愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!14



     ◇   ◇

 それからしばらくして、古里さんに呼び出しをくらった。俺単体で。

「結論から申しますと、」

 事務所の一番広い会議室。古里さんは一番前、俺は入ってきた扉から動かないように言われ、冷たい視線をそのままで受ける。いやぁ、その視線……M心を刺激するんですけどっ!

「美紀ちゃんはあれからすぐ、モデルを辞めました」

 うん、それは知ってる。文緒のところに美紀ちゃんから報告があったし、文緒から聞く前に美紀ちゃんはなぜか俺のところに辞表を出しに来たから。
『なんで俺に?』
 と美紀ちゃんに聞いたら、
『だって睦貴さん、あそこの事務所のお偉いさんなんでしょ?』
 とそう言いながらズボンのポケットから携帯電話を上手に抜いて、勝手に赤外線通信でアドレス交換をされてしまった。
『なにかあったら連絡しますから、よろしくね』
 とにこにこしながら去って行った。美紀ちゃん……したたかすぎですよ。

「美紀ちゃん、結婚したの、知ってましたか?」

 古里さんは軽蔑したような視線を俺に向けながらそう吐き捨てる。

「いや、それは初耳」

 相手がだれか、は分かってるけど。

「小金丸代議士の息子と、ですよ!?」

 結局、結婚したのか、あのふたり。

「なんなのその玉の輿っ!」

 古里さん? もしかして……美紀ちゃんに嫉妬してる?

「どいつもこいつも結婚、結婚って! 結婚のどこがいいのよっ!」
「あの……」

 今にも泣きそうな古里さんに一歩、近づいたら。

「寄らないで、変態っ!」

 と一蹴された。
 古里さん……素敵。言葉責めもいいかもしれない。もっと言って。

「年下のかわいい子がいいのよね、みんなっ!」

 いやぁ、そういうわけでは。

「ああ、睦貴。ここにいたのか」

 会議室の扉が開き、寄りかかっていた俺はぐらり、と後ろに倒れこんでしまった。尻もちをついたまま、上を見上げる。

「あれー? なんで兄貴、こんなところにいるの?」

 めったに事務所にこない兄貴がいることに驚いて古里さんがいることを忘れて兄貴、と呼び掛けてしまった。

「兄貴って……。その人、総帥じゃあ」

 うわ、やっべぇ。せっかく今まで隠し通してきたのに、ここでばれたら水の泡、じゃないかっ!

「もしかして……睦貴さん、そういう趣味もっ!?」

 古里さんはなにかひとりで早合点して、さらに部屋の隅へと行く。

「そうそう、俺たち、そういう仲なのよ。な、睦貴?」

 と尻もちをついている俺をぐい、と引っ張り上げ、抱きついてくる。
 うわっ! 誤解を生むようなこと、やめろっ!
 なんとなく分かった。蓮さんや奈津美さんですまないほどの頭痛に耐えかねて、俺を探してここにきた、というオチなんだろ!?

「野蛮、不潔っ!」

古里さんは部屋の隅で俺たちふたりを汚いものを見るような表情で見ている。

「睦貴……。なかなかいい人材を見つけたな」

 ちらり、と兄貴を見ると、楽しそうだ。そうだった、兄貴も俺と同じで、M属性の人だった。

 だけどまあ……俺と兄貴が兄弟だ、というのがばれなくて……よかったかな。なんか誤解を招いたような気がしないでもないけど、まあいいや。見た目はまったく似てないからなぁ、兄貴と俺。

「で、高屋の総帥が一介のマネージャーである俺になんの用ですか?」
「ああ、もう用事は済んだ」

 先ほどまでものすごい青い顔をしていたはずなのに、今ではそれが嘘だったかのようにすっきりしている。どうやら俺の考えは当たり、だったようだ。ほんと、今回はなにをやったんだ?

「俺の秘書にやっぱり戻ってくれないか?」

 耳元でぼそり、とつぶやく兄貴に首を振る。

「文緒のマネージャーがいいの。無理」
「そうか……。まあ、そのせいで……ちぃが妊娠してしまったわけだが」

 おい、俺のせいかよっ! そもそもアメリカに俺を送ったのは兄貴だろうがっ!

「そんなに辛いんだったら、見るのやめればいいだろう?」

 それだけの話なんだがなぁ。

「うーん、どうも最近、この能力が暴走気味で。コントロールが効かない時が多くて困ってるんだ」

 そう言われてもなぁ。

「とりあえず、古里さん。用事はもういいでしょうか?」

 部屋の端から俺たちを睨むようにしている古里さんを見て、声をかける。

「とっとと私の目の前から消えてくださいっ!」

 俺は兄貴と目を合わせた。うん、きっと同じ感想だよな。確認するまでもない。
 俺は事務所に戻り、今日はもう上がると伝えて駐車場に降りる。

「あれ? 車は?」
「今、蓮と奈津美にここまで送ってもらった」

 そうですか。
 兄貴は当たり前のように俺の車の助手席に乗り、シートベルトを締めている。

「で、どちらまで?」
「お屋敷まで戻ってくれるか?」

 途中、文緒をピックアップする、ということを伝えて車を出す。
 美容院にいっていた文緒を拾って、助手席に座っている兄貴を見て少し驚いていた。

「あれ、アキさんだ」

 文緒はこんにちは、と挨拶をして、後部座席に座る。

「アキさんがここにいる、ということは蓮となっちゃんは?」
「ああ、あのふたりは会社に戻らせた」

 ふたりを会社に戻らせて、兄貴はお屋敷に帰るのか。いいのか、それで?
 お屋敷に戻り、車を止めると兄貴はありがとう、と一言言って、すぐに中に入っていった。

「アキさん、最近ずっと、顔色悪いよね。大丈夫なのかな?」

 文緒に言われ、そういえば、と思い出す。
 アメリカから帰って来てからずっと、兄貴の顔色はさえない。会社の経営がやばいのかと思ってこっそり調べてみたけど、どうやらそういうわけではなさそうだ。まあ、いろいろと無理をしているのは確かだ。
 だけどなぁ……。

「睦貴、アキさんの秘書に……戻っちゃうの?」

 車を駐車場に止め、美容院で整えてもらった髪を梳きながらお屋敷に戻っていると、文緒がそう問ってきた。

「いや。兄貴には蓮さんと奈津美さんがいるけど、文緒には俺しかいないだろう?」
「……うん」

 それでも少し、不安そうな表情をしていたので、立ち止まって抱きしめる。

「文緒と離れたくないから……」

 当たり前なんだけど、思ったことをきちんと口にして伝えないといけないらしい。そんな当たり前のことに、今まで気がつかなかった。

「髪の毛の手触りがよくなってる」
「うん。気がついてくれた? 今日はちょっと奮発して、いつものよりいいトリートメントにしてもらったんだ!」

 先ほどまであんなに不安そうな表情だったのに、その一言でにこにこと文緒は説明してくれる。
 文緒とは長い間、一緒にいるけど、そういえば娘としてしか接してなかったんだよな。ということに改めて気がつく。
 それに……今まで、同じ女性と長い間付き合う、ということをしたことがなくて。どうすればいいのかよく分からない。今からそれを築いていけばいいのか。
 部屋に戻り、今日、古里さんから聞いた話を文緒にする。

「美紀ちゃん、結婚したんだ」

 うれしそうな、それでいて少し複雑そうな表情に苦笑する。文緒は由典のこと、嫌っていたからな。

「だけどなぁ、小金丸と峰村の仲の悪さはすごかったからなぁ」

 あれから少し、峰村のことを調べてみた。美紀ちゃんのお父さんは、確かに俺と同じ年だった。美紀ちゃんは十六のはずだから、二十歳の時の子どもらしい。かなり早くに結婚したんだな、美紀ちゃんの父親は。
 で、美紀ちゃんのお父さんのお父さん──美紀ちゃんから見ればお祖父さん──は現役の衆議院議員で、昔から小金丸とは仲が悪くてなにかとやりあっているのは周知の事実。
 美紀ちゃんの父親は今、峰村代議士の議員秘書をしているらしい。それで……まあ、父親についていった議員同士の会合の場かなにかで由典と知り合って、というのが出会いらしい。
 小金丸も峰村もお互い頑固者同士で、かなりやりあったらしい。
 美紀ちゃんのお父さんは腹にすえかねて……美紀ちゃんを勘当したのは確かなようだ。それで、生活のためにモデルの仕事をしていた、と。
 それにしても……。あれだけ嫌っていたはずなのに、小金丸は美紀ちゃんを見たらころっと態度を変えていたよなぁ。
 確かに美紀ちゃん、かわいいよ。ものすごいしたたかだし。
 もしかして……小金丸はそこを読みとって?
 小金丸のことだから、将来的には由典を議員にするつもりでいるんだろうなぁ。そうなったら、奥さんがしっかりしている人の方がいいわけで。そこが気に入られたのかな?
 でもまあ、とりあえず……めでたし、でいいのか?

「由典の言った言葉が気に入らない」

 文緒はむすっとして、ベッドの上に置かれているクッションを抱きしめている。俺は苦笑して、文緒の横にいく。

「美紀ちゃんのせいにしたことが?」
「うん」
「大丈夫だよ、由典は謝ってるよ」

 根拠はないけど、そういう自信はある。

「だって、蓮さんが由典を説教したらしいよ? それで謝ってなかったら、美紀ちゃんとの結婚、俺が壊しにいってやるよ」

 もちろん、そんな無粋なことはしないけど。

「……睦貴なら、本気でやりそうだから、しないでっ! 美紀ちゃんが幸せなら……それでいいから」

 冗談で言ったのに、文緒は本気で止めてきた。腰に手をまわして、行かないで、と取りすがってくる。

「いかないよ。文緒を置いて、もうどこにも行かないから」
「本当に? 約束してくれる?」
「約束するよ。今度、どこかに行く時は、文緒が嫌、と言っても一緒に連れて行くから」

 ぎりぎりになって言ったアメリカ行き、やっぱり文緒に大きな傷になっていたのか。ここのところ、なんだかものすごく甘えてくる。

「大丈夫だから。もう……離れないと約束するよ」

 文緒にキスをして、きちんと瞳を見て、もう一度約束した。

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