愛から始まる物語


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アルカイク・スマイル01


 アルカイク・スマイルとは、古代ギリシアのアルカイク美術の彫像に見られる表情。
 生命感と幸福感を演出するための微笑。
 日本の仏像にもこの表情を見ることができ、弥勒菩薩半跏思惟像の表情はアルカイク・スマイルであるとされることがある。
(出典:Wikipedia)



 アルカイク・スマイルというのは、両口角を不自然にあげて微笑している表情のことを言うらしいのだが。

「睦貴さん、もう少し微笑んで」

 とカメラマンの指示に一生懸命、アルカイク・スマイルを思い出してやっているんだけど、普段からそういう特訓というか訓練というかしてないから、いきなりは無理っ!

「ほら、文緒ちゃんを見てっ!」

 と文緒を見ると、それは美しい表情でにっこり微笑んでいる。
 さすがだ、文緒。
 とりあえず、それを真似てにやり、としたら。

「そうそう、そのまま。はい、カメラに目線くださいー」

 ってな感じで……。
 慣れない顔面の筋肉を使って、疲れてきた。

「なんで俺がこんなことをしているんだよっ!?」

 休憩時間。様子を見に来た兄貴に向かって文句を言っているのはそう、佳山睦貴(かやま むつき)、御歳……聞くな。

「おまえが不甲斐ないからだろう?」

 と艶のないシルバーフレームを直しながら、俺を上から下まで見ているのは俺の兄であり、TAKAYAグループの総帥をつとめている高屋秋孝(たかや あきたか)。歳は俺のプラス十二だ。

「文緒から聞いてはいたけど、まあまあさまになってるな」

 白いタキシードを着た俺を見て、にやりと笑っている。
 ったく、だれのせいでこんな目にあっていると思っているんだっ!?

「睦貴、なに着てもかっこいいよねぇ。あ、アキさん、こんにちはっ」

 純白のウエディングドレスを着た文緒はメイクさんに止められるのも聞かず、俺に抱きついてくる。
 だーっ! 人前で堂々と抱きつくんじゃないっ!

「ああ、これ……。奈津美が結婚式の時に着たというドレスか?」

 兄貴は目を細め、文緒を見ている。

「うん、そう。睦貴が結婚式、してくれないからっ! せめてお仕事ででもと思って」

 ……はい、申し訳ございません。甲斐性なくて。

「文緒はその……結婚式、やりたいの?」
「睦貴がやりたい、っていうのなら、やってあげてもいいよ?」

 文緒がこういう時は大抵、やりたくて仕方がないのだ。最近、だいぶ分かってきた。

「わかった。蓮さんと奈津美さんに相談するよ」

 はーあ、と盛大にため息をつく。
 蓮さんと奈津美さんは文緒の両親だ。昔、あのふたりはずっとそういう仕事をしていたんだから、あのふたりに相談しないで勝手に結婚式なんてできないだろう?
 昔、智鶴さんがモデルデビューした時。ウエディングドレスを着て、だったらしい。あ、智鶴さん、というのは兄貴の奥さんだ。あの兄貴にはもったいくらい、できた人だ。そんな智鶴さんは、三児の母だ。と言っても、三人目はまだ、お腹の中にいるのだが。
 しかし、いまだに根強い人気があるらしく、当時のポスターがものすごい高値で取引されているらしい。で、今回、そんな智鶴さんの原点、とも言えるお仕事を文緒がすることになった。もともとはそのつもりで兄貴も文緒に仕事をお願いしていたんだが。
 モデルのお仕事が楽しいらしい文緒は、なんかどんどんいろんなことをやっているわけだが。それに最近では俺が引きずりまわされている、と。本当は文緒単体のお仕事だったはずが。

「やっぱり新郎がいた方が映えますねー」

 ということで、俺が白のタキシードを着て、文緒の横に立つことになった。
 ……兄貴、絶対最初からそのつもりだったんだろうっ!? ったく、人を罠にはめやがって。この仕事が終わったら、しばらく文緒には仕事を入れないっ! ストライキだ!
 俺のせいで、予定時刻を大幅に過ぎて、どうにか無事、撮影が終了した。

「睦貴、私と一緒に笑顔の練習、しようか?」

 なんて言ってくるけど、もうやらないっ! 文緒のお願いでも、無理っ!
 確かに、文緒と俺が載った雑誌の売り上げが伸びているのは事実だ。嫌というほど知っている。だけど、それはきっと、物珍しさで買ってるだけだって! すぐに飽きられるからっ!

「睦貴ってなにしてもできるからすごいよねぇ」

 とごきげんな顔で助手席に乗っているけど、ほめても無理なもんは無理。

「ああ、それより文緒。明日は予定、なにも入れてないよな?」
「もー、そんなの、睦貴が一番、知ってるじゃんっ」

 と言われても。明日は仕事がないから、友だちと遊びに行くかな、と思っていたんだけど。久しぶりの休日だし。

「毎日一緒だけど、仕事とプライベートでは全然違うって!」

 口をとがらせている文緒がかわいくて、信号待ちの時、ついついその頬にキスをする。

「もうっ! 睦貴、よそ見しないのっ」

 頬を赤く染めてそっぽを向く文緒がかわいくて、くすり、と笑う。

「そうやってすぐに子ども扱いするんだからっ」
「本当に子ども扱いするんだったら、昨日の夜もあんなこと、しないと思うけどな」

 俺のその一言に、文緒は思い出したらしく、さらに顔を真っ赤にして、窓の外に顔を向ける。

「あ、あれはっ!」

 あ……ちょっと思い出して、下半身が。

「睦貴の馬鹿っ!」

 ほんと、かわいいなぁ、文緒は。さっきまでの疲れが吹き飛んだよ。
 お屋敷に帰り、夕食を食べに食堂に行くと、いつものメンバーがそろっていた。わいわいと話をしながら食事をして、蓮さんと奈津美さんがいたから、結婚式をしようかと思う、という話をしようと結婚式、と言った瞬間。

「あなたたちはなにもしなくていいからっ! 私と蓮で段取りしてあげるっ」

 と奈津美さんは俺の肩をぽんぽん、と叩いて蓮さんとともに楽しそうに食堂を去って行った。……奈津美さん、完全に兄貴の『思い立ったら吉日』がうつってますね。あれをする人がふたりいれば……蓮さんが弱音を吐くのがよくわかるよ、うん。
 智鶴さんは臨月が近いのもあり、かなりお腹が重そうで大変そうだ。

「お母さん、予定日っていつだっけ?」

 文緒が智鶴さんにそんなことを聞いている。

「私も妊娠していれば、お母さんとこの子と遊べるのになぁ」

 と少しうらやましそうに言うから、困ってしまった。
 そうそうすぐにできるもんでもないし、かと思ったらすぐできるものでもあったりするし。ほんと、子どもは授かりものだよなぁ。
 俺はふと、兄貴を見る。
 兄貴と俺の年の差を見ても分かるように、十二もある。同じ父と母を持つ兄弟なんだが、それだけ歳が離れている。

「本当に今回の件は……こればっかりは失敗だった」

 と兄貴が言うけど、それ、産まれてきた子には言うなよ? と一応、くぎをさしておいた。

「でも、もうひとりくらいほしかったから。わたしはうれしかったけどな」

 と智鶴さんは幸せそうにお腹をさすっている。うん、それならいいんだ。
 で、ここでまた、俺が智鶴さんと兄貴の子を取り上げたら……それ、なんて文緒? 状態だな。
 そうならないように、俺はなにかわからないけど祈った。

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