愛から始まる物語


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アザミが見た夢《自立への道》



 こうして学園祭が終わり、期末考査も怒濤のように過ぎ、冬休みがやってきた。
 喬哉はクリスマスパーティだと誘ってくれ、空知の屋敷に行ったりした。高屋のお屋敷ではとりたててそういうことをしたことがないから、新鮮だった。
 冬休み中、俺は母から逃れることを必死で考えたし、母は母で俺をどうやってつなぎ止めておこうかとあの手この手と使ってきた。
 どうして母はこんなにも俺に固執しているのだろうか。気持ちが悪くて仕方がない。

「気が散るから部屋から出て行ってくれ」

 今までは母は気を病んでいるからかわいそうだという気持ちが強かったのだが、学園祭であの劇をやったことで、もしかしたらハムレットのように狂っているように見せかけているのかもしれないという疑惑が大きくなっていく。

「睦貴……?」

 だれに対しても強い言葉を使ったことのない俺がそんなことを言ったのが母はショックだったようで、泣きながら部屋を出て行った。
 母を泣かせてしまったという後ろめたい気持ちは大きかったが、そろそろ限界だった。こちらが狂ってしまいそうだ。
 イライラとしながらも俺は冬休みの宿題を済ませた。

 あらがってもあらがってもしがみついて来る母。
 俺はどうすればいいというのだろうか。
 母のなすがままに俺は流されていればいいのだろうか。
 そうすれば俺のこの気持ちはどこへ持っていけばいいというのだ。
 お互い、別々の人間なのだ。
 それを縛るのは異常としか思えない。
 親父も言っていたではないか。縛っては駄目だと。

 俺と母との攻防はこうして毎日行われた。
 母はきっと、俺が負けるのをじっと待っている。喬哉の時は負けたが、今回ばかりは俺自身の将来もかかっているのだ。負けるものか!
 俺はここで初めて、自分の強い意志を持ったような気がした。

 学校に行っている間だけが心休まる時。
 喬哉を介して俺は徐々にクラスの人たちとなじむことが出来るようになってきた。あの学園祭もきっかけになったようだった。
 なぜかいじられキャラになっている俺。それが心地よいと感じてしまう俺は、やっぱりマゾってヤツなのか?
 前から気になっていた喬哉の違和感はつかめないまま、月日だけは過ぎていった。そういった物を抱えながらも、俺の中ではいつしか喬哉は『友だち』から『親友』という認識になっていた。
 しかし、兄に
『気をつけろ』
 と言われたことが、心のどこかに常に引っかかってはいた。その言葉を言われる前から気になってはいたのだが、『他人の記憶が見える』という兄から発せられた言葉は重みがあり、喬哉になにを見たのか聞きたいと思っていたのだが、なかなか会うことがなかった。

 春休みに入る前、喬哉がいつものように誘ってきた。

「一緒に花見をしよう。桜がきれいな場所を知ってるんだ」

 花見も今までしたことのないイベントだ。俺はもちろん、喜んで行きたいと返事をした。

「じゃあ、いつものように前の日に連絡を入れて、迎えに行くから」

 喬哉の行動は慣れてきていたので、俺はいつもと変わらぬ調子で分かったと答えたのだが、思い返すと、喬哉はこの時、ものすごく緊張していたように思える。それはそうだろう。あんなことを考えていたのなら、俺だって緊張する。

 今年も去年と同じように開花が早いのかと思っていたら、なかなか温かくならず、桜が咲き始めたというニュースを聞いたのは、三月の終わりだった。それから数日して、喬哉から連絡があった。
 最近では母の許可なんてどうでもいいと思っていたので、出掛けることも知らせてなかった。さすがの母も俺の頑固な対応に、少しずつ折れはじめているようではあった。
 後数日したらまた新学期が始まるというのに、まだ肌寒い。じいに花見に行くのでしたら少し厚めの服装でいくのがいいですよとアドバイスを受けていたので、厚手の服を選択した。
 お昼過ぎ。喬哉はホワイトパールのセダンに乗って現れた。
 俺はうれしくて手を振ったのに、喬哉は振り返してこない。桜を見に行くという場所に向かう途中も、車の中でずっと黙ったままだった。

「ここだ。降りよう」

 車が止まり、喬哉はようやく口を開いた。いつもと雰囲気がまったく違う喬哉に半ば気圧されるようにして車から降り、黙って着いて行く。
 花見のシーズンは桜のある場所には人があふれているというテレビ情報しかない俺は、人っ子一人いないこの場所を疑問に思った。
 喬哉は目的地があるようで、黙って歩みをすすめている。
 じいが言うとおり、厚着をしてきて良かった。通り抜ける風が未だに冷たい。
 そんなことを考えながら、俺は喬哉の後についていった。
 小高い丘のようなところを喬哉は登っている。その先がどこに続いているのか分からず不安に思うのだが、喬哉が一緒だから大丈夫だと言い聞かせる。その喬哉がいつもと様子が違うことを棚に上げて。
 どれくらい歩いただろうか。ようやく頂上らしきところにたどり着いたようだ。しかし、喬哉はそれでも足を止めることなく、さらに奥へと続いていく。目的地はどうやらここではないようだ。
 崖の隙間に鉄の階段がついている場所を喬哉は登り始めた。こんなところで花見をするのかと不安に思っていると、早く登ってくるようにと喬哉が合図をしている。俺は仕方がなく、後に続いて登っていく。鉄の階段は濡れていて、油断をすると滑りそうだった。慎重に足を上げて登る。
 這うようにしてようやくたどり着いたその先を見て、俺は言葉を失った。
 突然、目に飛び込んできた桜色の洪水。風もないのにゆらゆらと枝が揺れているのは、俺たちを歓迎しているからなのか、否なのか。

「すごいだろう?」

 この桜の大群は、確かにすごい。
 高屋のお屋敷の一角にも桜の木が植えられているが、ここまですごいのは初めて見た。
 喬哉を見ると、いつもならこういうときはいたずらに成功したガキのような表情をしているのに、今回は硬い表情のままだ。どうしたのだろうか。

「今日、おまえをここに呼び出したのは、復讐をするためだ」

 喬哉の口から、今日の目的をようやく告げられたのだが……。
 ふくしゅう?
 あまりにもここの雰囲気にそぐわない単語に、思わずぼける方向で思考が動く。

「え? ふくしゅうってこんなところで春休みの宿題をして、一年生の復習をするのか?」

 まさか俺のボケを試すために、喬哉は演技でもしているのか?

「違うっ! アザミの花言葉をおまえは前に調べただろう。その中に『復讐』というのがあっただろう?」

 言われて、思い出した。
 そう。アザミの花言葉は物騒な単語が並んでいて、その中に『復讐』という言葉があった。

「復讐って……どうして? 俺、喬哉になにかしたか?」

 復讐なんて穏やかではない単語を聞き、俺は動揺していた。

「したよ。直接は睦貴がしたわけではないが」

 ああ、この表情は、劇の時に何度も見た、ハムレットの昏い瞳だ。復讐を胸に秘め、それを悟られないようにと狂った男を演じていた、ハムレットと同じ瞳。喬哉はまだ、あの劇の続きをしているのだろうか。

「今まで、偽りの関係でも楽しかったよ。こうして壊してしまうのがもったいないと思ってしまうほど」

 昏い笑みを浮かべる喬哉を見て、本気であることが分かった。

「睦貴、今日でお別れだ」

 喬哉は俺に向かって一歩、足を踏み出した。反射的に俺は下がってしまう。
 喬哉に抱いていた違和感の正体は、これだったというのか?
 俺はあまりのことに、首を振るしか出来なかった。





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