愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!13



 部屋を片付け、一度、美紀ちゃんのマンションに荷物を置きに行く。
 この間、来た時はすごいにおいがして死にそうだったけど、さすがに昨日、ハウスクリーニングをしてもらったおかげできれいに片付いていた。

「ホテルにはもう、戻らない、でいいんだよね?」

 と美紀ちゃんに一応、確認。

「はい。由典はもう、あたしになにもしてこないと思いますから」

 ずいぶんとすっきりした顔で言う美紀ちゃんに、なんとなくなにを由典に告げる気でいるのかが分かり、気が重くなる。連れて行くのに躊躇するな。
 ホテルにはカードキーを返したけど、念のために宿泊はもうしない、という連絡を入れる。
 請求書は……事務所に回してもらうようにお願いしておいた。名刺は置いてきている。

「さて、行きますか」

 文緒に携帯電話を渡し、古里さんにホテルは引き払ったということを連絡入れてもらうようにお願いして、車を出す。兄貴に教えてもらった住所を頼りに、車を走らせる。
 高級住宅地の中を車で走っていると、なんだか複雑な気分になってくる。
 俺たちが住むお屋敷は、なんだか変な場所にある。住所的にはこの高級住宅地の近くなんだが、一線を画した場所にある。
 由典を外に放置するように指示してきた兄貴は、由典がこのあたりに住んでいるのを知っていたからだろう。そうでなければいくらなんでもあの指示は出さなかっただろう。
 言われた住所の家にたどり着き……。そこがお屋敷から直線距離にすればものすごく近いことを知り、ふう、とひとつ、ため息をつく。なんやかんや言って、兄貴はやさしいのな。

「着いたぞ」

 俺は一度、正面玄関に車を止めて、俺だけ車から降りてインターホンを押す。
 中から使用人だと思われる声がしたので名乗り、由典に会いに来た、と訪問の目的を告げる。
 と、予想通り、
『由典さまとはどなたともお会いすることはできません』
 と冷たい声が返ってきた。予定通り過ぎて涙が出そう。

「じゃあ、小金丸代議士、今日は在宅だろう? いない、と居留守使うようなら、別の手段で会いに行くけど?」

 兄貴はきちんと小金丸のスケジュールまでつかんでくれていた。使用人はしばらく沈黙したのち、少々お待ちください、と言ったきり、ぷつり、とインターホンが切られた。
 とりあえず、少し待つか。車に戻り、運転席に座り直す。

「どうだった?」
「予想通りの受け答えに笑ったね」

 小金丸家の正門の前にエンジンを切った車を止めたまま待つこと、約五分。
 門がゆっくりと音を立てて開く。中に入れ、と言うことか。エンジンをかけ、中に車を入れる。道なりに車をすすめ、玄関に着く。
 うちのお屋敷より大きいかもしれないな、ここの家。
 車から降りた文緒も美紀ちゃんも驚いたように家を見上げている。

「ようこそいらっしゃいました」

 意外や意外、小金丸本人が出迎えに出て来てくれた。俺の名前を聞いたからか?

「昨日の今日であなたが来てくれるとは……」

 にこやかな小金丸を見て、そう言えば、と思い出す。
 昨日、なんか言われていたな。
 文緒は不思議そうな表情で俺を見てくる。

「いいか、文緒。今から向こうは面白いことを言ってくると思うけど、なにも反応するなよ?」
「……内容による」

 どうしよう、文緒、爆笑してくれるよ。

「由典って……おぼっちゃまだったんだぁ」

 なんて美紀ちゃん、つぶやいているけど。
 えーっと?

「美紀ちゃん……もしかして、由典の苗字、知らない?」
「え? 知ってますよ。小金丸、でしょ?」

 きちんと知ってるのか。……というより、由典の父親がなにをしている人なのか、は?

「えー? もちろん、知ってますよー。衆議院議員、でしょう?」

 あー、よかった。知りませんよ、なんて言われた日にはどうしようかと。

「だって由典、マック大好きだし、コンビニも大好きだし。彼のひとり暮らしの家なんて、ひどいですよー?」

 大体分かった。想像はつく。俺も似たような状況だったから。

「あの人、あたしがいないとなんにもできないんですよ」

 と、ものすごく楽しそうだ。これを見ていると、別れろ、なんて言えないよなぁ。文緒と違って、言う気はまったくないが。

「由典は?」

 俺の問いに、小金丸はふん、と鼻で笑う。

「あなたが私のところに来てくださるのなら、あいつはもう、用なしですよ」

 をいをい、ずいぶんと冷たいんだな。

「おあいにくさま。俺は俺であって、おまえのところに行く気はさらさらないよ」

 俺の言葉は聞いていないらしい小金丸はもみ手をしながらにこにことこちらに歩いてくる。

「おや、これはかわいらしいお嬢さん方」

 と、好色そうな視線で文緒と美紀ちゃんのふたりを見るものだから、俺は背中に隠す。

「おっさん。由典はどこだ、と聞いてるんだ」

 答えようとしない小金丸にいらっとしつつ、もう一度聞く。

「ここにはいない」

 鋭くて冷たい視線に無駄足だったことを知る。タッチの差で移されたか? と思ったが、どうにも納得がいかない。

「ということだけど、どうする美紀ちゃん?」

 俺の背中に隠した美紀ちゃんに判断をゆだねてみる。美紀ちゃんは少し考えて、ゆっくりと俺の背中から出て、小金丸の前に立つ。そうして、深々とお辞儀をして、

「峰村美紀(みねむら みき)と申します。由典から話がいっていると思いますけど……」

 峰村っ!? 美紀ちゃん、今、峰村って名乗ったっ!?

「ふ、文緒?」

 無邪気に俺の背中にもたれかかっている文緒に首を回して聞く。

「うん、そうだよ? 峰村美紀ちゃん。モデルさんのときはお母さんの旧姓の『山尾(やまお)』でやってるから」

 まじかよ、おい。
 なにそのロミオとジュリエット状態。

「峰村の娘か、おまえ」

 小金丸はふん、と鼻で笑っている。

「父がお世話になっております」

 美紀ちゃんはにっこりと、それはもう、素晴らしい笑顔で小金丸に笑いかけている。
 さすがモデルさん……って違うっ!

「もしかして文緒、知っていて……?」
「なんのこと? 美紀ちゃんの本名?」
「それも含めて……全部」

 まさか、知らないわけないだろう? 小金丸と峰村の仲の悪さ。
 小金丸と峰村。そう、高屋と辰己よりも仲の悪い家同士。

「あたし、父から勘当されましたから」

 にこにこと美紀ちゃん、すごいことを次々と告白してくださる。

「だから……峰村、と名乗るのは間違ってるんですけどね」

 ちょっと悲しい光を宿し、美紀ちゃんはそうつぶやく。だけどそれも一瞬で、次の瞬間には、またにこにこと笑っている。

「ですから、もう峰村、ではないんですよ、お父さまっ」

 と言って、美紀ちゃんは小金丸の腕につかまってにっこり笑っている。
 えーっと……。なんだろう。

「俺たち……出てくる幕、なかったのもしかして?」

 小金丸は美紀ちゃんのその笑顔ですでに顔面が崩壊してにこにこ……というよりにやにやしている。

「由典はこっちだよ」

 と言いつつ、腰に腕をまわして家の中に連れ込もうとしているしっ!

「おいっ! 由典はっ!?」
「自室にいるよ。可愛い娘をここに連れて来てくれて、ご苦労だったな」

 と小金丸は偉そうに言いながら美紀ちゃんににやけた顔を向けながら中に入って行った。

「あのさ……。結局、」
「睦貴、考えない方がいいこと、ってことが世の中にはあるんだね」

 なに? 結局、俺たちが出てきたことで謎がなかったことがいきなり謎だらけになったように見えただけ? 要らないことをしただけ?
 いやだけどしかし。
 美紀ちゃんのマンションに突入しないことには……美紀ちゃんは今、ああして由典とまた、会うことができなかったわけで。

「えーっと、」
「睦貴、とりあえずお屋敷に帰ろうか」

 文緒にそう言われ、それには大賛成だったので車に乗り込み、お屋敷に戻ることにした。



 そんなに時間が経ってないはずなのに、なんだかものすごく久しぶりに自分の部屋に戻ってきたような気がする。昨日、ここで寝なかっただけなのに。
 なんだかぐったりして、俺はベッドに大の字になって寝転がる。文緒がぱふん、とその上に乗ってきてキスをしてくる。まだ昼間なのに、文緒は積極的だなぁ。少し苦笑しながらそのキスに応える。

「腰が立たないくらいやってくれるんでしょ?」

 といたずらをした時の子どもみたいなキラキラした瞳で言われて、思い出す。
 そう言えば、そんなことも言ったけど。

「それは夜のお楽しみ」
「えー、ケチ」

 文緒を抱きしめ、掛け布団をかけてぎゅーっと抱きしめる。

「文緒は元気だなぁ。さすがに三十五をすぎると、そのあたりは回復が遅くて」
「そんなことないじゃん。元気だよ?」

 って文緒。どこをまさぐりながらそう言うことを言っているんだっ!? いつからそんな子になったんだ。パパはそんな淫乱な娘に育てた覚え……、おぼ……えはありまくりです、はい。だけど反省しないっ!

「文緒、俺が悪かった。でも……ちょっと夕方まで寝かせてくれないか?」

 精神的ダメージが大きいわ、今回。

「もー、仕方がないなぁ」

 と言いながら、文緒も大あくび。そして次の瞬間、もう寝ている。……はやっ!
 俺は文緒にキスをして、眠りについた。

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