愛から始まる物語


<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>

アルカイク・スマイル02



 次の日。
 俺は朝から、緊張していた。こんなに緊張したことない、ってくらい。文緒の手を握る手が、緊張で指先が冷たくなっている。

「やだぁ、睦貴。お父さんに会いに行くだけじゃない」

 だから緊張してるんだってばっ! あいつはな、兄貴と俺の親父、なんだぞ? 俺たちの上を行く変態、だ。 緊張するな、という方が無理っ!

「面白いおじさんだったよ」

 文緒……あのおっさんをただの面白い親父だと思っているな。あれはもう、究極の変態、だ。
 とりあえず、前もって親父の執事だか秘書だかには連絡は入れてある。時間きっちりに着くように、部屋を出る。そのまま玄関へ向かって歩き、二十年ぶりに反対側に足を踏み入れる。
 心臓が……ドキドキする。
 二十年前とまったく変わってない風景に、めまいを覚える。何一つ……あの頃から変わってない。俺も変わってない、ということか?
 二十年前。高校生だった俺。
 母のはずなのに母がする行為ではないアレに耐えかね、俺はじいに救いを求め、そして……実の兄に救いを求めた。兄貴は驚いていたけど、少し戸惑ったように俺を抱きしめ、
『よく来てくれた』
 と背中を叩いてくれた。それがうれしくて。
 母には散々、兄と仲互いするように仕向けられていたから、温かく迎えてくれるとは思っていなかった。俺は……智鶴さんと兄貴の前で散々泣いてしまった。あれは、思い出してもものすごく恥ずかしい過去だ。
 緊張でがちがちだけど、どうやら頭は親父の部屋をきちんと覚えていたようだ。
 ノックをすると、中から扉が開けられた。
 初めて見る親父の秘書。精悍な顔つき、がっしりした身体。親父らしい選択に、少し苦笑する。

「睦貴が来るとは、わしの死期も近いのかの」

 久しぶりに聞く声は、二十年前より少し覇気がなかったが、老いてもなお盛ん、というのが分かるそれなりに張りのある声にほっとする。

「おまえは最近、なんと呼ばれているか知っているか?」

 久しぶりに会う息子に開口一番、そう言うのは兄貴と俺の親父である高屋孝貴(たかや こうき)。
 前総帥で、TAKAYAグループをここまで大きくした立役者。
 それを考えたら、兄貴はよくその重責に耐えて、総帥の仕事をしているよなぁ。俺だったら裸で逃げる。

「死神の睦貴、と呼ばれているのを知っているか?」

 んなもん、知らない。

「真理といい、じいといい、おまえは死ぬ前の人間の前にいきなり現れるから」

 だれだよ、そんな不名誉なあだ名をつけたやつは。

「あんたが俺ごときで死ぬとは思わないけどな」

 俺の言葉に親父は秘書を部屋から下がらせる。秘書は眉をひそめ、ですが、と言っていたが。

「二十年ぶりの親子の再会なんだ。おまえは水をさすつもりか?」

 と言われてもなおいようとする秘書。
 うん、死神の睦貴、なんてあだ名のあるやつだもんな。なにされるか分からない、のは分かる。

「俺は別に、いてもらっても全然構わないんだけど?」

 とにっこり微笑んでやったら、秘書はひぃ、と悲鳴を上げてあわてて部屋を出て行った。失礼な。

「相変わらずだのぉ」

 と親父は笑っているけど。相変わらずはおまえもだろう。

「二十年ぶりか……。歳は……取りたくないな」

 と座っていたソファから立ち上がり、俺の前に立つ。
 二十年前。最後に会ったのは……いつだったのか? 覚えていない。
 だけど、親父はこんなに小さかった? 白髪もすごい増えているし。

「大きくなったな、睦貴」

 そう言って、ぽんぽん、と肩を叩かれた。

「文緒ちゃんも、ありがとうな。この馬鹿を連れて来てくれて」
「いえいえ。お安いご用ですよっ」

 なんてにっこり微笑んでいる文緒を見て、変な嫉妬をしてしまう俺。

「もう少し、顔をよく見せてくれ」

 そう言って、脂っ気のない乾燥した手を俺の頬に当て、目を細めて俺の顔を見ている。

「おまえは……わしの兄によく似ているな」

 そう言った親父の瞳は俺ではなく、だれかを見ていた。
 って、兄って? 親父が長男じゃないのか?

「ああ、お茶くらい入れさせてから退室させればよかったな」

 とワゴンの上のお茶を見て、親父がつぶやく。
 はいはい、入れればいいんですよね、親父さま。
 ワゴンのところに歩いていってお茶を入れようとしたら、文緒が先に行ってお茶を入れ始めた。
 絶望的に……あれ?
 手際良く淹れ、それぞれの前に文緒はお茶を置いていく。

「うん、美味しいね。睦貴もいい人を嫁にもらったな」
「うふふ、ありがとうございます」

 とにこにこしている文緒。
 えーっと、うーんと。
 とりあえず、ほめることをあまりしない印象しかない親父が文緒をほめている!?
 総帥を辞めたからなのか、それとも俺の記憶違いなのか。目の前の親父はとにかくにこにこしている。
 記憶の中の親父は……眉間にしわを寄せていつも難しい顔をしていたような気がする。

「やっぱり、若い子はいいねぇ。なあ、睦貴?」

 そこは……同意した方がいいのか?
 別に若いから文緒が好きなわけじゃないぞ。文緒が年上だったとしても、好きになっていた自信ならある。
 親父は文緒が淹れてくれたお茶を飲み干し、

「悪いがもう一杯、もらえるかの?」

 といい、お代りを要求している。
 くそ親父がっ!

「さて。睦貴が久しぶりにわしの顔を見に来た、ということは……。あのことを文緒に言ったのか?」

 あのこと、と言われ。ぎくり、と身体がこわばる。

「本当に……すまないことをした。気がついた時にはもう……手遅れじゃった」

 親父は俺に向かって頭を下げている。そんなことをしてほしくてここに来たわけではない。

「親父……」

 俺はあわてて親父の座っているところまで行き、頭を上げるように促す。
 そうして近寄ったとたん……。

「よっし、ひっかかったなっ!」

 といきなりいい、俺の首に腕をまわして髪の毛をぐりぐりとしてきた。
 うわっ!
 久しぶりで忘れていたけど、親父、こうやって俺の頭というか、髪の毛をいじるのが好きだったんだよな。

「うわっ! やめろって!」

 猫っ毛ですぐに癖がつくのにっ!

「うん、うん。変わらないようでなによりじゃ」

 抵抗する俺なんかお構いなしにぐりぐりとしている。
 しばらくそうしていたが、満足したのか、ようやく離してくれた。

「とにかく。睦貴には……本当に悪いことをしたな」

 ぽつり、と親父は再度、そうつぶやく。

「アレも……反省しておると思うよ」

 いや、そんな殊勝なやつじゃないよ、あいつは。

「おまえは本当に……わしの兄にそっくりじゃ。あいつが……壊れても仕方がない」

 そう言って、親父はソファから立ち上がり、机の上にあらかじめ準備をしていたらしいアルバムを持って戻ってきて、俺にそれを渡す。

「見てみろ」

 俺は文緒の横のソファに座り、受け取ったアルバムを文緒と一緒に見る。ずいぶんと古ぼけた表紙に「フォトアルバム」と印刷されている。写真?
 いぶかしく思いつつ、表紙をめくる。
 そこには……。

webclap 拍手返信

<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>