夫なんだろうかという一抹の不安を抱えたまま、俺たちは一路、イタリアはローマへと旅立った。




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