愛から始まる物語


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たゆたう淡泡とゆらめく陽炎【道行きは二人に】



 覚悟を決めて……佳山家にれんら……くって、あああ、やっぱり蓮さん、気がついていた! 常にマナーモードにしているので気がつかなかったのだ、数え切れないほどの着信が。
 俺は慌てて佳山家へコールバック。かけた瞬間、コール音がするまでもなく、繋がった。
『ようやく繋がった!』
 繋がるなり、蓮さんの怒鳴り声。耳が痛いです、蓮さん。俺は耳からかなり電話を離した。スピーカーモードにはしていないが、文緒にも充分、聞こえるだろう。
『そちらに文緒はいるだろう!』
 はい、お察しの通りでして……。
『こんの馬鹿娘! 帰ってくるな!』
 あ、蓮さんが切れてる。
 文緒は俺の手から電話をもぎ取ると、殊勝に謝るのかと思ったら……。

「蓮、ごめんねー。だって、夏休みなのにどこにも連れて行ってくれないって言うから。だったら、むっちゃんに着いて行こうかなーって」

 文緒の方が、上手だった。明らかに電話の向こうの蓮さんは絶句している。

「大丈夫。帰ったらきちんと宿題をやるし、おうちのことも手伝うよ。むっちゃんの迷惑にならないようにするから」

 ……来ている時点で迷惑だ。なんて言えず。
 その後、本物の親娘は二・三言会話を交わし、電話を俺に渡してきた。ああ、蓮さんからなんと言われるのか、怖い。
『睦貴、仕方がないから文緒をおまえに預ける』
 うわぁ、機嫌が悪そうな蓮さんの声。怖いっ!
『分かっていると思うが』
 そこで蓮さんは区切り、溜めた。なにを言われるのか分からない俺は、身構える。
『手を出したら分かってるな? このっ、ロリコン!』
 や、ちょっと待ってくれ!

「れれれれ、蓮さん! 人聞きが悪い! 俺はロリコンじゃない!」

 思わず叫びそうになるのを必死に押さえ、俺は全力で否定した。

「文緒は『娘』だ! 手を出すわけ、ないだろう!」

『そう願うよ』
 最後はかなり力ない様子で言われ、電話を切られた。ああ、これでどっと疲れが。
 空知の別荘にも連絡を入れなければ。
 あらかじめ登録しておいた空知の別荘の番号を呼び出し、掛ける。
 数コールで電話が繋がった。聞き覚えのある男の声に少し動揺しながら、用件を伝える。

「本日、そちらでお世話になる高屋ですが、突然で申し訳ないのですが、一人増えることに」

『お食事はご心配なく』
 お食事は?

「部屋は?」

 と尋ねようとしたら、
『お気をつけてお越しくださいませ』
 と言われて切られてしまった。妙に動揺してしまい、しどろもどろのいつも以上に怪しい感じになった上に、聞きたいことが聞けずに切られてしまった。掛け直して質問をする気力がなくなり、携帯電話をポケットにしまった。
 文緒が寝る場所があり、俺は屋根がある場所だったら別に廊下でもいい。食事の心配をしなくていいだけありがたい……ということにしておこう。
 ぐったりとしながら俺は文緒を連れて車まで戻り、別荘へ向けて走り出す。
 サービスエリアを出たのは、午前八時半だった。


「これから行く先はスカイグループの持ち別荘で、俺は十五年前に一度だけ行ったことがある」

 気がついたら俺は、文緒に別荘に行ったときの思い出話をしていた。さらには高校生活のことも少しだけ話をしていた。
 文緒にこんなおっさんの思い出話をしたっておもしろくともなんともないよな。
 そこではたと気がついた。実はとっても緊張しているということに。緊張をほぐすために、いつもより饒舌になってしまっていたようだ。

「……俺の昔話なんか聞いても、おもしろくもなんともないよな」

 文緒に思い出を話したことで、俺の中で少しだけ気持ちの整理ができた。人に話をするということは、意外に大切なのかもしれない。

「そんなことないよ! むっちゃんの話、もっと聞きたい!」
「文緒は物好きだな」

 おもしろくともなんともないことだというのに、文緒は

「ね、それでそれで?」

 と続きを聞きたがっている。なんだか急に恥ずかしくなって、俺はそこで話を切り上げた。

「──それで、おしまい」
「えええ! 私、まだ中学生だから、高校生活の話、もっと聞きたい!」

 男子高の話なんて、面白いどころか、むさ苦しいだけだ。それにあまり思い出したくない。文緒の最近の様子も知りたくて、話の矛先を変えてみた。

「この間の球技大会でね」

 文緒は話をしたかったようで、楽しそうに学校の様子を語ってくれた。
 助かった。
 俺は文緒の話を聞きながら、内心、ほっとしていた。

     * * *

 午前九時半。
 十五年前に来たときも思ったが、やっぱり、空知の別荘は遠かった。
 文緒とともにサービスエリアを出てから約一時間。ようやく最寄りのインターチェンジまで着いた。料金所を通過して一般道に出たら、文緒は明らかにほっとしていた。
 ここから一般道を約三十分ほど走る。最初は大きな道だが、徐々に細い道へとシフトしていき、最後は山道のようなところを通り抜けると別荘だ。
 さすがに十五年の月日が流れているだけあり、昔はなかったと思われるコンビニエンスストアなどが目に入る。

「寄らなくても大丈夫か?」
「うーん……」

 と微妙に迷うようなそぶりを見せたので、休憩がてら、寄ることにした。
 店内に入ると、文緒は飲み物コーナーへと向かった。俺は日用品コーナーを見て、忘れ物がないかを確認する。
 文緒が飲み物を手に持って近寄って来たので受け取り、お会計をしてから店を出る。車内に戻ってシートベルトをしたのを確認して、車を発進させた。
 ナビに従い、俺は車を走らせる。所々、見覚えがあるような風景が目に飛び込んでくる。
 そうそう、別荘までの道はうっそうとした緑に包まれていたんだ。まるで緑のトンネルのような。緑が迫ってくる錯覚に陥ってくる。

「……緑がすごいね」

 少し怖いのか、先ほど買ったばかりのペットボトルをきつく握りしめて外を見つめている。

「怖い?」
「少しだけ」

 手を握って落ち着かせたかったのだが、細い道で片手運転をするには少し危ないので声をかける。

「文緒でも怖いものがあるんだ」
「あるよっ! テスト結果にお化けに幽霊。一番怖いのは、蓮に怒られることかな」

 少女らしい答えに、俺は思わず笑ってしまう。

「ひどい! なんでそこで笑うのよ」

 頬を膨らませ、唇をとがらせている文緒が妙にかわいくて、さらに笑みを浮かべる。

「もー! どうして笑うのよぉ」

 俺が笑ったことですねてしまった文緒だが、恐怖心はそれでどこかに行ったようだからいいかと思ってしまったのだが、冷たかっただろうか。

「蓮さんが怖いというのは俺も同意するよ」
「え? むっちゃんも蓮が怖いの?」
「怖いよ。あの人を怒らせたら、命がない」

 心底から怖いという表情をしてみせたら、文緒は声を上げて笑い始めた。

「あははは、むっちゃんの顔が面白い!」

 面白いとは、失礼な。

「蓮さんが一番怖いけど、智鶴さんも怒らせると怖いよなぁ」

 兄貴と智鶴さんの息子・柊哉(とうや)が叱られているのを何度か見たことがあるが、いくら俺がマゾでも智鶴さんにだけは怒られたくないと思った。

「お母さんは……うん、蓮とは違う意味で怖いよね」

 そんな話をしているうちに、舗装された道から足場が悪い道に移り変わり、そして見覚えのある道が見えてきた。その先には白い木で出来た門。最近、ペンキを塗り直したばかりのようで、真新しく見えた。

「うわあ、あの門、かわいいね」

 歓迎しているかのように開かれた門だったが、なぜか背筋に冷たい物が伝った。
 白い木の門を通過すると、少し上り坂になっている。両端は雑草がかなり生い茂ってはいたが、きれいに切りそろえられ、道は拓けていた。登り切ると、ロータリーになっている。適当なところで車を止めると、エントランス方面から一人の男が歩いてきた。





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