愛から始まる物語


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【太陽に花束を】01




「よし、イタリアに行くぞ!」
「……本気で?」

 俺たちは潤哉の息子である空知幸政(そらち ゆきまさ)を日本に迎え入れるため、イタリアへ行くことにした。文緒との約束を守るため、イタリアに一緒に行こうと言ったのだが……。

「咲絵も行くのー!」

 どんな危険が待ち受けているか分からないので連れて行く気はなかったのだが、咲絵が珍しくついて行くと言って聞かなかった。

「咲絵……。危ないんだぞ。それに、遊びに行くわけじゃないんだからな」
「分かってるもん! でも、あたしも行くのっ!」

 面会の度にイタリアの様子を潤哉から聞いていた俺は、向こうに危険が待ち構えていることを知った。
 潤哉は少しずつだが、当時、どうしてあんな凶行をしたのか、語り始めてくれた。それまでは黙秘、とまではいかないが語ることがあまりなかったのだ。弁護士が困ったと苦笑しているのを知っていたので、かなりの進歩だ。
 そもそも、あの四人に対してあんなことをしたのにはきっかけがあったようだ。
 喬哉兄さんの自殺が一番の原因ではあるのだが、潤哉はイタリアで知り合った人物にそそのかされた部分もあるのだという。間違いなくあの四人のせいで喬哉兄さんは自殺をしたわけなのだが……。
 なんというか、これほど深い爪痕を残した事件だったのを改めて知った。

「櫂士(かいじ)も連れて行かないとな……」

 文緒にしがみついて眠っている櫂士の頬をつつき、ため息をつく。
 俺と文緒の第四子であり、三男の櫂士はママっ子過ぎて困る。少しでも文緒の姿が見えなくなると火がついたかのように泣くのだ。俺が抱っこすればしばらくは大人しくなるのだが、それでも五分と持たない。寝るときも文緒に張り付いて寝ている。まったくもって、この甘えっ子はだれに似たんだ。

「もう少し櫂士が大きくなってからとも思ったんだが……。幸政も待っているだろう」
「そうね」

 乳飲み子を抱えて、しかも咲絵も連れて異国の地へ旅立つことにはかなり不安があるが、そうはいっても仕方があるまい。こればかりはだれかを派遣させるわけにはいかない。それに、俺は潤哉が過ごしたというレッチェに行ってみたかったのだ。
 行くと決めたからには、仕事をやりくりして一週間くらい休みを取って。

「本当に行く気なのか?」

 兄貴にも相談した。俺は文緒と子ども二人を連れて行くという意志を伝えると、諦めたかのように兄貴は大きくため息を吐いた。

「おまえは一度、言い始めたらなにがあっても聞かないからな。あの文緒がお願いしたとしても、ダメだろうな」

 お兄さま、分かっていらっしゃる。

「行ってもいいが、条件がある」

 ようやく折れてくれた兄貴だったが、その不穏な言葉に思わず、身構える。なにを言われるのかとどきどきしていると……。

「ボディガードを何名かつける」

 ぼ……ぼでぃがーど?
 ボディガードと言われてとっさに思い出したのは……映画だった。それほど、あまりにも現実離れした単語だったのだ。

「あいつらがこんなに簡単に引くわけがないだろう。幸政に接触していて、おまえたちの存在も知られて危ないということは分かっているよな」
「分かっている。俺単身で行きたいくらいなんだが……文緒とはその、約束をしたから」

 どこに行くにしても文緒だけは連れて行くと約束したんだよな。こんな状況になるとは思っていなかった。

「イタリア側に手回しをしておくよ。最悪な事態にならないのを祈っておくが、どうせおまえのことだ。なにかトラブルに巻き込まれるに決まっている」

 おにーさま、ひどすぎです! まるで俺がトラブルメーカーのような言い方! 今まで色々あったのは俺のせいではなくて、兄貴がそういう役割を振ってきたからだろう。俺のせいにするんじゃない。

「幸政だけこちらに来てもらうというのも考えたんだが、やっぱり、幸政がどんな環境で育ったのかを一度、見ておきたかったんだ。それに、潤哉がイタリアの話をするとき、すごく楽しそうなんだ。親友がずっといたところを見ておきたいと思っても別に不思議はないだろう」

 兄貴の親友は深町さんだ。幼い頃からこちらと辰己の家とを行き来しているからそういう感覚は分からないかもしれないが、なんとなくは分かってもらえたらしい。

「咲絵と櫂士も連れて?」
「……仕方がないじゃないか。咲絵はだれに似たのか、一度言い始めたら聞かないし……櫂士は文緒がいないと泣きわめくし。頑固なのはだれに似たんだ……」
「どう考えても、おまえにだろ」

 ……反論出来ない。

「ボディガードはイタリア語が出来る人間を見つけて来た。通訳代わりにもなるからいいだろう」
「ありがとう」

 英語が分かるからイタリア語はいいかと思ったのだが、調べてみたら、イタリアでは英語はあまり通じないと思っておいた方が良さそうな感じであった。電子辞書を持っていく予定ではいたのだが、言葉が分かる人間がいる方が心強い。
 イタリア語は英語が分かればすぐに出来るだろうと思っていたのだが……女性名詞に男性名詞と思ったよりもややこしかった。しかも、単語を見てもまったく意味が分からない。少し勉強をするにしても、会話が出来るほどになるとは思えず、甘くみていたのを思い知った。
 咲絵と櫂士のパスポートを取ったり、俺と文緒のパスポートを見たらとっくの昔に切れていて焦って申請したり、思ったよりも余裕のない出発となってしまった。チケットの手配は仕事の合間にした。兄貴の好意により資金提供をしてもらえたので、飛行機も往復ともにビジネスファーストクラスを取れたのだが……なんだ、この恐ろしいほどの高さは。まあ……新婚旅行も結局は行けてないし、しかもドタバタとして結婚式も未だにやってないからその代わりには……ならない、よな。甲斐性がないとののしられても仕方がない状況だ。
 しかし、今考えている行程は子ども連れとは思えない強行軍だ。途中で子どもが熱を出したとか体調を崩したとなったらどうしよう。時差も考えると、寝る時間も考えないといけないし、子連れで海外旅行って大変だな。
 本当は一か月くらいかけて行けるのが一番いいのだろうが、どうにかやりくりして一週間。
 飛行機が片道約十三時間。ローマからレッチェまで列車で五時間半。ローマで一泊してレッチェに向かうのがいいみたいなのだが、一刻も早く幸政のところに行きたいというのと、飛行機が予定通りに到着すればという前提だが、連絡が思ったよりもスムーズに行くので列車の中でゆっくりすればいいかと考えたのだ。
 さてこれであとは出発を待つだけ、という段階で双子にものすごいだだをこねられてしまい……兄貴が説得してくれなかったら、双子も連れて行かなくてはならなくなるところだった。夏休みにネズミーランドに連れて行くという約束をしなくてはならないハメに。あそこにいくのもどれだけぶりなんだか。
 まったくもって、この夏は出費が激しい。当分、真面目に仕事をしなくてはならないな。
 とまあ、出発前からなんだか大変だった訳なのだが、旅行中も思っていた以上に大変だったのだ。当分、旅行には行きたくないと思ったほどだ。
 今、思い返せば、アメリカ行きも相当などたばただったが、それは出発前に籍を入れて俺の苗字が変わったことでの事務手続きが大変だっただけだ。到着すれば慣れるまでは毎日が緊張続きではあったが向こうには四年もいた。そういえば、帰りは文緒と一緒だったんだよな。あれからすでに何年経ったかなんて不毛なことは考えないでおこう。十年パスポートの期限が切れるくらいの年月が経っていたなんて、そりゃあ歳を取るし、子どもも出来るよな。
 出発前に兄貴が手配してくれたボディガードと一度、顔合わせをして、咲絵が妙におびえていたのが気になったのだが、あの子は基本、人見知りだから仕方がないか。
 櫂士は文緒に抱かれてぐっすり眠っていた。咲絵もそういえば幼い頃はよく寝ていたが、飛行機や列車の中でもこの調子だと楽なんだが。
 荷造りもして、用意をして、さあ、いざ出発!





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