愛から始まる物語


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アルカイク・スマイル08



 そういえば、柊哉と深町さんの仲ってどうなんだっけ?
 ふと考えて、ああ、と思い出す。
 柊哉、そういえば深町さんを尊敬していたなぁ、と。
 深町さんがまだ、兄貴の秘書を務めていた頃。深町さんによく、宿題で分からないところだとか聞いていたよな。俺に聞け、と言っても聞いてこなかったのに、あいつ。それなら……問題はないような気がする。
 しかしまあ……柊哉のやつ、まだ文緒を諦めてなかったのか? 往生際が悪いというか、なんというか。
 ああ……そこは真理なのか。あの真理もずっと、智鶴さんの母である唯花(ゆいか)さんをずっと想っていたみたいだし。摂理と駆け落ちするくらい、嫌われていたにも関わらず、だ。いやぁ、血とは恐ろしい。
 しかし。今回の話、俺なんて関係ないじゃないか。柊哉の処遇の話であって、俺なんて出る幕はないじゃないか。

「睦貴」

 と思っていたら、兄貴は座った目のまま、俺を見てくる。

「なっ、なにっ?」

 早いところ、逃げればよかった、と思った時には後の祭り。

「柊哉が辰己の家に行くとなると、俺の次に後継権があるのはおまえになる」

 え、いや。俺はだって、高屋の家を捨てたんだぞ?

「おまえが結婚するとき、親父に一応、相談に行ったんだ」

 あ、そうだったんだ。
 俺が文緒から結婚してください、と言われたときは、すでに俺が書く以外の場所は埋まっていたから、そういうことがあったなんて今の今まで知らなかった。

「親父はものすごくしぶっていたんだ、おまえが高屋を捨てることを」

 そういえば、そんなことを言っていたな。あのくそ親父。こうなることを知っていたのか?

「あんのくそじじい……。こうなることを知っていたんだな」

 兄貴はぶつぶつとそういい、俺の頭を思いっきり殴ってきた。
 痛いって! やつあたり、反対っ!

「睦貴、諦めろ。おまえのところに男が産まれたら、その子は即、うちと養子縁組だ」

 はぁ?

「なに言ってるんだ? 智鶴さんのお腹にいる子、男の可能性は?」
「ない。出生前診断をして、女だとはっきり分かっている」

 うっわー、まじかよっ!? DNAできちんと女、と分かっているのなら、それはどう考えても覆せないな。

「じゃあ、四人目を……」
「馬鹿もの。ちぃに四人目ができるより、おまえのところに子どもができる方が先だ」

 と断言されても。
 いや、それより。四人目も作る気でいるのか、このおっさん?

 部屋に戻る。文緒は、ずっと下を向いたままだ。理由は……分かっている。

「文緒?」

 声をかける。が、返事はない。
 下を向いたままの文緒が気になり、しゃがみこんで下から見上げる。すると、珍しく顔をそむけられた。
 さっき、兄貴が言ったことが原因か。

「私……」

 今にも泣き出しそうな文緒を、ギュッと抱きしめる。

「今日だけ……睦貴のことが、嫌いになった」

 分かっていた言葉だったけど、文緒からそう言われ、ずきり、と心が痛む。
 俺は、そういう家のごたごただとかが嫌だったのもあって、高屋を捨てたのに。結局……それは俺の自己満足でしかなかったようだ。文緒をこうして、傷つけている。

「ごめん、文緒」

 謝ったところで仕方がないのは分かっている。だけど、そうとしか言えなかった。

「睦貴のせいじゃないって分かってる。睦貴がだれだっていいって……思っていた」

 まあ、俺は俺でしかないわけなんだが。

「蓮となっちゃんに言われたの。睦貴は近くにいて、一緒に暮らしてるけど、住む世界が違うんだから。好きになったら辛いだけだよ、って」

 あのふたりなら、そう言いそうだ。こうなることが分かっていただろうから。それでも、最終的には許可をして結婚を承諾したんだから、あのふたりも甘いよなぁ。
 一番は、俺が文緒の想いを受け入れなければよかった、んだろうけど。そんなの、無理だよ。
 文緒への想いから気持ちをそむけていたのに、文緒自身がそれに気がつかせてしまったんだから。気がついてしまったら、忘れることもそむけることもできなかった。文緒を苦しめることしかない、のは分かっていたのに。

「だけどね、睦貴。やっぱり私、睦貴のことが嫌いになれないよ」


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