愛から始まる物語


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たゆたう淡泡とゆらめく陽炎【『タカイワ』の意味】



 そして今、兄貴の部屋にみんなが集合していた。
 兄貴が前に立ち、その前に俺と文緒が並んで座り、後ろに蓮さんと奈津美さんが座っていた。部屋の隅には待機している智鶴さん。

「まず、迎えが遅くなって申し訳なかった。思ったより雨がひどくてなかなかヘリを出せなかったんだ」

 と開口一番、兄貴に謝られた。

「蓮から文緒が睦貴について行ったと聞かされたのが午前十時頃。睦貴が蓮に連絡をして一時間半くらい後か?」

 俺は携帯電話を取りだし、通話履歴を確認する。
 佳山家に連絡を入れたのは午前八時過ぎだから、一時間半から二時間の間だ。

「俺は会議に入っていて、終わったのが十時。それからすぐだ」

 会議を中断してまで連絡をするほどの緊急性ではなかったからなあ、あの時点では。

「GPSでおまえたちの携帯電話を追跡したら、一緒にいることが分かったので次の会議に入った」

 どうしても調整がつかないといっていたもんな、そういえば。会議続きか。俺なら耐えられない。

「その会議も終わって確認して、問題がなかったので昼食を食べながらの会議に突入して、それが夕方まで続いた」

 お疲れさまです、はい。

「会議が終わってようやく俺の身体が空いたから、どんな様子か確認しようと睦貴の携帯電話にかけたんだが……『電波が届かない場所か~』というアナウンスが流れ、なんとなく嫌な予感がしたんだ。何度かけ直してもダメだ。文緒の方にもかけたんだが、こちらも繋がらない。GPSで居場所を確認できるからどうにもおかしいと思って別荘にも直接かけたのだが、こっちも繋がらない」

 そこで異変を察知したらしいのだが。

「GPSって携帯電話が圏外でも使えるのか?」

 素朴な疑問を投げかけてみた。

「携帯電話の機種にもよるようだが、最近のGPS搭載の機種は別にチップを搭載しているし、睦貴が持っている機種はチップが別になっている。それに、GPSはそもそもが携帯電話の通話のアンテナとは違う」

 ……確かに、言われてみればそうだ。
 GPSはなにも携帯電話だけについている機能ではない。カーナビにもGPS受信機といったものにもついている。GPSは人工衛星を利用して位置を割り出すシステムだ。携帯電話の基地局が壊されたとしても、携帯電話側の電源が入っていれば確認することは出来る。
 一つ、勉強になった。
 そして、兄貴は続ける。

「狙ったかのような大雨に雷。ヘリを出そうとしたんだが、危険だから雷が落ち着くまでと言われ、待っていたんだ」

 雷がおさまったのはよかったが、今度は風雨がひどくなっていたので天候が少し良くなるのをさらに待っていたという。

「ようやく飛ばすことが出来て、到着すると……目指す方向が妙に明るい。嫌な予感を抱きながら近づくと、別荘が燃えているのを見て、心臓が凍り付いたよ。屋上に人影が見えたときは安心したが……一歩遅かったら、近寄れなかったな」

 かなりぎりぎりのタイミングだった、ということか。

「別荘が燃えているのが分かったので、無線で警察と消防には連絡を入れた。すぐに消火には向かったようだが、あそこまで燃えていたから……もうダメだろう」

 潤哉と守矢さん、それに従業員たちは無事なんだろうか。
 それから兄貴は、蓮さんと奈津美さん、そして文緒にも差し障りのない程度に今回の事の顛末を話してくれた。

「今日は遅い。それに疲れているだろう。もう寝よう」

 そう言われて俺たちは部屋に戻された訳だが。
 自分の部屋に帰ってきて、ほっとしてシャワーを浴びた。疲れてはいたのでベッドに潜り込んだのだが、興奮しているせいか、まったく眠れない。
 眠ることを諦めてベッドの縁に腰掛け、電気をつけずにぼんやりしていた。
 すでに日付が変わろうとしている時間。そんな時間にもかかわらず、だれかが俺の部屋をノックする。だれだろうと疑問に思いつつも出ると、ドアの向こうには文緒が立っていた。

「文緒?」
「あ、寝てた?」

 文緒は俺の頭を見て、申し訳なさそうな表情をしている。その視線で、寝癖がついていることに気がついた。俺は慌てて適当に頭を整えた。

「いや、起きていた。寝ようと思ってベッドに入ったんだが、眠れなくて」

 部屋の中に入れることを躊躇して、俺たちはだれもいないと思われる食堂へと足を運んだ。
 さすがにこの時間だから厨房にもだれもいなくて、俺は勝手に中に入ってコップを探して水を入れて、文緒と向かい合わせで座る。
 俺たちは無言で水を飲んだ。
 文緒にはもっと説明をしなくてはならない。事件に巻き込まれた当事者なのだから。
 しかし、どこから話せばいいのか、どこまで話していいのか分からず、悩んでいた。

「ああ、二人ともここにいたのか」

 食堂の入口に、なぜか兄貴が立っていた。

「判明したことがいろいろあるから起きていたら報告しようと睦貴の部屋に行ったらいなくて、ここの明かりがついていたからもしかしてと思って来たら、文緒も一緒だったのか。ちょうどいい」

 兄貴は中に入ってきて、俺の横に腰掛けた。

「あの建物はようやく鎮火したらしい。燃える部分がなくなって自然鎮火したようだ。それで、詳しい調査は明日以降ということだったのだが……中から遺体が四体、発見された」
「……四体? 四体だけか?」
「ああ。四体とも、死亡した後に焼けた物のようだ」

 ということは、他の人たちはみんな無事、ということか。
 潤哉は生きている。思わず、安堵のため息がこぼれた。

「もう今日はおまえの記憶を見るのはやめておく。ヘリの中で見て、吐くかと思った」
「ひどいもんだろう? 見ない方がいいと思うけどな」

 俺は自分の中で気持ちを整理するのも兼ねて、兄貴といまいち自体を把握していない文緒に説明をした。

「空知の末っ子か……。つい最近まで、イタリアにいたようだ。母親が亡くなったことで日本に帰ってきたようだな」

 どうにも不信に思って兄貴は哉賀に直接、連絡をしたようだ。

「哉賀は確かにあの別荘に行きたいとは言ったようなんだが、行くといっても一泊程度の予定でいたらしいのだ」

 ……あれ? どういうことだ?

「たぶんだが、潤哉が俺たちをあそこに来させるために嘘をついたんだよ」

 違和感があると思ったんだ。そういうことなら納得だ。

「潤哉はあの四人に復讐をしたと言っていたけど……意味が分からないんだよな」
「復讐?」
「焼け跡から見つかったという四遺体は種田、柿本、岩井、若宮だと思う……ん、……ん?」

 ちょっと待て。
 なにかが引っかかる。

「種田……柿本、岩井、若宮……。た……か……い、わ。ああああ!」

 タカイワの謎が解けた!

「うわあああ、喬哉兄さん、なんの暗号だよ! タカイワって、四人の名前の頭を取った言葉だったのかっ!」

 俺は思わず頭を抱えて食堂のテーブルに額をぶつけた。
 ……痛い。
 痛いけど、なんでそんな遠回しな遺言を残すんだ! 潤哉も勘違いするだろう!

「『タカイワ』か。ふむ。その筋では暗号のように言われているんだが、なるほど、そういうことか」

 は? なにそれ、一部では有名な話なの?

「種田が購入の資金を提供し、柿本が密輸してきて岩井が夜の世界の人間を通じて売っていた、ということか。若宮がたぶん、言い出したんだろうな」

 諸悪の根源をたたけた……ということでいいのか?
 いや、よくはないんだが。

「潤哉のやったことは犯罪だが、これで助かった人たちが何百人もいる。もしかしたら何千人かもしれない。……それを思うと、複雑な気分だな」

 四人の命と引き替えにそれ以上の命が救われたかもしれない。

「世の中って意外に不平等なんだね」

 ぽつりとつぶやいた文緒の言葉に、俺たちはなんと答えればいいのか分からず、うつむくことしか出来なかった。





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