愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!10




「お疲れさま」

 総帥室に戻ると、奈津美さんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
 総帥の机に兄貴は座り、蓮さんとなにか打ち合わせをしていた。

「ああ、悪かったな」

 と全然そう思ってない表情で兄貴は俺にこちらに来るようにジェスチャーしてきた。
 仕事の話をしているのなら悪いと思って遠慮していたのに。

「予想通りのことを言われたようだな」

 兄貴は艶消しのシルバーフレームの眼鏡を少しずらしながら俺を見ている。
 のぞき見、反対!

「面白いからそのまま『はい』と返事してもぐりこんでくれてもよかったのに」

 と楽しそうに笑っている。
 冗談じゃない。

「面白い、面白くない、という問題ではないだろう?」
「そうか? 結果もだが、過程が面白いかどうか、も大切だと思うけどな」

 結果は面白くないことにしかならないのが目に見えているだろう?

「文緒が待ってるから、俺はこれで帰るぞ」
「そうか……。睦貴」

 兄貴に背を向け、扉に向かっている俺に兄貴は声をかけてきた。

「もう一度……蓮と奈津美に代わって俺の秘書、やらないか?」

 この後に及んでまだそれを言っているのか。

「無理だよ」

 そう一言残し、俺は部屋を出る。
 俺が秘書をするのが一番いい、のは分かっている。だけど……。
 また兄貴はわざとぐだぐだにしていくのが目に見えて。それを止めることができないのも分かっていて。
 それに。
 文緒のマネージャーをしていれば、いつでも側にいられるから。兄貴の秘書なんてしたら、文緒から離れなくてはいけないじゃないか。
 そんなこと──俺にはもう、耐えられない。
 車を運転しながら、時計に視線を送る。思ったより時間が経っていた。文緒はもう、寝ているだろうな。それでも約束したから。あのホテルへ向かおう。

 ホテルにつき、カードキーを入れて特別階に向かう。このフロアには部屋がいくつかあるようだが、俺たち以外、だれも宿泊していないようだった。
 先ほど美紀ちゃんに案内された部屋に向かい、カードキーをさして鍵を開けて中に入る。

「むっちゃん」

 扉を開けた気配で俺の帰りが分かったらしく、薄暗くなった部屋の中を文緒は走り寄ってくる。

「なんだ、寝てなかったのか」
「うん」

 文緒は俺に抱きついてきて、ギュッと腰に手を回し、顔を胸のあたりに押し当ててきた。

「ごめん、遅くなった」

 文緒の肩を持ち、少し身体から離させる。そうして、ペナルティのキスを軽くする。

「美紀ちゃんは?」

 部屋を見ると、美紀ちゃんが見当たらない。

「うん、隣の寝室でようやく寝たよ。怖くて……ずっと眠れなかったみたい」

 文緒の視線の先にはベッドルームと思われる扉があり、かたく閉じられていた。
 部屋の中を見ると、ソファの上に隣のベッドルームから持ち出したと思われる掛け布団が置かれていた。

「文緒も美紀ちゃんと一緒に寝ていればよかったのに」

 少し苦笑して、文緒を見る。

「だって……。眠れなかったんだもん」

 そういう文緒がかわいくて、俺はゆっくりとガラス張りの窓辺へ近寄る。このホテルの最上階らしく、眺めがよい。眼下にはだいぶ減ったとはいえ、それでもキラキラと眩しい明かりが見える。
 文緒をその窓の前の少し段差のある部分に座らせる。その前にかがみ、文緒の左肩に手をかけ、キスをする。最初はついばむようなキス。次は少し深く。
 唇を離したときに息をするために少し開かれた唇の隙間に舌をねじ込み、文緒の歯列をなぞるようなキスをする。

「んんっ……」

 文緒はうるんだ瞳で俺を見ている。俺は少し腰を浮かせ、するり、と文緒の服の下に手を入れる。

「睦貴、だめだよ。美紀ちゃんがいるんだから」

 と口で言いながらも文緒は身体を俺にもたれてきている。今日はなんだか疲れていて、こうでもしないと疲れが取れない。
 美紀ちゃんが寝ているのだってきちんと分かっているけど、目の前に文緒がいて、これだけキスをして気持ちも身体も止まらなかった。
 少しあらがっている文緒に悪い、と思いながら止めることができなくて文緒の着ているものを少しずつ脱がせていく。本当に嫌ならあらがえばいいのに、文緒はそれをしない。嫌な時は全力で抵抗されるのを知っているから、文緒は嫌ではないのだろう。

「わがままでごめん」

 文緒の耳たぶの下のあたりに唇を這わせながらぽつりとつぶやく。文緒は驚いたように俺に視線を送ってきた。

「文緒の側から離れるなんて……考えられない」

 俺のその言葉に文緒はふんわりと笑い、俺の履いているズボンに手をかける。

「離れないから」

 脱がされ、細い指で絡まれ、口に含まれる。気持ちよさに身体が思わずのけぞってしまう。
 文緒とひとつになり、俺は文緒の中に白い欲望を放った。

 文緒を抱きかかえたままシャワーに向かい、一緒に仲良く浴びた。そこでももう一度やった、というのは内緒にしておいてくれ。

「もう、睦貴ったら! 子どもができたらどうするのよ」

 少し泣きそうな表情で文緒はそう言うけど。

「俺たち、夫婦だろう? 問題ないじゃないか」

 文緒はなにをおびえているのだろうか。俺としては早くほしい、とは思っている。

「睦貴は……子ども、ほしいの?」
「ほしいよ。だって、文緒と俺の子ども、だろう? かわいいに決まっている」

 その答えに文緒は安堵したような表情をしていた。

「睦貴って子どもほしくないのかと思ってた」
「なんで?」

 文緒の身体を洗いながら俺は問う。

「なんでって……。だって、その。いつもつけてたから」

 ああ、そのことか。

「だって、初めてやった時はまだ文緒は高校生だったし、それに結婚もまだだっただろう? 蓮さんにもくぎをさされていたし。それに……智鶴さんを見て、学業と子育ての両立の大変さ、を知ってたから。そんな苦労をさせたくなくて」

 いくら高屋の金の力でベビーシッターを雇える、と言ったって智鶴さんは自分の力で育てたかったらしく、そのことでよく兄貴とけんかをしていた。それに、仕事もしていたし。俺も協力はしたけど、手助けになっていたのかあやしい。
 しかも、途中から文緒の面倒も見ていたしなぁ。

「文緒は、子どもはほしくないの?」
「ほしくないわけ、ないじゃない!」

 文緒の中になにかずっとため込んでいたものがあったらしく、俺の質問に答えると同時にぼろぼろと大きな瞳に涙をためて泣き始めてしまった。

「睦貴はほしくないと思っていたから……諦めていたの」

 もしかして、ずっと不安そうな表情をしていたのは……俺のせい?

「睦貴からすれば私なんてまだまだ子どもだから……要らないんだと思ってた」

 え?

「そりゃあ、昔は娘だとずっと思っていたけど……。今はその、ひとりの女性として見てるんだけど?」

 文緒の意外な告白に驚いてしまった。

「嘘だぁ。だって、睦貴は私がこんなに想っていても昔と変わらないで接してくるし……昨日だって、その……」

 早く寝なさい、って蓮みたいな言い方だったし。と口の中でぼそぼそと言っている。
 俺としてはそんなつもりはまったくなかったんだけどなぁ。

「文緒はモデルさん。しっかり寝ていないとかわいい顔ができないだろう? だからそう言ったんだけど。蓮さんみたいだったのか?」
「うん。セリフも口調も蓮そっくりでびっくりした」

 結局、自分の言動が文緒を不安にさせている、ということか。全然反省がいかされてないな、俺。

「だけど、今日、早く寝てるように、と言わなかったから寝てなかったんだろう?」
「違うよ。帰ってくるのを待っていたんだよ」
「待っていなくてもいいよ。仕事で疲れているだろう?」

 自分の髪と身体を洗い、シャワーで流す。文緒の身体についた泡もついでに流してあげながら。

「普通の奥さんみたいにだんなさまの帰りを待っていたかったのよ」

 少し照れたような表情で言う文緒がかわいくて、ギュッと抱きしめた。

 寝室は、セミダブルのベッドがふたつ、用意されていた。美紀ちゃんは奥のベッドでぐっすり眠っているようで、少し安心しつつ、俺はいつものように文緒と一緒にベッドにもぐる。
 とりあえず、明日は特に予定はない。
 目覚ましもかけず、文緒におやすみのキスをして、そのまま眠りについた。

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