愛から始まる物語


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透明なパレット02




     *     *


「あ、むつきだ」
「なんでここでねてるんだ?」

 耳に聞こえてくるのは、舌っ足らずで少しキーの高い独特の声。小さな子どもの声ってなんでこんなに高いんだろうか。
 ……ん? 小さな子どもの声?

「おまえらっ!」

 状況を思い出し、俺は一気に目が覚め、飛び起きた。
 俺の頭があった場所の左右に、双子の兄弟はしゃがみこんで俺をのぞきこんでいた。

「どこに行っていたんだっ!」

 あああ、やっぱり無事だった! この馬鹿者がっ!
 俺は安堵して、双子の馬鹿兄弟を両腕に抱きしめた。大きくなったから、さすがに二人同時に抱っこは無理だが、こうやって抱きしめるのはまだできる。双子は俺の腕の中で苦しそうにもがいている。

「やめろよ、むつき」
「くるしいだろ」

 小さいくせに生意気な口を一人前にきく二人。一人ずつだともじもじして情けないのに、二人揃うと最悪にいたずら坊主となる。生まれた時から二人で一人な双子の兄弟。
 名前の由来は、宝物庫に置いてある双子と思われる仏像から。
 『敦』と『瑞』とかかとに彫られているのを文緒が見つけ、そこから文字を頂戴して、それぞれに付けた。
 『敦』は
「てあつい、念入り」
という意味を持ち、『瑞』は
「めでたい」
という意味があると漢和辞典で調べた。
 これは俺の推測だが、あの双子の仏像はどこかの寺が建立された時にお祝い品として作られたものかもしれない。あるいは、有力者の家に子どもが生まれた時。
 どうしてもあの双子の仏像とこの子たちを切り離して考えられなかった。この子たちはきっと、あの仏像のように二人で一人なのだ。

「あー、たんけん、たのしかった!」
「きれいないけがあったよね」

 二人はお互い、顔を見合わせ、初めての探検を俺に語ってくれた。

「おまえたち二人で行ったのか?」
「ちがうよ。おにいちゃんといっしょだよ」

 のんびりした瑞貴の声に頭痛を覚えた。ちょっと待て、それって一歩間違ったら、誘拐……?
 このお屋敷でそれは有り得ない、と言いたかったのだが、今回の騒動でお屋敷の中だから安全だとは言えないことに気が付いた。兄貴と相談して警備態勢などを見直さないといけないな。

「お兄ちゃんってだれだよ」
「りおーん!」

 敦貴が少し遠いところに向かって手を振っている。俺はそちらに視線をやり、歩いてくる人物を凝視した。
 背の高さはたぶん俺くらい、短く刈り込まれた黒髪にサングラス、日にしっかりと焼けた浅黒い肌。鍛えられているようで、引きしまった身体。こちらに近寄ってきながら、男はサングラスを外した。灰色の瞳。
 それを見て、記憶がつんつんとつつかれる。見覚えがある顔なんだが、いつ、どこで会って、だれだかすぐには思い出せない。

「うわー、おっさんになったなー」

 無遠慮なこの物言い、特徴のあるハスキーな声。

「っておまえ、理園か?」

 犯人はヤス、ならぬ、犯人は理園、おまえだったのかっ!

「あったりー!」

 どれくらいぶりになるのか分からないが、そう言いながら理園は拍手をしながら歩いてきた。敦貴と瑞貴の二人は理園に飛びついている。

「おまえら、飛び付くなっ」
「大丈夫、これくらいならまだ平気だから」

 理園は軽々と二人を片腕ずつに抱え、抱きあげている。

「あれ? いつ、日本に帰ってきたんだ?」
「んー、一週間前くらいかな?」

 色々と思い出した。
 佳山理園。蓮さんの姉である葵さんの息子。といっても、血は繋がってなくて養子らしいのだが。そういうのを
「生(な)さぬ仲」
という。血のつながりのない親子の間柄。
 理園が幼い頃、葵さんの仕事の都合と実家の都合が合わない時、たまに佳山家に泊まりに来ていた。文緒と文彰と理園と柊哉と鈴菜の五人を一度に面倒見たり、今にして思えば、どこの保父さんだよ、俺。
 中学からは寮のついたところに入ったので、それから泊まりに来ることはなくなった。高校を卒業と同時に海外に行ってしまった。空港まで文緒と二人で見送りに行ったのを思い出す。
 年齢は文緒の二つ上だったと思う。

「結婚、おめでとうございます。連絡を取ろうと思っていたんだけど、なかなか手段がなくて、ようやくこうして帰国できたから久しぶりに顔を見に来ようと思って。それに、なにげなくおれたち、姻戚関係だし」

 言われてそういえばそうだな、と気が付いた。

「文緒のこと、狙っていたのにさぁ。でも文緒は昔から『むっちゃーん』って一筋だったしなぁ」

 今、初めて知る事実。文緒の奴、意外にもてるんだな。

「文緒にはまだ会ってないのか?」
「まだ」

 理園は敦貴と瑞貴を地面に降ろし、俺に向き合った。

「海外で色々やってきたけど、やっぱり日本が一番だな。この国が嫌で外に飛び出してみたけど、どこもなじめなかった」
「日本っていいよなぁ」

 アメリカで一人、数年過ごした時に実感したよ。

「外に出て、初めて知る日本の良さ。活動拠点を日本にしようかと思って、戻ってきたんだ」
「活動拠点っておまえ、なにしてるんだ?」
「ん? プロデューサーだよ」

 プロデューサー?

「どんな仕事をしてきたんだ」

 理園は今まで自分の関わってきた仕事を次々と上げてきた。

「おま……ちょ、なにすごいこと、やってるんだよっ」
「すごくなんかないよ」

 うわぁ、こいつ、何気ない顔してとんでもないことばかりやってきていたんだな。

「日本に帰ってきて、仕事のあてはあるのか?」
「ないよ。これから売り込む予定」

 理園にある提案をしようとしたところ、茂みから兄貴が出てきた。双子は憔悴しきった兄貴を見て、歓声をあげている。

「アキだ!」
「きょうはアキもいるよ!」

 二人はうれしそうに兄貴の足にまとわりついている。それを見て、兄貴はしゃがみこみ、けがはないか、お腹は空いてないか、と聞いている。なんだ、その過保護っぷりは。

「無事ならよかった。怖い目に遭わなかったか?」
「だいじょーぶだよ! きれいないけをみてきたんだ」
「あのね、りおんはいけをおよいだんだよ」
「おまえたち、あそこに行けたのか?」
「いったよ、ねー」

 敦貴と瑞貴は顔を見合わせて楽しそうに笑っている。

「あの池、行けたのか?」

 理園にも同じ質問をした。

「ああ、行けた。ちょうど暑かったし、日本で仕事が成功するように祈願してきた」

 得意そうに親指を立てて、ウインクまでしてきやがった。
 昔、四人で行った後に柊哉が自慢そうに理園に話していたのを思い出した。それを覚えていたのだろう。

「おまえは、理園か。久しぶりだな」

 兄貴はすぐに理園が分かったらしい。両手に敦貴と瑞貴を繋いでこちらに歩いてきた。

「お久しぶりです。TAKAYAグループの総帥になられたとか。おめでとうございます」
「ああ、もうずいぶんと前の話だな」

 兄貴が総帥に就任して何年になるんだろう。つい最近のような気もするが、年数を聞いたら驚くんだろうな。

「敦貴と瑞貴はどこに行っていたんだ?」
「あのね、おいけにりおんといってたの」
「おまえかっ」

 兄貴は敦貴と瑞貴の手を離し、理園の頭を脇に抱えて、こぶしでぐりぐりとやっている。

「痛いって」
「悪い子はお仕置きだ!」

 兄貴からすれば、理園は自分の子どもと変わらない年齢だもんな。
 兄貴は理園に
「お仕置き」
が終わったらしい。理園は頭を押さえながら兄貴を見ている。

「相変わらずで安心しました」
「相変わらずはどっちだ」

 兄貴と理園は先ほど俺とやり取りしたような内容の会話をしている。今までどこでなにをしていたのかという話を聞き、兄貴は興味を持ったようだ。

「ほう」

 腕を組み、目を細めて理園を見つめている。まさか力を使っている?

「兄貴?」

 思わず声が上ずる。

「ああ、大丈夫だ。心配するな」

 俺がなにを言いたいか分かってくれたらしい。

「さて、理園。ここで提案だ。うちのグループに芸能プロダクションがあるのは知っているか」
「あるんですか?」
「ああ、あるんだよ。八星(はちほし)まつり、知っているか?」
「八星まつり! 知ってる、ファンなんだ」

 八星まつり、というのは兄貴の奥さんの智鶴さんの芸名。彼女の母親は稀代の名女優と言われた星川なな子。その名をもじって付けた芸名らしい。

「八星まつりが所属していた芸能プロダクションなんだが」
「え? アキさん、八星まつりを知っているの?」
「ああ、よーっく知ってる」

 にやにやしながら兄貴は理園に言っている。人が悪いなぁ、もう。でも面白いので、このまま成り行きを見守ることにした。
 双子はと言うと、庭を走りまわっている。元気が有り余ってるなぁ。

「八星まつりは引退したんだが、ここにいろんな人間が所属している。才能がある人間も多いのだが、なかなか売れない子もたくさんいる。そういう人をプロデュースしてほしいんだが、どうだ?」

 兄貴の提案に理園はものすごく悩んでいるようだ。

「今までの実績を考えたら、もしかしたら物足りない仕事かもしれない。でも、やりがいはあると思う」
「……少し、考えさせてください」

 すぐに返事をもらえるとは思っていなかったようで、兄貴は分かったと言って連絡先を聞いていた。

「さて、文緒が心配しているぞ。戻ろうか」

 走りまわっている二人を回収して、俺たちはお屋敷の中へ入った。中は冷房がしっかり入っているので涼しくて気持ちがよかった。
 兄貴は自分の部屋に戻った。俺は理園と双子を連れ、文緒の待つ部屋へと行く。

「ただいま」
「ふみお、ただいまー」

 文緒はうたた寝をしていたようで、俺たちの声を聞いてあわてて起きた。

「ちょっと睦貴!」

 文緒はまず、俺を見て悲鳴を上げる。

「どうして血だらけのぼろぼろになってるわけ? 敦貴、瑞貴! まさかあなたたち、危ないことでも」
「ちがうよぉ」
「ぼくたち、あぶないことはしてないよ」

 俺の姿を見て、文緒は最悪なことを想像したらしい。文緒の叱責に泣きそうになっている二人をかばう。

「これは二人とは関係ないよ。二人はこいつが連れていたんだよ」
「ども、お久しぶり」

 理園は頭を下げ、口角をあげて笑っている。

「えー、理園なの? うわぁ、久しぶり! 何年ぶり?」
「よかった、おれのこと、覚えてくれていたんだ」
「覚えていたよ。散々私のこと、いじめて泣かしてくれたから」

 そうそう、理園って遊びにくると必ず文緒を泣かしていたんだよな。今思えば、好きな子にいたずらしたがる子どもの反応だった。

「いやぁ、あれはほんと、悪かったって思ってる。だっておれ、文緒のことが好きだったんだもん」

 理園、ちょっと待て。だんなの前でいきなり口説くな。こう見えても俺は文緒のだんななんだぞっ!

「あはは、相変わらず理園は冗談が上手ね」
「冗談じゃない、本気だ」
「本気だとしても、私には睦貴がいるから。その……ごめんね」

 ときっぱりと断ってくれた。文緒、男前すぎる。

「昔から分かっていたことなんだけどね。どうしても気持ちを伝えたくて」

 理園は悲しそうな表情をしていたが、想いを伝えられたことで妙にすっきりしていた。

「りおん、たたかいごっこしてあそぼうよ」

 しんみりした空気を感じたらしい双子は、それを壊すために元気よく理園に飛びついていた。理園も気を取り直し、二人の相手をしてくれている。

「睦貴、とりあえず着替えなさい」
「……はい」

 文緒に強く言われ、しょんぼりしてシャツを脱いだ。よく見ると、あちこちに刺し傷と切り傷があった。お風呂に入る時、しみそうだ。
 着替えてから、文緒の元へ向かう。こんなにうるさいのに、咲絵は寝ているようだ。将来、大物の気配。

「で、なんでぼろぼろになっているわけ?」

 呆れたような口調に話しにくいな、と思いながらも兄貴と庭に出て池に向かって迷子になったという話をした。

「垣根に突っ込むなんて……相変わらずで呆れるわ」

 この歳になっても落ち着きなくてスミマセン。というかもう、この落ち着きのなさは一生、直らないと思う。

「帰ってくるまで、気が気でなかったのよ」

 という割には寝ていたよな、と思ったが、自分も炎天下で寝ていたので人のことを言えない。それくらい図太くないときっとこの先、やっていけないと思う、色々と。

「無事でよかったわ」

 まったくもう、本当にそう思うよ。

 この後、帰ってきた蓮さんと奈津美さんも交えて食事をして、理園はその日、お屋敷の適当な部屋に泊まっていった。
 理園は佳山家の鍵を預かっていたらしく、ありがとうと蓮さんに返していた。なるほど、あれであの庭に入ったのか。疑問は解けた。
 朝起きて、佳山家に朝食を食べに行く途中で兄貴に出会い、理園は朝早くに帰って行ったと聞かされた。

「昨日の仕事の件はもう少し考えさせてほしいと言っていた」

 俺にはこの時、理園が仕事を受けるという確信しかなかった。
 それから数日後、兄貴の携帯電話に連絡が入り、理園は仕事を引き受けたいと連絡してきたらしい。予想通りだ。

「文緒をプロデュースしたいからこれ以上の子作りは勘弁してくれ、と理園から伝言を預かっているぞ」

 あいつはなにを考えてるんだっ! 断わる!
 帰ってからインターネットで調べたんだろうな、きっと。あの場では文緒がモデルをやっている、という話は一切しなかったから。

 食堂で智鶴さんと出会った時の理園の衝撃の表情を思い出して思わず笑ってしまった。

「なにを思い出し笑いをしているんだ」
「智鶴さんを見て驚いていた時のことを思い出していたんだ」
「ああ、あれは面白かったな」

 兄貴も思い出したようで、笑っている。
 昨日の夕食の時、最初、食堂には鈴菜が入ってきた。鈴菜は理園を見て驚いていた。
 久しぶり、と言っているところをみると、鈴菜はきちんと理園のことを覚えていたらしい。理園が覚えてくれていたんだ、とうれしそうに言うと、文緒姉さんをいじめていた嫌な人として覚えていたと言った時の、あの悲しそうな顔といったら!
 それだけでも楽しかったのだが、咲絵より一年先に産まれていた穂乃香(ほのか)を抱いた智鶴さんが食堂に入ってきた時の理園の反応が、一番面白かった!
 あごが外れるのではないだろうか、というくらいあんぐりと口を開け、目もこぼれるんじゃないかというくらい見開いていた。
 理園はこのお屋敷に来るのが初めてではないが、そういえば、智鶴さんとはここで会ったことはなかったかも。それであの時、兄貴はにやにやしていたのか。
 それにしても、理園って意外にいじりがいのあるヤツだ。




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