愛から始まる物語


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アルカイク・スマイル03




「睦貴っ!?」

 表紙をめくってすぐのところに、若かりし頃の母と、十八・九の頃の俺そっくりなだれか、が写っている。

「それが兄だよ」

 写真を凝視する。
 驚くほど……本当に瓜二つ、というほどそっくりな、だけど絶対に俺ではありえないそいつが、母と一緒に幸せそうに写っている。

「それは亡くなる前日にたまたま撮った写真だ」

 俺は写真から目を離し、親父を見る。

「驚いたか? おまえにそっくりだろう?」

 自分が写っているのかと思うくらい、そっくりだ。

「栞(しおり)と喜貴(よしき)は、この写真を撮った数日後に結婚式を挙げるはずだったんだ」

 栞、というのは兄貴と俺の母の名。
 そして、その喜貴というのは……写真の中に写る、俺そっくりな親父の兄貴の名前。
 俺は少し震える手で渡されたアルバムをめくる。
 そこには……どこをどう見ても俺にしか見えないけど明らかに俺ではない男が、写っていた。
 これは……。

「高屋の家も、とりあえずの旧家だからな。兄と栞は生まれながらの許嫁、だった」

 ぱらぱらとめくると、小さい頃のふたりがどんどん大きくなっていく。
 小学校入学だろう、ランドセルを背負って誇らしげに写っていたり、中学入学らしく制服を着て並んで写っていたり。

「それで……」
「その写真を撮った次の日。兄は……自室で血を流して死んでいた」

 驚き、親父を見つめる。

「結婚を前にして、幸せそうだったのに……。自殺はあり得ない。そして、わしに嫌疑がかかった」
「どうして!?」

 文緒が悲鳴を上げる。

「兄が死んで、得するのは……わしだからな」

 そうして、親父は少し自嘲気味に、だれかに言い訳するかのように、つぶやく。

「兄は……確かに商才はなかった、残念ながら。だけど、それならわしがささえて高屋を大きくすると言っていた。兄は高屋の家の長男として生まれた、それだけで。何度……『おまえと産まれる順番が違っていればよかった』と言われたか!」

 親父は疲れた表情で俺と文緒を見て、

「わしはな、高屋なんて権力、ほしくなかった。そして……なによりも、兄のことを、愛していた。もちろん、肉親的な意味で、だぞ」

 じゃあ、だれが?

「当時、栞には熱狂的ファンが何人かいた。そのうちのだれかが兄を刺したのだろう。犯人は結局、つかまらなかった」

 わしも栞のことは好きだったが、兄を殺してまで奪おうとは思わなかった、とつぶやく。
 なんだよ、親父はきちんと母のことが好きだったのか。俺が知る限りでは、常にふたりはいがみ合っていたから。
 しかし……。
 アルバムをぱらぱらめくっていると、くらくらしてくる。
 写真に写っているのは俺ではないはずなのに、俺に激しくそっくりで……妙な感覚だ。
 小さい頃から本当に気持ちが悪いくらい、自分に似ている。成長するにつれ、変わってくるかと思っていたが……。写真の中の人物は、どこまで行っても俺、だった。
 ただ、俺と違う点は、写真の向こうのやつは、表情豊か、ということくらい。
 幼いころから、押しつけられるように育てられてきた俺にはできない表情をしていることが大きな差、だった。それ以外は本当に驚くほど、俺。なんだか気持ちが悪くなってきた。

「驚くほど似ているだろう?」
「似すぎて……気持ちが悪いくらい」

 親父の言いたいことは分かった。
 死んだはずの人間を産んでしまった、しかも愛していた人間にそっくりな子を。おかしくなってしまうのは……分かる。
 しかし。
 だからといって、されてきた行為が無になるかというと……ならない。これを見ると、余計に気持ちが悪くなってきた。冗談じゃない。

「しかし、見た目はそっくりだが、中身はまったく違うな。性格は、どちらかというとわしに似ているし」

 究極の変態と性格が似ている、と言われてしまった。そんな俺は、やっぱり……変態、という認識は間違いじゃないのか。そこは、否定してほしかった。

「秋孝もわしに似てはいるが、あの子は少し、やさしすぎるからな」

 少し遠い目をして、ここにはいない兄貴に思いをはせている親父を見ていると、兄貴の見た目は少し親父に似ているのか、と初めて知る。
 いつもこの親父とあの母からどうやったらあんな彫刻のような精悍な顔の男が出てくるのか謎に思っていたけど、兄貴にもきちんと親父の遺伝子は伝わっていたようだ。
 息子の柊哉(とうや)は兄貴と智鶴さんにそっくりだけど、娘の鈴菜(すずな)はこの親父に似ているところがあるんだよな。
 どこが、と聞かれると答えられないんだけど、似ている。
 血の不思議。としか言えない。

「でも、だからと言って……睦貴がされた行為は」

 それまで沈黙を守っていた文緒が口を開いた。

「文緒、もう過去のことだ。いまさらなにを言っても、過去は変えられないんだから」
「だけどっ!」

 今にも泣き出しそうな顔をした文緒を片手で抱き寄せ、胸に抱く。

「いいんだよ。今が幸せだから」

 文緒は俺の胸の中でふるふる、とゆっくりと頭を横に振っている。

「親父は『高屋』を捨てることに意義を唱えなかったし、今でもこうしてお屋敷に住まわせてくれているし。これ以上、なにを望む?」

 な? と親父を見ると、思ったよりも複雑な表情をしていた。

「『高屋』を捨てたことに関しては……実はかなりわしは怒っているんだがな。まあ、二十年もわしはおまえを放置してきたし。文句は言えないと思ってはいるが。……それがどんな影響を与えるか、睦貴、これから思い知るだろう」

 と意味深なことを言うから問いただそうとしたら。
 廊下があわただしくなり、聞きたくない声が遠くから聞こえてきた。この状況で、会いたくない。

「睦貴、どうやら栞がおまえがここに来ているのを聞きつけてきたみたいだな」

 ちょっと、野放しかよっ! 勘弁してくれ。
 俺はソファから素早く立ちあがり、窓に向かった。

「どこに行く気だ?」
「えー……っと。きゅ、急用を思い出して?」

 窓を開け、窓辺に足をかけたところで親父に止められた。

「あいつもようやく落ち着いてきたところだ。今、おまえと会うと、また逆戻りになる。ったく、きちんと見張っておけ、と言ったのに。だれだ、栞に睦貴がきたことを告げたやつは」

 親父は俺に目配せで隣に続く部屋へ入るように促してきたので、文緒と一緒にそこに入る。
 そこに入ったと同時くらいに、どうやら親父の部屋の扉が開かれたようだ。
 ふぅ、間一髪。

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