愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!11



     ◇   ◇

 隣の部屋からぼそぼそと聞こえてくる話声で目が覚めた。なんか……三人分の声が聞こえるんだけど?
 少しぼさぼさの頭を少し整え、しゃっきりと目が覚めない頭のまま、隣の部屋をそっとのぞく。
 文緒と……美紀ちゃんと、あの後ろ姿は……たぶん古里さん。女の子三人の中にこれで出て行くのは……かなり勇気がいる。というか、さすがの俺でも無理。どうしたものかな、と思っていると、文緒と目があった。

「睦貴、ようやく起きたんだ!」

 文緒はうれしそうに俺のところまで来て、着替えを渡してくれた。と言っても、昨日着ていたものしか持っていないけど。

「下着は昨日、コンビニで買っておいたのだから」

 と言われ、あまりの用意周到さにめまいがした。
 文緒の方がよっぽど蓮さんに似てきたよ。血とは恐ろしい。
 文緒にお礼を言い、着替える。下着が新しいだけでもずいぶん気持ちが違う。

「おはようございます」

 着替えて、寝室を出る。
 古里さんの視線が痛いのは……昨日の文緒と夫婦だ、と言ったのがまだ尾を引いている、ということでしょうか? そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。

「睦貴さんもご一緒にお泊りだったんですか?」

 い、いけなかった?
 しかも……美紀ちゃんが寝ている隣の部屋で、あんなこと、したの知ったら塩でも撒かれそうな勢いだ。

「ああ、そうそう。美紀ちゃんの部屋、クリーニングに昨日入ってもらってきれいになっているはずだけど。どうする?」

 別に今日もここに泊まってもらってもこちらとしては全然構わないんだけど。どうやら当分、ここを使う予定がないみたいだし。だけど、ひとりでここにいるのも心細いでしょ?

「あの……由典はどうなったんでしょうか?」

 美紀ちゃんは自分の部屋よりも由典の行方、の方が気になるらしい。
 不安そうな視線にそういえば、と思い出す。
 どうもこうも……由典の父親が引き取りに来た、という話をしたら、美紀ちゃんはかなり青ざめた表情をしていた。
 なにか言いたそうな表情をしていたから話すように促したけど、美紀ちゃんはかたくなに拒否をして、それ以来、口も開かず、心も閉じてしまったようだった。それまでは文緒と楽しそうに話をしていたというのに。
 うーん、困ったなぁ。

「あなたに美紀ちゃんを頼むのは狼に羊をさし出すような気がするけど」

 古里さんは俺をさげすんだ視線で見ながらそう言ってくれた。
 ひどいよ。
 確かに昔の俺だったらありがたくごちそうさま、といただいているかもしれないけど! 今の俺は、文緒しかいないから!

「古里さん……。残念ながら、文緒以外は無理だから」

 と事実を述べると、古里さんは今まで二メートルあった距離がさらに倍とられ、その距離でも嫌そうな表情をしながら俺から視線をそらして話をすすめている。
 ここまであからさまに嫌がられるのは初めてで、新鮮なんだけどどうすればいいのか分からなくて、困る。
 しっかし、激しく潔癖だなぁ。もしかして……男性経験ない?
 昔の俺ならそういう人を溺れさせたりするのが楽しくて、本気で口説いていたんだけどなぁ。……ってひどいな、俺。

「あの……古里さん。そんなに嫌がらなくても」
「文緒さんには悪いけど、あたし、あなたみたいなタイプが大っ嫌いなんですっ」

 と堂々と宣言され、苦笑するしかなかった。
 ものすごく嫌がる古里さんとどうにか会話を終え、妙に疲れを覚えたのは仕方がない。
 美紀ちゃんに指一本でも触れたらあの世逝き! とまで指さしで宣言され、分かりました、と答えて他の子のところに行くのを見送った俺たち。

「たまにいるんだよね……。俺のことすっごく嫌う人」

 左手で自分の右肩をとんとん、と叩きながら一言つぶやくと、

「嫌われても仕方がないこと、してきたんでしょ?」

 と文緒に冷たく言われた。フォローもなしかい、文緒さま。

「でも、私は睦貴のこと、大好きだよ?」

 とかわいくにっこり微笑むから、美紀ちゃんがいなかったら襲っちゃうぞー!
 ……年甲斐もなくなにを言わせるんだ、文緒。
 というか、落ち着け、俺の下半身。

 とそんな馬鹿な会話をしていても、美紀ちゃんはまったく反応なし。
 目の前でやっちゃったら……刺激で美紀ちゃん、気がついてくれるかな?

「睦貴、馬鹿なこと考えないのっ!」

 と文緒から鋭い突っ込みが入る。
 兄貴じゃあるまいし、俺の考えが読めるとは思えないけど……。俺がろくでもないことを考えているとすぐに察知するよな、文緒は。

「睦貴って、変なこと考えていたらすぐに分かるんだよねぇ」
「そんなに俺、顔に出やすいか?」

 そんなつもりはまったくないんだが。むしろ、表情が乏しい、とよく言われるくらいなんだけどなぁ。

「睦貴ほど分かりやすい人、いないよ~」

 と言うけど……。

「そうなのか? 表情が乏しくてなにを考えているのか分からない、とよく文句を言われるんだが」
「うーん、表情はそうかもしれないけど……。なんだろう、空気?」

 なんだそりゃ?

「普段は別に思わないんだけど、変なこと考えていたら睦貴の周りの空気が変わるって言うかなんというか」

 と説明されたけど、やっぱり分からない。
 それって普通は読めないと思うんだが。

 それよりも、お腹がすいてきた。
 朝ごはん、というよりすでにお昼に近い時間。ルームサービスでランチを三人分頼み、食事をしながらため息をつく。

「美紀ちゃん、きちんと食べないと駄目だよ」

 文緒は鶏肉のソテーを口に運びながらなにも映さない目をしてぼんやりと座っている美紀ちゃんにそう言う。美紀ちゃんは文緒の声なんて全然、聞こえてないようだ。
 文緒は困ったように俺に視線を送ってきた。そんなすがるような目をされても……。
 目の前の美味しいランチをしっかりと食べ、美紀ちゃんの横に椅子を持って移動する。

「美紀ちゃん」

 呼びかけてもまったく反応がない。
 目を開けているから、寝てはいない、というのは分かるけど。
 由典からあんなひどいことをされたから、男の俺が近寄っただけでなにか反応があるかと思ったんだけど。
 反応がないところを見ると、そこまで心を閉ざしている証拠なのか。
 重症のような気もする。
 古里さんには指一本触れるな、とは言われたけど……。そういうわけにもいかないしなぁ。

「美紀ちゃん」

 遠慮がちに、肩をとんとん、と叩いてみる。
 文緒はまだランチを食べているけど、なにも言ってこないところを見るといならまだいいと思われていると思っていいんだよな?

「美紀ちゃーん」

 柔らかそうな頬をぷに、とつついてみる。
 しかし、まったく反応がない。
 これはどうしよう?
 美紀ちゃんの頬が思ったより気持ちがよくて、ついついぷにぷにして遊んでしまった。
 古里さんが見ていたら悲鳴を上げて塩をまかれて部屋から蹴りだされている行為だな、と思ったけど、止まらない。
 あー、嫌そうな表情の古里さんに蹴られて部屋から追い出されるのも……いいかもしれない。

「まーた変なこと、考えてる」

 美紀ちゃんの頬にぷにぷに、の時はなにも言わなかったのに、古里さんから足蹴にされているのを想像しているのに対して突っ込みが入るとは思わなかった。

「なに考えていたの?」

 文緒は少しすねたような口調で後ろから俺に抱きつき、聞いてくる。素直に言うのもなんだな、と思っていたら。

「美紀ちゃんにそれだけ触っているのが古里さんにばれたらどうなるのか、の先を考えていたんでしょ?」

 と考えを見透かされてしまった。
 どうして分かったんだ!?

「睦貴の考えなんて、お見通しだよっ!」

 とぐい、と頬をつかまれ、文緒の方に顔を向かされ、キスをされた。
 美紀ちゃんが見ている前でなんてことをっ!

「美紀ちゃんの馬鹿っ! なんで昨日、あんなこと言うのよっ!」

 いつにない積極的な文緒に、おじさんびっくりなんですが。

「睦貴は私のモノなんだから……!」

 そう言うなり、文緒はするりと俺の前に回り込み、抱きついていきなり唇を割り込んで舌を絡めてくる。
 どうすればいいのか分からなくて、だけど文緒が俺のひざの上から落ちそうだったので腰に手を回し、なされるがままになっている。
 積極的なのはうれしいのですが、美紀ちゃんがいないところでそれ、やってほしい。
 それとも……文緒、まさか露出プレイがお好み!?
 うーん、さすがの俺でもそれはちょっと……。
 だけど昔、外でやったとき、いつも以上に文緒、感じていたなぁ。そういうのが好みなのかな、文緒。

「睦貴……」

 いつも以上に色っぽい艶を帯びた声に理性の糸が切れそうになっているんだけど、美紀ちゃんが気になって気になってそれどころではない。

「文緒……。積極的なのは大歓迎だし、うれしいんだけど。それよりも美紀ちゃんが……」
「駄目。睦貴は文緒だけを見ていればいいの」

 あ、いえ。
 ええ、普段はそうさせてほしいのですが。文緒に少し落ち着いてほしくて、一度、ギュッと抱きしめる。

「俺は文緒一筋だから……。あとでゆっくり腰が立たなくなるくらい、いくらでも愛してあげるから」

 文緒の耳元でそう囁くと、文緒は感じているのか身をよじりながらようやく俺から降りてくれた。

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