最初から謎はひとつもないッ!!15
それから……なんだかよく分からないけど、文緒に引っ張りだされて一緒にモデルの仕事をさせられているのは、なんの冗談ですか、文緒さま?
「睦貴さんがいると、文緒ちゃんの表情がいいねぇ」
お願いしますよ、これ、なんて罰ゲーム?
おっさんにはフラッシュだとかレフ板だとか、眩しすぎて勘弁してくださいって。
「前から思っていたんだよねぇ、睦貴さん、結構身長あるし、見た目がいいからカメラ映えするって」
いやいやいや、お願いしますよ。俺、文緒のマネージャーなんですからっ!
といくら断わっても形式上は事務所の社長は文緒とモデルをしろ、と命令してくる。
こんのやろう……。俺が下手に出てるからって!
「総帥の許可はとってありますから、睦貴さんには拒否権、ないですよ?」
とにっこり笑う社長。
こんのくそ兄貴めっ! あいつは俺をどこまで追い詰める気でいるんだ!?
文緒は文緒で、
「睦貴が一緒に写らないのなら、私、お仕事しません!」
とかわがままを言い出す始末。
文緒単体の仕事を取ってきても、結局なんか俺も一緒に写ってるし?
「文緒……まじで勘弁してくれ」
「えー。やだ。それに、睦貴が一緒の写真の載った雑誌、売り上げが増えてるようだよ?」
なんだよ、それ!?
「睦貴に関しての問い合わせも多いようだよ? それに、お仕事依頼も」
なんで文緒の方が詳しいんだよっ!?
「社長が教えてくれたよ~」
と語尾に音符がつきそうな勢いで、文緒は上機嫌に答える。頼むよ、まじ勘弁。
「ああ、そうだ。今度の休みに……その」
仕事の話をそれ以上したくなくて別の話題を振ろうとしたけど、そっちも自爆っぽかった気がしつつ、話を向けてしまった以上、話さなくては、と口にしたが。
「なに? 今度の休み、どこか連れて行ってくれるの?」
文緒が期待を込めた瞳でこちらを見てくる。
いや……むしろ、俺がひとりで行けないからついてきてほしい、と思って口にしたんだけど。
この年になってもそんなことを言わなくてはならない自分が恥ずかしくて、
「いや……やっぱりいいや」
「言いかけて言わないなんて、気持ちが悪いっ!」
ぶーとふくれっ面でそう言われ、俺は仕方がなく口を開く。
「文緒は……親父に会いに行ってくれてるんだって?」
「うん。蓮となっちゃんと何度か行ったし。最近では月に一度くらいかなぁ。孝貴(こうき)さん、睦貴が来てくれないってすねてたよ」
文緒にはいつか、あの母にされたことをきちんと話そう、と思っていた。だけど……なかなか言い出す機会がなかった。今なら話せる。そう思い、苦痛を伴うことだけど、話さないと、と思い、重い口を開く。
「文緒。今から話すこと、たぶん……ものすごい気持ちが悪いと思う。嫌になったら、俺と別れてもらって全然構わないから」
「やだ、睦貴。なんでそんな、急に真面目な顔になってそんなこと、言うのよ。嫌いになるなんて、ないからっ」
泣きたいのはこっちなのに、文緒は今にも泣き出しそうな顔をして、ギュッと俺に抱きついてくる。
「泣きたいのなら、泣いていいからっ。睦貴が泣けないのなら、私が代わりに泣くから」
そんなに辛い顔をしているのか、俺?
「とりあえず……聞いて、くれるか?」
俺の質問に、文緒は静かに、だけどはっきりとこくん、とうなずいてくれた。
すべてを話し終わって、俺はぐったりとベッドの上に倒れこんだ。
「むっちゃん、ごめんね。辛い話をさせてしまって……。でも、話してくれて、ありがとう」
倒れこんで、腕を顔に押し当てている俺の顔のあたりに文緒の気配がする。
「いつも睦貴、つらそうな顔してるから、気持ちよくないのかな、とか、私のこと、本当は嫌いなんじゃないかな、って不安だったの」
んな、めっそうもない。むちゃくちゃ気持ちいいし、それに、もう文緒以外、無理。……年なのもあるけど。
ということを言ったら、文緒は真っ赤になった。
うん、まだこのうぶな反応がかわいいなぁ。
「年って言うけど、まだまだ睦貴は若いよっ!」
そう言ってくれるけど、文緒相手だからかなり努力してるのっ!
「孝貴さん、その話……知ってるの?」
「さあ? 知ってるんじゃないの?」
知っていようがいまいが、あの親父のことだ、分かっているだろう。兄貴はたぶん、言ってないとは思うけど。
「睦貴のお母さん……なんか睦貴を見る目がやらしくて嫌だったんだよねぇ。アキさんのことは見ようとしてないしっ」
文緒は意外にきちんと周りを見ているな。
「私がついていってあげるから、お父さんにきちんと会っておいでよ」
と諭されてしまった。いつもと立場が逆転だ。だけど、それもなんだか気持ちがよかった。
文緒に無理やり連れられて二十年ぶり以上に親父の元へ訪れたことと、俺が深町さんへ日本へ帰ってきました、という報告を入れたのとで……とある騒動を引き起こしてしまうとは、その時の俺たちには、まったく分からなかった。
こんなことになるだなんて……だれひとり、分かっていなかったよな、きっと。
「むっちゃん、」
「そういえば、さっきもそうやって呼んだよな。ペナルティのキス、二回っ!」
俺は顔を覆っていた腕をはずし、逃げようとする文緒を捕まえてその勢いで起き上がり、組み敷く。
観念したような、それでいて少し抵抗している文緒に二回、ペナルティのキスをする。
「俺のこと、嫌いにならないで……ありがとう」
俺のその言葉に文緒はふんわりと笑って、
「そんなことで嫌いになっていたら、とっくの昔に大っ嫌いだよっ!」
と言われたけど……。
ちょっと待て。さっきの話より、俺はもっと最低なことをしてきた、ということか!?
「どういう意味だよ、文緒っ!」
「んー? とりあえず、睦貴はなにしてもかっこいいのよっ。それに、大好きだもんっ!」
とかなりごまかされたけど、文緒が好きって言ってくれるから──それでいいか。
ずいぶんとゲンキンだな、と思ったけど。やっぱり、好きな人から好き、と言われるのは幸せだよな。
そう思うと、少し鼻の奥がツンとした。
【おわり】