愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!12




「で、文緒は昨日、美紀ちゃんからなにを言われたの?」

 文緒に冷たい水を渡し、落ち着いたころを見計らってそう聞いてみる。

「うん……。美紀ちゃん、由典から結婚しよう、愛してるから避妊しなくていいよね、って言われて……」

 あいつ……そんなこと言っていたのか!?

「だけど、結婚してもずっと睦貴、ほら……つけてたでしょ? だから……睦貴は私のこと、愛してないのかなぁ、と思って」

 ああ、それで昨日、あんなことを言っていたのか。

「あのなぁ……。文緒、それは間違っているぞ」
「なんで? 愛さえあれば、その」

 はーあ、と深い深いため息をつく。
 もしかして、愛さえあれば避妊しなくても、ましてやそれで子どもができても大丈夫、とか思ってる?

「文緒も子どもじゃないから分かるだろうけど。子どもができる、って大変なことなんだぞ? 智鶴さん見て、なんとも思わないの?」

 アメリカから帰ってきたら、智鶴さんは三人目を妊娠していて驚いた。
 久しぶりでいろんなこと忘れてたー、とのんきに笑っていたけど、かなりつらそうで。それを目の当たりにしても、文緒はのんきなことが言えるのか?

「そんなの、男側の言い訳。どうせ、そういうやつに限っていざ、できたら責任逃れをしようとするんだぞ?」

 俺の言葉に美紀ちゃんがぴくり、と反応した。
 まさか。

「美紀ちゃん……まさか、とは思うけど」

 それまでまったく反応を示さなかった美紀ちゃんの瞳に、涙があふれる。
 うわー。由典のやつ……もしかしなくても。
 文緒はあわてて洗面室に駆け込み、ホテルのタオルを持ってきて美紀ちゃんの涙をぬぐってあげる。それでもあとからあとからあふれてくる涙。美紀ちゃんはその涙をぬぐおうとも顔を覆うこともせず、ただただ、涙を流すだけ。
 兄貴は一言もなにもこの件に関しては言ってなかったけど……。
 美紀ちゃん、まだ由典に言ってない?
 美紀ちゃんは涙を流しているだけで、文緒はやさしく流れる涙を拭ってあげている。
 もしも俺の仮説が正しいのなら。
 由典は男として、最低だ。
 洗面室に行き、ハンドタオルを濡らして文緒に渡す。濡れたハンドタオルで美紀ちゃんの顔をぬぐってあげているのを見て、どうしたものかと頭を悩ます。
 ようやく、美紀ちゃんも泣き止んだようだ。

「美紀ちゃん、もしかして」

 俺の言葉にかぶせるように、美紀ちゃんは、口を開いた。

「睦貴さん、違うんです」
「……はい?」

 文緒から濡れたハンドタオルを受け取り、美紀ちゃんは顔を拭き、俺に顔を向ける。すっぴんだけど、かわいい顔だなぁ。という今はどうでもいい感想が真っ先に浮かぶ。

「由典、結婚しよう、と言ってくれたんです」

 はあ。
 口約束だけなら、いくらでもできるからねぇ。俺はしなかったけど。
 そもそも、結婚なんてする気、まったくなかったから。

「あたしの中に、由典の子どもがいたんです」

 美紀ちゃんは少し瞳を潤ませ、下を向いて自分のお腹を見つめる。
 いた、って過去形……?

「お仕事が楽しくて……無理しちゃって、その」

 思い出したのか、美紀ちゃんはうう、とうめいてハンドタオルを目に当てる。
 辛いことを思い出させてしまったのか。

「それで……そのことについてなじられて」

 しかしなぁ。

「美紀ちゃん、知ってた? 妊娠初期の流産は母体のせいじゃないって」
「………………」

 忘れているかもしれないけど、俺、一応、獣医だから!

「そう言われても納得いかないのは分かるけど、それで美紀ちゃんが責められるのは、間違ってる。由典はきちんと結婚してくれる、と言ってくれたのはそこは認めるけど、だからって言っていいことと悪いことがあるんだ」

 由典、いい奴かもしれない、と一瞬思ったけど、やっぱり許せないな。

「ああ、それで納得がいった」

 それで由典が美紀ちゃんが悪い、みたいなことを言っていたのか。

「なんなの、あいつっ!? 美紀ちゃんが悪いみたいなこと言って! 全然悪くないじゃないっ! むしろ、そういう時にこそフォローできない由典の方が悪いじゃないの!」

 文緒はものすごく憤慨している。俺もそれは同意する。

「由典を悪く言わないでください。彼は彼で……ものすごく悲しんでいるんですから」

 と言われても。

「美紀ちゃん、あんな最低なヤツと、別れなよっ! 駄目よ、悲しんでいたとしても、美紀ちゃんにやつあたりするようなあいつ、最低よ!」

 文緒さま……。そこで別れをすすめるんじゃない。男と女の関係なんて、他人には推し量れないんだよ、残念ながら。端から見たら不幸に見えるかもしれないけど、本人たちはそれが幸せ、なのかもしれないし。
 それを言ったら……俺たちだって、相当、変だから!

「文緒……俺たちもそれを言ったら、同じような状況だから」
「なにがっ!? 睦貴は別に、やつあたりなんてしないじゃないっ!」
「いや……。そういうのではなくて。他人から見たら俺たちも変だから。年の差十六だし、俺なんてそれまでろくでもないことばっかりしていたし。文緒は若いからもっといい男を見つけろ、と言われるのと一緒だぞ?」

 俺の言葉に文緒はまだ納得いってないようで、言葉を紡ごうとしたが。

「睦貴さんの言うとおりです」

 と美紀ちゃんは同意している。事実だけど……複雑な気分。

「昨日、文緒さんから聞いて、びっくりしました。文緒さんが結婚しているのは知ってましたけど、その……睦貴さんと結婚していた、と言うのを知って」

 あははははー、と思わず遠い目になる。

「睦貴さん、うちの父親と同じ年なんですよ」

 その言葉に、固まる。まじかよっ!?

「あー、だけど、睦貴さん、全然年齢より若いですよ!」

 それは……フォローになってないよ……、うん。

「ほらな、文緒。男と女の関係なんて、他人がはかるものじゃないんだよ」
「うん……」

 納得してないような表情をしていたけど、こればっかりはね。

「とにかく、由典と美紀ちゃんの間のことはふたりが考えて決めることだから他人の俺たちがとやかく言うことじゃないけど。その、由典の言ったことは間違ってるからな。辛いかもしれないけど……その」

 慰めることは苦手だ。なにを言っても空回りしているようにしか思えないから。
 美紀ちゃんは少し赤くなった瞳を俺に向け、わずかに微笑んで、

「睦貴さん、やさしいんですね」

 くすり、と笑われた。
 やさしくなんかないぞ。
 むしろ、今まで散々女を泣かせてきたし……いや、そういうできただとかどうだ、という悲しませ方はさせてないとは……思うけど。

「あの、睦貴さん。お願いが……あるんです」

 と美紀ちゃんからされたお願いに文緒はおののき、美紀ちゃんを必死に止めている。
 うーん……。
 どうしたものかなぁ……。
 悩んで、どうにもひとりで結論を出せなくて……すべてを知っていそうな兄貴に救いを求めてみた。
 兄貴の電話にかけると、俺からかかってくるのは分かっていた様子であっさりと知りたい答えを教えてくれた。
 なんなの、一体!?

「あたし、マンションに戻ります」

 そうして、美紀ちゃんは少し意味深な表情をして、片づけをしてくれている文緒に聞こえないように俺の耳元で、

「睦貴さん、文緒さんとするのなら……もう少しキスマークつける場所、考えてあげてくださいね」

 とウインクされてしまった。
 えっ!? 昨日はつけてないけ……ど。もしかして。

「ごめんなさい、ちょっとのぞき見しちゃいました」

 うぎゃああああっ。
 寝てる、と思っていたしっ! あそこなら寝室から見えないと思ったからっ!

「由典がいなくて、睦貴さんがフリーだったら、一回くらい、お相手してほしかったです」

 なんて告白もしなくていいわっ!
 うぅ、美紀ちゃん、あなたって意外にしたたかなのね。
 落ち込んでいる俺に文緒は無邪気にどうしたの? なんて聞いてくる。
 もう俺、他人がいるところでは絶対にしないっ! あー、恥ずかしいっ! 見られるのは兄貴だけで充分だっ!
 ……って、なんだか究極の羞恥プレイ、のような気もしてきたけど。

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