愛から始まる物語


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たゆたう淡泡とゆらめく陽炎【ミステリ的展開】


     ※残虐表現あります(軽いですが苦手な方はご注意ください)


 文緒ももろに見てしまったようだ。
 悲鳴を上げ、そのまま気を失ってしまった。俺は慌てて文緒の身体を抱き留める。
 もう一度、恐る恐る振り返る。
 草がなぎ倒された中に、かつて人間だった男が大量の血を流して倒れていた。遠目に見てもすでに死んでいるのが分かった。
 夏の熱気にむせかえるような血の臭いが吐き気を催す。
 俺は慌てて文緒を抱えて現場から出来るだけ遠ざかる。

「どうされましたか?」

 文緒の悲鳴を聞きつけたらしい守矢さんが息を切らせて駆けつけてきた。

「この先に……人が死んでいる」
「死……死んでいる?」

 暑さと気持ち悪さで倒れそうになりながら、俺は守矢さんに伝えた。

「遠目からしか見ていないが、あれは明らかに他殺体だ。これから先、ここにはだれも入れないようにして、早いところ警察に連絡を」
「わわわ、分かりました!」

 気が動転しているらしい守矢さんはそれでも俺たちの後ろを確認して、ひぃ、と悲鳴を上げて大慌てで回れ右をして去っていった。
 俺は文緒を抱えて、部屋に戻ることにした。
 幼い頃、眠ってしまった文緒を抱えて帰ることはよくあったが、さすがにあれから十数年経っているだけあり、成長している。胸のあたりが少しばかり淋しいが……っていやいや、だから! そういうところはよくって!
 軽いとは言っても、子どもとは訳が違う。
 ひいひい言いながら螺旋階段を下りていたら、下から車のエンジン音が聞こえた。哉賀の到着は夕方と聞いていたが、早まったのだろうか。気になってロータリーを見るのだが、緑が茂っていて、見えなかった。
 汗びっしょりになりながらどうにか文緒を部屋まで連れてくることが出来た。
 靴を脱がせてベッドの上に寝かせる。
 タオルを水で濡らして、おでこにおいてあげる。
 そこでようやく、一息つけた。室内の時計を見ると、午後二時前。思ったよりも時間が経っていた。
 椅子に座った途端、ドアがノックされた。もしあの女だと嫌だなと思って確認穴から外を見ると、困惑した表情の守矢さんが立っていた。

「どうしたんですか?」

 ドアを開けて尋ねると、守矢さんは小声で

「電話が……繋がらないんです」
「は?」

 電話が繋がらない? そんな馬鹿な。
 だって俺、今日の朝、文緒が増えたことをサービスエリアから電話をしたんだが。

「内線は繋がるのですが、外へ繋がる電話線が何者かに切られているのです」
「携帯電話は?」
「試しましたが……基地局が壊されていました」
「インターネットは?」
「電話線が切られていますから、無理です。携帯電話でももちろんダメです。公衆無線LANも試したのですが、ダメでした」

 なんだって?

「それなら、車で……」
「そう思いまして、駐車場へと行ったのですが、すべてのタイヤがパンクさせられていました」
「え……? そういえばさっき、螺旋階段を下りるときにロータリーに車が入ってきていたが」
「はい。その車も見事にパンクさせられていました」

 うわあ、やられた。見事にやられたってわけか。
 ということは、ここは外との連絡を絶たれた陸の孤島ってことか?

「とりあえず、哉賀が夕方にこちらに来るんだろう?」
「はい、その予定となっております」
「仕方がないからそれを待とう」

 ということは、先ほどのエンジン音は哉賀が到着した車の音ではなかったのか。

「さっきの車はだれか来たのか?」

 俺の質問に守矢さんは答えず、

「困りましたね……。だれかを外にやって連絡が取れるところまで出るにしてもこの暑さですと辛いですし、それに人手もぎりぎりの人数しかいないんですよね」

 とつぶやいている。再度、質問する気にもならず、従業員のだれかが買い物から帰ってきたのだろうと勝手に結論づけることにした。そして別の疑問を守矢さんへぶつける。

「さっきのあの人……あの四人組の中の一人か?」
「わたくしもお顔をしっかりと確認したわけではないですのではっきりとは申せませんが……。そのようでございます」
「あの人たちの名前と空知との関係は?」

 俺たちの話し声に文緒が気がつき、目を覚ましたようだ。

「むっちゃん……?」

 いつの間にかベッドの上に寝ている自分に戸惑っている文緒に、俺は大丈夫だよと話しかけ、冷たい飲み物を渡した。文緒は寝起きでまだぼんやりしているようだが、飲み物を口にする。
 守矢さんには部屋に入ってもらい、話を聞くことにした。

「失礼いたします。文緒さま、大丈夫でございますか? ご気分は?」
「うん……大丈夫。私、どうしたんだっけ?」
「暑くて倒れたんだよ」

 文緒の横に腰掛け、髪の毛をなでる。少し悩んでいたが、思い出したようで、青ざめている。

「あの人……」
「うん……」

 俺たちの間に沈黙が落ちる。

「暑いから、腐るの早いよね」

 心配するところはそこではないような気がしたが、文緒のおでこを軽くつつき、苦笑した。軽口がたたけるのなら、大丈夫だろう。

「俺たちにあの四人のことについて、教えてほしい」

 改めて、守矢さんにそう聞いた。

「今回、たくさんの方にお声をかけさせていただいたのですが、みなさまご多忙でして、あの四名さまと睦貴さまのみがいらっしゃることになりまして……」

 守矢さんの話によると、あのえらそうな成金ハゲデブなおっさんが『種田兼良(たねだ かねよし)』という。貸金業者『シード』の代表取締役社長。

「『シード』って……『お金はあなたの種(シード)になります』って宣伝している?」

 文緒にそう言われ、滅多にテレビを見ない俺でも知っているそのコマーシャルを思い出す。流行のタレントを使ったコマーシャルでいつも話題になっている。ワンマン社長の元、かなり汚い手を使って急成長した会社だ。

「先ほど、屋上で倒れていた方は輸入業者をされている『柿本小五郎(かきもと こごろう)』さんです」

 こちらはあまり印象に残っていない。

「スナックを経営している『岩井信次(いわい のぶつぐ)』さんと宝石店を経営している『若宮成美(わかみや なるみ)』さんの四名です」

 岩井という男はあれか、真っ赤なアロハを着た出っ歯か。ヤラシイ目で文緒を見ていた男。若宮は……もういい。

「一見、全然絡みがなさそうな四人だな」
「そうですね。種田さんと柿本さんは昔からのお知り合いということでした」

 ランチの時のやりとりを見る限りでは、若宮は種田の愛人と見ていいだろう。で、岩井は?
 なんだか奇妙な四人組だな……。

「空知との関係は?」
「たぶんですが……お仕事の関係かと。申し訳ございません、招待客は哉賀さまがいつも仕切っていらっしゃるので」
「四人は一緒に昨日の遅くに着いたのか?」
「一度、夕方頃に到着されていたのですが、こちらはアルコールの持ち込みも禁止になっておりますからお食事の後に出掛けられまして、お戻りになったのはかなり遅い時間でした」

 話を聞き、この時の俺は四人の間でなにかトラブルが起こった末の殺人だったのだろうと甘く見ていたのだった。
 守矢さんが退室して、一度、頭の中で整理してみることにした。
 殺されたのは種田と仲がよいという輸入業者の柿本。
 四人は一緒に食事を摂っていたはずなのに、どうして柿本はあの屋上庭園で遺体となっていたのだろうか。そこが謎だ。
 それにしても……面倒なことに巻き込まれたなあ。

「むっちゃん、お天気が悪くなってきたみたい」

 ベッドの上に乗って外を見ていた文緒の声につられ外を見ると、急に雲が出てきて暗くなってきた。先ほどまでは夏場のぎらぎらした太陽が光っていたのに、だ。

「雨が降るのかな」

 雨……か。まずいな、雨が降ったら屋外にあるあの遺体周りの証拠が流れてしまう。しかし、自然に対抗することは出来ず、俺は指をくわえて雨が降ってくるのを見ていることしかできなかった。




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