愛から始まる物語


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水空04



     *   *

 夕食が済み、たまたま京佳と二人っきりになった。
 京佳は今日、このお屋敷の中の京佳専用の部屋に泊まることになっていた。
 明日、柊哉とともに辰己のお屋敷に戻る予定らしい。

「京佳はだれが好きなんだ?」

 いろいろとどうやって聞こうかと考えていたんだが……ストレートに聞くのが一番のような気がして、しかも偶然にも二人きりになれたため、単刀直入に聞いてしまった。

「睦貴さんってたまに意地悪になるんですね」

 俺の質問に京佳は予想以上に真っ赤になった。
 なんか俺、聞いたらいけないことでも聞いた?

「言わなくても知ってるでしょう?」

 ともじもじしているから、俺は激しく勘違いしてしまった。
 ちょっと待ってくれよ!
 京佳……まさかとは思うが。

「好き」

 えええ?
 いきなりここで告白っ!?
 あせって京佳の肩に手をかけたところで食堂から出てきた文緒と目が合い……。
 驚いたような表情をして、ふっと眼をそらされ、きびすを返して……って、そっちって柊哉の部屋じゃないか!

「文緒、待て!」

 俺の声に京佳は振り返り、文緒の背中を認め、大きなため息をついた。

「この際だから言っておきます」

 京佳はにらむように俺を見た。

「わたし、睦貴さんのこと、好きですよ。だけど、それは人として好きなだけですから!」

 あああ、びっくりした!
 好き、なんて言うからもしかして? なんて誤解してしまったじゃないか!
 言葉少なめだからあまり目立たないけど、京佳は深町さんにも似ているし、母親である彼方さんの中性的な雰囲気も持った不思議な女性だ。
 しかも最近、京佳は急にきれいになった。
 だれかに恋している、と柊哉が思っても仕方がないよなぁ。

「睦貴さんだから話しますけど、わたし、昔から柊哉が好きだったんです」

 そうなのか。
 深町さんもそう言っていたなぁ。

「でも……柊哉は高屋を継ぐから、諦めていたの」

 京佳は目を伏せて悲しそうに声を震わせる。

「諦めて……ようやく諦めがついたときに、柊哉が辰己を継ぐって言われて……戸惑った」

 それは柊哉も同じだったようだ。
 ってことは……なーんだ、相思相愛ってやつなんじゃないか!
 ふと京佳を見ると、涙目になっていた。どうしてそんな表情をしているのかわからなくて、どう声をかけようと悩んでいたら……。

「おっさん……文緒に京佳に泣かすなんて、最低だな!」

 後ろから肩をつかまれ、殴られそうになったのであわてて身体を引いて、柊哉のこぶしをかわす。
 廊下の向こう側に視線をやると、頬を涙でぬらした文緒がこちらをじっと見つめていた。
 柊哉の手を避け、俺は文緒の元まで走り寄る。

「こっちにこないで!」

 文緒に拒否の言葉を吐かれたが、止まらなかった。

「睦貴なんて……睦貴なんて!」

 また泣き出しそうな文緒に、俺は無言で抱きしめた。

「馬鹿。俺にはもう、おまえ以外の女は要らないんだよ」
「うそ。さっき、京佳にキス……していたじゃない!」

 どこをどう見たらキスしているように見えたんだ?

「京佳も好きって言ってるし」

 文緒は涙声でそんなことを口にする。

「文緒、勘違いしないで」

 京佳は少し赤い顔をしてこちらに歩いてきた。
 後ろからかなり怒った表情の柊哉が来る。

「睦貴さんに好きな人はだれ、と聞かれたから答えようとしたら、緊張で変なところで言葉が切れちゃったのよ」

 京佳はさらに真っ赤になり、口を開こうとしたら。

「京佳! おれ……、京佳のこと、好きなんだ!」

 柊哉は京佳の背中に向かって叫んだ。
 京佳は口を開いたまま、柊哉を振り返る。

「え……だって、柊哉。文緒のことが」
「ああ、文緒のことも好きだ。だけど、それは……友だちとしての好きだ。京佳のことは、一人の女性として、好きなんだ」

 うわぁ、これって……!

「おれはちょっと前まで高屋だったから、京佳のことは諦めようと思っていた。だけど……おれはなぜか辰己になった」

 今は深町さんと彼方さんと養子縁組をしているから、書類上では京佳とは義理の兄妹となる。
 柊哉はそんなことをいいつつ、京佳に視線を定める。

「いきなり義理とはいえ、好きな人が妹になって……戸惑っていた。でも、血の繋がりでは従兄妹で、その」

 ああ、そうか。
 なんだかややこしいけど、京佳の父親である深町さんと柊哉の母親の智鶴さんは腹違いの兄妹なのだ。
 だから二人はもともと従兄妹で、血縁的には繋がってはいるけど、結婚はできて……でも、今は養子縁組していて。
 あああ、ややこしい!

「わ、わたしも……柊哉のこと、好きだよ」

 京佳の言葉が信じられないらしい柊哉は、目を見開いて京佳を見つめている。
 俺たち、思いっきりお邪魔虫?
 俺は文緒に目で合図をして、そっとその場を去った。


「睦貴は知っていたの?」

 部屋に戻り、文緒に少し横になるように促す。
 先ほどの件で変にお腹に負担がかかってなければいいんだが。
 文緒は素直にベッドに横になった。
 俺はお茶を入れ、サイドテーブルに置く。

「なにが?」
「二人がお互い、想いあっていること」
「知らなかったよ。さっき、柊哉に京佳が好きと言われて、京佳が好きな人を文緒に聞いてほしいと依頼されて聞いたんだ」

 文緒は少し考えて、ふう、とため息を吐いた。

「そういう……ことだったんだ。私はてっきり、睦貴が京佳を口説くのかと」

 どうしてそういう発想になるんだ?

「京佳ね、いつも睦貴を見ていたの」

 そうなのか?

「京佳、ずっと睦貴のことが好きだったの。でも、私も睦貴のことが好きなのを知っていて、あの子、身を引いたと思っていた」

 どうしてそうなるんだよ。

「京佳は柊哉のことが好きだと言っていたぞ」

 そう口にして、ふと京佳の視線を思い出す。
 ……確かにたまに、京佳の視線、ってやつを感じてはいた。だけどそういう時、たいてい柊哉が側にいて……。

「俺を見る振りして、柊哉を見ていただけだと思うんだが」

 文緒は俺のことをかっこいいとかいろいろ言ってくれるけど、柊哉の方が将来性も見た目も上だぞ。

「でも」

 文緒は寝返りを打ち、俺に背中を向けた。

「京佳はずっと、睦貴のこと」
「あのな。京佳が俺のことを好きでも嫌いでも、どっちでもいいの。俺は文緒が好きなんであって、後にも先にも文緒しかもう要らない」
「嘘ばっかり。睦貴、もてるから……」

 もてないから!
 だれとも知らない人の好意よりも、文緒の『愛してる』という一言がほしくて、俺は日々、必死なのに!
 そのことがわかってほしくて、俺はベッドに腰掛け、文緒の肩をなでる。

「俺は百万人からの『好き』という言葉より、文緒からの『好き』の言葉がほしい」

 これで俺が文緒のことがどれだけ好きかわかってもらえるかな?

「俺は文緒が一番大切だ。もちろん、子どもも大切だけど、いつだって文緒が一番だから」
「……本当に?」
「文緒、俺は文緒を手に入れたくて、高屋を捨てた」

 それは文緒もよく知っていること。

「だけど俺が不甲斐ないばっかりにきちんと捨てきれてなくて、子どもに迷惑をかけてしまった。われながらひどい父親だと思う」

 文緒は俺の言葉に身動きしない。

「兄貴が望む通り、文緒のお腹の中にいるのは、男の子だ。しかも、二人とも」

 文緒はもう一度寝返りを打ち、こちらに顔を向ける。その瞳には、涙が浮かんでいた。

「あの宝物庫の双子の仏像が文緒のお腹に宿った、と言ったら……笑うか?」

 文緒は無言で首を振る。

「どちらか片方を手元に残そうかと思った。だけど今日、あの池の中から太陽が見えて、最初二つに見えたんだ。だけどそれは重なってひとつになった」

 あの不思議な光景を思い出した。
 にごった水が一瞬のうちに透明になり、水面に太陽が二つ、見えた。
 徐々にゆれていた水は止まり、太陽がひとつになった。

「俺たちのところに双子として生を受け、生まれてこようとしているのに意味があると思うんだ。この二人は、二人で一人なんだ。引き離してはいけないと思う」

 文緒は極力、明るく努めようとしているのは知っていた。
 夜中に俺に悟られないように一人で泣いているのも知っていた。起きて慰めようと何度も思ったが、言葉が出てこなかった。
 この世に生まれ出で、大人の事情で引き離されないといけない二人の将来を憂いて泣いている文緒になんと声をかければいいのか──。
 ずっとずっと、悩んでいた。

「兄貴に二人とも高屋にしてほしいとお願いするよ。育てるのは文緒がだけどな」

 文緒は目を見開き、俺をじっと見つめている。
 大きな目から瞳がこぼれそうで、俺は不安になった。

「私が……二人を育てても、いいの?」
「当たり前だろう。文緒が母親、なんだから。書類上では違うけど、産みの親は一人しかなれないんだから」

 その言葉に、文緒の瞳から涙があふれ出た。

「私……育てられないとずっと思っていた」

 養子には出すけど、文緒のお腹にいる二人は俺と文緒の愛の結晶なのだから。

「俺が文緒を手に入れたことで……その代償を子どもが払わなくてならなくなってしまったから。俺はできるだけ、文緒と子どもに償いをするよ」
「償い、だなんて……!」
「俺はね、文緒。子どもと文緒が幸せなら、幸せなんだ。その幸せのためなら、どんな大変なことだって耐えてみせるよ」

 俺は文緒に笑顔を見せたつもりだった。
 だけど文緒はそんな俺を見て、ますます泣き始めてしまった。

「どうして泣くんだよ。文緒が悲しいと、俺も悲しいから……ほら、笑って」
「なんで睦貴は……! あの仏像と一緒じゃないの!」

 文緒の視線は、机の上に置かれた片腕の観音像に移った。

「人を犠牲にして得た幸せなんて、要らない!」

 ずっと文緒は我慢していたようで、そう口にした途端、堰を切ったように号泣し始めた。
 俺はどうすればいいのかわからなくて、文緒の頭をなでた。

「あの仏像だっておかしいよ! 自分が犠牲になるなんて、そんなの、自己満足じゃない!」

 文緒はしゃっくりを上げながら、さらに言葉を紡ぐ。

「犠牲になることで他人を幸せにしたって、相手は苦しいだけだよ。自分の存在が、その人に苦痛を与えているなんて、私は耐えられない!」

 俺はその文緒の「普通の感覚にいつも救われていた。
 今だってそうだ。

「睦貴、そんな悲しいこと言わないで。私、今のままでも幸せなんだから。睦貴が私のことを好きでいてくれて、そして子どもたちがいる」

 多くは望まない、と文緒は言ってくれる。
 文緒は、こんな俺でもありのままを受け入れてくれた。しかも、俺の願いを叶えてくれた。俺なんかと違って、自分が犠牲になることなく、救ってくれた。
 文緒は強い。
 俺はその文緒の強さと素直さに惹かれた。

「文緒、ありがとう。俺の女神だよ、なんて言ったら笑うかい?」

 俺のその言葉に、文緒は泣き止み、見たことがないほど真っ赤に顔を染めた。耳まで真っ赤になっている。

「どうしてそんな恥ずかしいことを言うの!」

 ようやく泣き止んでくれた文緒に俺は口付けた。

「相変わらずしょっぱいキスだ」

 涙をなめとったら文緒はくすぐったそうに身体をよじり、俺の肩を軽く叩いた。



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