愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!08



 開始時間は遅れたものの、スタッフとモデルの子たちの素晴らしい連携プレイで予定終了時間までには無事に終了することができた。

「文緒お姉さま、とお呼びしてもいいですか!?」

 帰る間際、控室の前で待っていて、文緒が出ようとして扉を開けたところで、今日、一緒になったモデルの子たちにそう言われていた。

「さっきのあの技、すごかったですぅ~」

 お姉さま!?

「た、大したことじゃないからっ! それに、お姉さま、だなんてやめてよ」

 文緒は困ったような表情でモデルの子たちを見ている。

「美紀ちゃんが文緒おねーさまは素敵よ、と言っていたのがよくわかったわ」

 両手を組んで、うっとりと宙を見つめている子までいる。こ、これは……。

「とにかく! お姉さま、はやめてね、ね?」

 と必死になって言っているけど、だれひとりとして聞いていない。

「おねーさま、メアド教えて~」

 なんて言いながら、文緒の携帯を勝手に取って赤外線通信をしている。ものすごい積極的だな。

「あ、睦貴さんのメアドもついでに教えてよ!」

 廊下に立って文緒を待っていた俺に気がついたモデルのひとりがそんなことを言ってくる。
 え、いや。 ちょ、ちょっと!
 ……携帯電話、持って行かれてしまった。
 携帯電話の画面を開いて、モデルの子たちは黄色い声をあげている。

「やっだー! 文緒おねーさまの写真!」

 あ……やべぇ。待ち受け画面の写真、文緒にしてたんだった。

「モデルとマネージャーの関係にしては親密すぎよねー」
「もしかして、できてるの?」

 なんて言ってるけど、俺たちが夫婦なのは周知の事実、なんじゃないのか?
 文緒は本名で仕事しているし、俺もそのままだし。

「え? 俺たち……夫婦、なんだけど?」

 俺の言葉に文緒以外の子たち、全員フリーズ。
 そして次の瞬間。

「うっそー!」

 と全員がそろって絶叫している。

「あたし、睦貴さん狙っていたのにー!」
「文緒おねーさまのだんなさまだったら、無理じゃない!」

 え……っと?

「もしかして……睦貴、って名字だと思っていた?」

 俺の質問に、全員が同じようにうなずく。まじかよ。

「だって、みんな睦貴さん、って呼んでるから。名字だと思いますよ、ねぇ?」

 確認するようにひとりが言うと、全員がこくこく、と同意している。
 夫婦、というのは言わない方が良かったのか?
 文緒をちらり、と見ると、にっこり微笑んでいた。どっちの表情なのか分からず、少し首を傾げておいた。
 しかし、文緒が『高屋』にならなくてよかった、と思う。
 文緒の機転、俺が『佳山』となることに対して蓮さんが了承したこと、兄貴も了承してくれたこと、に感謝するよ。
 俺の元にようやく携帯電話が帰ってきた。見ると、知らないアドレスがたくさん追加されていた。

「どれがだれか一度にこんなに入れられたら分からないよ」

 という俺にモデルの子たちが群がってきて説明してくれる。
 う、うれしいけど……。腕に胸を押しつけてアピールしてくる子までいて、その積極性に思わず説教をしそうになってしまった。
 ……いかん、完璧おっさんだ。
 文緒をふと見ると、呆れた表情をしていた。
 どれがだれのものか説明され、ようやく解放される。
 文緒を連れて車に戻り、兄貴に電話をかける。
『TAKAYAの本社に来てくれるか?』
 と言われたが、その前に一度、美紀ちゃんのところに寄っておきたい。そのことを伝えると、わかった、と一言だけ言われ、一方的に電話を切られた。
 ……切るのが早いよ、兄貴。
 運転中にまた電話がかかってくるかもしれないと思い、文緒に携帯電話を渡しておく。

「そうだ、古里さんに電話して、今から向かう、と伝えておいてくれないか?」

 文緒は俺の携帯を開き、待ち受け画面を見てため息をついている。

「睦貴……」
「ん?」
「……いや、いいわ」

 呆れられてる、俺?
 携帯電話を買ってすぐに文緒を撮った写真を待ち受け画面にしていたんだけど、気に入らなかった? かわいく撮れていて気に入ってるんだけどなぁ。
 文緒は古里さんに連絡を入れてくれたようだ。

「睦貴、コンビニに寄ってくれる?」

 目に入ったコンビニに車を止める。
 すぐに戻るから車の中で待っていて、と言われたので素直に待っていた。しばらく待っていると、両手いっぱいに荷物を抱えて戻ってきた。

「そんなに買い物するんだったら、俺も連れて行ってくれたらよかったのに」
「こんなにたくさんになるとは思わなくて」

 なにを買ったんだ?
 美紀ちゃんと古里さんがいるホテルに向かう。フロントで名前を告げると、カードキーを渡してくれた。そして、別の場所にあるエレベーターへ案内される。

「そのカードキーをそこの下の……はい、そこです。そこに入れておいてください。自動で目的階に着きますので」

 そう言って、お辞儀をされた。
 お礼を言ってエレベーターを閉める。
 このエレベーターって従業員用、だよな? 明らかにここまでにくる通路、従業員通路だったし。
 VIPもここ、通るんだよなぁ……?いいのかな。とりあえず、そのあたりは兄貴に言ってみよう。
 と考えているうちに目的階に到着したようだ。
 忘れないようにカードを抜いて先に降りるように文緒に言って、降りたのを確認してから先ほどコンビニで購入した山ほどある荷物を持ってエレベーターから降りる。

「文緒さん!」

 もう少しでそちらに行く、という連絡を文緒に入れてもらっていたので美紀ちゃんが部屋から飛び出て来て、文緒に抱きついている。

「美紀ちゃん、大丈夫?」
「はい、おかげさまで」

 Tシャツの袖から伸びる長い手にはかなりあざが残っていて痛々しいけど、思ったより元気そうで安心した。
 美紀ちゃんは文緒の手をぐいぐいと引っ張り、部屋へと案内してくれている。文緒は苦笑した表情を俺に見せ、仕方がないな、と付き合っている。
 部屋に行くと、古里さんがソファに座って電話をかけていた。
 会釈だけして、文緒が先ほどコンビニで大量購入したものをどこに置けばよいか、美紀ちゃんに聞く。

「なにを買ってきてくれたんですかあ?」
「暇だと思って、いろいろ買って来たんだ」

 と言って文緒は袋からいろいろ出して、美紀ちゃんに説明している。おいおい、そんなにいろいろ買っていたのか。ものすごく重いと思ったよ。
 文緒と美紀ちゃんはなんだか盛り上がっている。どうすればいいのか分からない俺。
 と思っていたら、電話を終えた古里さんが苦笑しながらこちらにやってきた。

「睦貴さん、すみません。ありがとうございます」

 と開口一番で言われたけど、なんのことだ?

「睦貴、私今日、ここに泊まる」

 はい?

「美紀ちゃん、ひとりになっちゃうんだって」
「はい、今からどうしても行かなくてはいけないところがありまして」

 もうこんな時間だけど?

「はい、無理言って時間を変えてもらったんです」

 そうなのか。

「文緒、着替えはどうするんだ?」
「コンビニで買ってきたよ」

 ……用意周到ですこと。

「美紀ちゃんもひとりでここは、心細いだろうから」

 と言われたら、反対するわけにもいかず。今から兄貴のところに行くわけだけど、文緒はいなくてもいいかな?

「美紀ちゃんが迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、ありません! 文緒さんがいてくれるとうれしいです!」

 と美紀ちゃんにきらきらと言われたら、了解を出すしかない。
 まあ、俺は文緒のだんなであって、保護者ではない。しかも、文緒はもう成人しているのだから。

「明日、お昼頃に迎えにくる、でいいか?」

 今まで、文緒もいろいろ制限されていて友だちの家に泊まりに行く、ということができなかったからうれしいらしい。

「うん。分かった。睦貴」

 文緒は俺の横まで歩いてきて、いきなりギュッと抱きついてきた。
 驚いたのは俺。
 古里さんと美紀ちゃんがいるのに。

「ふ、文緒?」

 古里さんと美紀ちゃんを見ると、やっぱり驚いた顔をしている。

「……睦貴」

 俺に抱きついたまま、文緒は少し泣きそうな表情で顔をあげて俺を見上げる。
 その表情は不安そうで、どうすればいいのかしばらく悩む。

「……アキさんところの用事が終わったら、やっぱり来てくれる?」

 と少し甘えたような声でそう言ってくる。
 もしかして、さみしがってる?
 俺は文緒を安心させるために抱き寄せ、ふたりから見えない側の頬に軽くキスをしてから、

「分かった。だから……美紀ちゃんといい子にして待っていられるよね?」
「……うん、分かった」
「じゃあ、行ってくる」

 アメリカで再会してから、俺と文緒はあまり離れたことがないかもしれない。だからなのか、文緒はものすごく不安そうな表情で俺と古里さんを見送ってくれた。

「文緒さんと仲がよろしいんですね」

 下に降りるエレベーターの中でふたりっきりになった古里さんが少し嫌味っぽく言ってきた。

「俺たち、夫婦だから」
「……はい? だれと、だれが?」
「俺と文緒」

 かなり間があり、古里さんは絶叫する。

「うそでしょうっ!?」

 嘘言ってどうする。

「文緒さん、二十歳でしょう? 睦貴さん……」

 言外に年の差いくつ、と言っている?

「三十六だけど」

 古里さんはそんなに難しい引き算じゃないはずなのに、指を折って数えている。

「そ、それって……」

 はいはい、分かってるよ。『犯罪級の年齢差』って言いたいんだろう? 言えばいいじゃないか。アメリカでも散々言われたよ!
 なんなら、文緒が産まれるとき、取り上げたという話をすればいいか? たいていのやつはドン引きするけどな。
 妙な沈黙が支配したエレベーターは、駐車場のある地下に止まる。

「古里さん、送って行きましょうか?」
「いえ。結構です」

 なんだか汚いものでも見るような目つきで俺をにらみ、かつかつと古里さんの車だと思うところへ歩いていき、

「それでは、失礼いたします」

 と慇懃にいい、ばたん、と音を立ててドアを閉め、車を急発進させて去って行った。
 なにもそんなに嫌わなくてもいいじゃないか。ひどいな。
 俺はため息をひとつつき、車に乗ってTAKAYAの本社へと向かった。

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