アルカイク・スマイル06
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そういえば、と思い出す。
深町さんに連絡をしよう、と思っていたのだ。日本に帰ってきました、と報告しておかないと、後から直接顔を合わせた時、文句を言われるなぁ。と思いつつも、ばたばたしていてついつい、後回しになっていた。
とりあえず、携帯電話の番号は変わってないらしいので、かける。呼び出し音は何度も鳴るのに、留守番電話にさえならない。このまましつこく鳴らし続けるのもなぁ……と思って電話を切ろうとしたところ。
『ああ、睦貴ですか』
と聞きなれたにこやかな声が受話器から聞こえてきた。
うっわ、微妙に怒っている、この声。
「こんにちは。深町さん、相変わらずのようで」
分かっているのに、深町さん相手だとついつい要らない一言を言ってしまう。
たぶん、それは俺がM体質で、深町さんが根っからのSだからだ。本能的にいじめてほしい、と思っているんだろうな。どれだけマゾなんだ、俺。
『いいところにかけてきました』
うわー、最悪のタイミングでかけてしまったか、俺!?
『僕に電話をかけてきた、ということは、日本に帰ってきているんですよね?』
「そうだけど……」
『分かりました。今日の夕方、そちらにうかがいます』
ええええっ!? ちょ、ちょっとっ! そんな、心の準備というものがっ!
『秋孝にもそれに合わせて帰ってきてもらうように僕から連絡入れますから。あ、智鶴もいるよね、そっちに』
「はい」
深町さんと智鶴さんは腹違いの兄妹だ。そのことが、深町さんの訪問に大きな意味があることをこの時の俺にはまったく知る由もなく。
『睦貴と文緒も同席するように』
それだけ言われ、深町さんは一方的に電話を切った。ちょっと……。
夕方。気が重いな、と思いつつ、夕食を食べるために食堂に出向く。食堂に行くと、智鶴さん以外……要するに、兄貴と蓮さんと奈津美さんがいた。
そのままいつも通りにご飯を食べ、部屋に戻ろうとしたら、兄貴に部屋に来るように言われた。そのまま文緒とふたり、兄貴の後ろにくっついて部屋へ一緒に入る。兄貴の部屋に入るのは別に初めてじゃないけど、そういえば久しぶりだな。
部屋に入ると、先ほどまで智鶴さんは寝ていたようで、少し眠そうな表情で隣の部屋からこちらにやってきた。
「お母さん、ご飯食べてないんじゃあ……」
「うん、大丈夫よ。先に軽く食べていたから」
うっすらと微笑んでいる智鶴さんを見て、大変そうだな、と思う。だけど、男の俺はそう思うことしかできない。
それほど待たずに、深町さんが部屋にやってきた。
「こんばんは。全員、揃っていますね」
と俺たちを一瞥して、それでは、と口を開く。
「つい最近、知ったことなのですが」
文緒は全員のお茶を用意して、俺の横に座る。
「どうやら辰己の家にはいろんなルールが存在していまして」
と前置きをして、深町さんは一度、口を閉じる。
あの……俺がここにいる理由は? 辰己の家の話をされても、俺、今はもう佳山だし?
「高屋の家も長男が家を継ぐ、という暗黙の了解みたいなものがあるんですよね?」
「そうだが」
深町さんの言葉に、兄貴は戸惑ったように同意する。
俺は知らないけど、親父の話から察すると、そういうものがあるのだろう。
それを破ってでもあの母は俺を高屋の跡継ぎにしようとしていたらしいんだが。迷惑なんだよな、それがそもそも。
「辰己の家も、そうなんです」
へー。
まあ、高屋も辰己も旧家、だからね。そういう独自ルールを決めておかないと、家督争いだとか? が発生するもんな。
そういう決まりごとがあったとしても、暗殺されたり親父の兄みたいに殺された?りすれば意味がないんだが。
あれもまあ……調べた方がいいのかなぁ? だけどなぁ。調べたところで……。何年前の話か知らないが、時効だよな、明らかに。それに、調べて犯人が分かったところで生き返るわけでもないし。後味が悪い、というだけだよなぁ。
「高屋の家はどういうルールがあるのか知りませんが、辰己の家の相続は、一番最初に産まれた男子が継ぐ、という明確なルールがあるらしいのです」
ほう。
「高屋の家は……。そこまで明確なものはないな。基本的には相続した人間の長男が継ぐことになっている、と思う」
ということは、柊哉が跡継ぎ、ということになるんだよな。俺にはまったくその権利、はないみたいだ。いや、ほしくないんだが。
「僕の言った意味が分かりますか、秋孝?」
深町さんを見ると、今まで見たことのない真面目な表情をしていた。いや、深町さんがいつもふざけた表情をしているわけではない。いつ見ても柔和な笑みをたたえている深町さんが、その笑みを消して、普段では考えられない真顔をしていたから驚いた。
そして……深町さんの言った言葉を考える。
一番最初に生まれた男子……?
とそこで、深町さんのところを思い出す。
確か、深町さんには子どもがひとりしかいなかったはずだ。奥さんの彼方さんとの間に生まれた京佳(きょうか)という女の子。文緒と同じ年で、二十歳のはずだ。
俺が知っている限りでは、彼女ひとりしか子どもがいないはずだ。……深町さんがよそで子どもを作っていない限りは。
えーっと、実は京佳が男だった、というオチは……ないよな? それだったら深町さんがわざわざここに出向いてそんな説明をしに来る理由が分からないし。
どういうことだ?
「深町、もしかして」
兄貴は深町さんの言いたいことが分かったようで、青ざめた顔をしている。
「僕の言いたいこと、分かってもらえましたか?」
「おまえ……!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気に、兄貴の腕をつかむ。
ふと見ると、智鶴さんは倒れそうなくらい、真っ青な顔になっている。
「お母さん、大丈夫? 辛いようなら、少し横になって」
智鶴さんは大丈夫、と首をふるふると振っていたけど、どう見ても大丈夫そうに見えない。
文緒はどこからか敷き布団を持ってきて、智鶴さんにそこに横になるように言っている。
その間、兄貴はずっと深町さんを睨みつけたまま。
深町さんはいつも以上に表情の読めない顔で兄貴を見ている。
「幸いにも、京佳は柊哉のことが好きみたいですし」
え……。ちょっと待て。
俺は文緒に介抱されて布団に横になっている智鶴さんを見る。
そういえば……すっかり忘れていたけど、智鶴さんはもともと、辰己の人間なのだ。と言っても、深町さんとは腹違いなんだが。深町さんと智鶴さんは、真理の弟の摂理の子どもなのだ。