愛から始まる物語


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アルカイク・スマイル07




「僕と智鶴の場合、まあ、僕が先に産まれていたのと男だったということで仕方がなく僕が継ぎましたけど」

 深町さんは文緒が入れてくれたお茶を一口含み、

「お茶、美味しいですね。文緒、腕をあげましたね」

 と一言つぶやき、兄貴に視線をさだめ直し、

「兄弟姉妹の中で一番最初に男が産まれたら、自動的にその子が辰己の家を継ぐ、のがルールなんです」

 ──ということは?

「智鶴はうちに嫁に来ただろう?」
「ええ、そうですね。ですが……辰己ルールに関しては、それは関係ないのです。兄弟姉妹の中で一番最初の男、なので嫁に行っていても関係ないのです」

 ということは。
 実は、柊哉は辰己の跡取りだった、ということか!?

「僕も最近、それを知りまして。かなり困惑していて」

 本当に困ったように眉尻を下げ、深町さんは兄貴を見ている。
 兄貴は……目が据わった表情で深町さんを睨みつけている。

「柊哉は、うちの跡取りだ」

 うん、そうだよな。
 だから……親父もきっと、俺が『高屋』から『佳山』になることに関してなにも言ってこなかった。
 ……いや。あいつは……知っていたんだ、この辰己ルールを。

「もちろん、知っていますよ。僕もそのつもりでいましたから」

 だけど、と深町さんは続ける。

「京佳も二十歳になりましたし、辰己の家を継いでもらうための手続きをしようかとしましたら──まあ、この『辰己ルール』なるものを知りまして」
「そんなもの、破棄してしまえばいいだろう」
「僕としましてもそうしたいのはやまやまなんですが。辰己の家もなかなかやっかいでしてね。そういうわけのわからないルールを改正するためには、長老たち全員から同意を得なくてはならないのですよ」

 高屋の家は結構、そういうところはいい加減、というかルーズというか。家督争いでお家断絶、という事態を避けるためのルール決めがあるくらいで、特になにもなかったはず、だ。
 だけど、辰己の家にはいろいろとなんだかうるさそうな取りきめがたくさんあるみたいだ。
 それが原因なのか? アバウトな高屋とがっちがちな取り決めをしている辰己の仲が悪いのは。そんなくだらない理由のような気がしてきた。

「だが」

 兄貴は深町さんに視線をさだめたまま、口を開く。

「柊哉本人も、高屋を継ぐつもりでいる」
「そうでしょうね。それが、高屋なのが辰己に変わるだけです」

 と深町さんはそれほど問題ではないように言うけど。そこは大きな問題だと思うんだが。すでにあちこちに柊哉が後継者、というのは公式にではないにしろ、アナウンスされているようなものだし。

「柊哉がいまだに文緒のことを諦めきれていないのも知っていますよ」

 ……マジかよ。柊哉、しつこすぎだぞ、それ。

「柊哉の性格は、高屋というより思いっきり辰己の性格だと思うんですよね。だから、なじんでしまえばまったく問題ないと思いますよ」

 と、ようやく深町さんはいつもの柔和な表情を取り戻し、そんなことを言ってくる。
 深町さんの言っていることには、一理ある。柊哉の性格は、兄貴にまったく似ていない。
 智鶴さんは普段はおっとりとしてやさしいけど、いざという時はものすごく怖い。
 あの蓮さんでさえ、引くほどに。蓮さんの中で智鶴さんって、壁の中なのか、外なのか。奈津美さんから蓮さんは『線引き』して付き合う人、というのを聞いてから、たまに考えてしまう。本人に直接聞いたところで答えが返ってくるように思えないし、奈津美さんも分かっているのかが分からない。蓮さんは普通に智鶴さんと話しているから……内側の人、なんだろうなぁ。ただ、得意・不得意で語れば、たぶん、不得意な部類に入る人なんだろう。と思うと、智鶴さんはある意味、貴重な人材なのか。

「深町、分かったわ」

 布団に横になったまま、智鶴さんが口を開く。

「わたしは辰己の家でまったく過ごしたことがないから分からないけど、前からずっと、なんとなく違和感というか……かみ合わないものを持っていたの」
「ちぃ?」

 兄貴が驚いたように目を見開き、智鶴さんを見つめている。

「柊哉、驚くほどアキや睦貴と違う性格なんですもの。辰己の性格、と言われて納得したわ。あの子、高屋の家に合わないとずっと思っていたのよね」

 先ほどまでの顔色の悪さを忘れるくらい、智鶴さんは楽しそうに笑いながら身を起こす。文緒があわてて、智鶴さんをサポートしている。

「アキ、柊哉は高屋の枠にはおさまらないわよ」
「…………」

 智鶴さんは布団の上に座り、文緒に支えられながら、言葉を紡ぐ。

「アキは柊哉を高屋の枠におさめようとしていた。だけど、柊哉が持っているものは高屋の枠にはまる形ではなくて、辰己の形だから……反発しあっても仕方がなかったのよ」

 智鶴さんの言っている意味が、俺にはよく分かる。兄貴は、たぶんもう、分かっているのだ。だけど、急に自分の息子がおまえの息子ではない、と言われたくらいのショックを受けているのは……なんとなく、分かる。

「深町、柊哉へはわたしから話をしておくわ」


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