アルカイク・スマイル04
荒々しく開かれた扉の向こうには会いたくないあいつがいるらしく、耳の奥をひっかくような甲高い声が聞こえてくる。声も聞きたくなくて、俺は扉に背中を預け、耳をふさぐ。
気のせいか、自分の体温が急激に下がってきたような気がする。身体が勝手に震えている。意識しないと息もできない。
「睦貴」
文緒は囁くように呟き、心配そうに俺に抱きついてくる。それだけで、少し現実に帰ってくることができた。
「文緒……」
助けてほしくて、文緒の身体にギュッとすがりつく。なにかわからないものに溺れてしまいそうで、怖い。
文緒がやさしく頬にキスをしてくれる。キスをしてもらったところだけ、急に熱を帯びる。文緒に助けてほしくて、水面に空気を求めに群がる魚のように文緒の唇を探し、むさぼる。ただただ、文緒に助けを求めるようにキスをした。
どれくらいそうしていたのだろうか。部屋の外が急に静かになり、少ししてから扉が叩かれた。文緒から唇を離すと、暗闇に慣れた目は文緒の困ったような表情をとらえることができた。
「ごめん」
自分が今、どれだけ大人気なく文緒にキスをしていたのか思い出し、謝る。
「なんでそこで謝るのよ」
そう言った文緒の息に少し甘さを感じたのは、気のせいか。
文緒がゆっくりと扉の外を確認してくれ、隣の部屋には親父しかいないことが分かってもすぐには出ることができなかった。
相変わらずヘタレだな、俺。
文緒に出ておいでよ、と腕を引っ張られてようやく部屋を出ることができた。情けない。
石橋が目の前にあったら叩いて叩いて、徹底的に叩いて破壊するタイプ、だからな、俺は。で、ほら、壊れた、と言うヤツ。石橋なんだから、ハンマー使って叩けば壊れるって。分かっていながらも、やってしまうんだよな。
隣の部屋に戻り、ふと時計を見ると、ここに来てからかなりの時間が経っていることを知った。
「俺、帰るわ」
大きくため息をつき、親父の部屋から辞そうとしたら、呼びとめられた。
「睦貴、早く孫を見せてくれないかの」
親父は急に好々爺な顔でそんなことを言ってくるから、文緒とふたりして吹いた。
「兄貴のところの柊哉と鈴菜がいるだろうっ!? それに、智鶴さんのお腹の中にも三人目がいるだろっ!」
こいつ、こんなに子どもが好きだったか?
「ああ、もちろん知っているよ。孫はかわいいねぇ。おまえたちみたいな憎々しい口をたまに聞くけど、それでも孫というのは、手離しでかわいい」
今まで見たことのないほどのデレデレの顔で、正直、見たくなかったわ。
「柊哉もいることだし、高屋の家も安泰じゃないか」
俺のその言葉に、親父の表情は一瞬曇ったが、見間違えか、と思うほど、次の瞬間にはまたデレデレの表情で、
「大学を卒業したら、睦貴、おまえが柊哉を教えるそうじゃないか」
このじじい……。嫌なことを思い出させやがって。
「そうだよ、なぜか俺が、ね」
ムッとした表情でそう告げると、親父は面白いものでも見たかのように声をあげて笑っている。面白くもなんともないわっ!
「秋孝は本当に人を見る目がある」
なにがだよっ!? 俺は人に教えるのが苦手なんだよっ!
「柊哉がどんな経営者になるのか、楽しみだな」
くすくすと笑う親父に口をへの字にして、部屋を出ようとしたら。
「ああ、そうだ」
親父はなにかを思い出したのか、ぽん、と手を叩いて机に向かう。
「これを渡しておこうと思って」
と、シルバーのキーチェーンのついた鍵を渡された。
「これは?」
見覚えのあるキーチェーンだったけど、それがなんなのか思い出せない。
「昔、よく勝手に鍵を持ち出して入っていた建物、覚えていないか?」
と言われ、ああ、と思い出す。
そうだ。このキーチェーン、俺が勝手につけたやつだ。
鍵置き場には本当にたくさんの鍵が置かれていて、すぐにどれかわからないからと思って、俺が勝手につけた。
このお屋敷の少し外れに建っている、倉庫の鍵。倉庫、というと語弊があるかもしれないが、宝物庫、と言った方がいいか?
「あそこのもの、おまえにやるよ」
……はいっ?
「あれって」
埃っぽいあの建物の中、所狭しといろんなものが置かれていた。ガラクタからお宝まで。
「総帥を引退してから長い時間をかけてあそこを片づけた。おまえは……あそこにある双子の仏像がお気に入りだっただろう?」
言われるまで忘れていた。
そうそう、あそこにある双子の仏像……って。
「なんでそれ、知ってるんだよ?」
だれにも話したこと、ないのに。
「秋孝に聞かれた。ここのどこかに双子の仏像があるのか、と」
ああ、兄貴。って! なんでそれも見てるのだ、おにーさま。
「秋孝もあそこをおまえにやるのは同意済みだ。ありがたく受け取っておけ」
と言われたけど。