最初から謎はひとつもないッ!!05
◇ ◇
駐車場に戻り、後部座席に由典を投げ入れる。うぅ、とうめいていたけど、そんなの知らない。男なんて適当に扱っておけばいい。
お屋敷に戻っても、由典はまったく起きてこなかった。
文緒は明日があるから、と先に部屋に戻した。
「いいか、寝てなかったらどうなるか分かってるよな?」
ついてきたそうな顔をしていたのでとりあえず文緒を脅しておいた。脅しになっているのかどうかは分からないけど。
かなり遅い時間だったから行くのをためらわれたけど、兄貴と智鶴さんの部屋の前の扉に立った途端、向こうから扉が開けられた。兄貴は俺が抱えている由典を見て、ものすごく嫌そうな表情をした。
「ちぃはもう寝てるから、とりあえず別の部屋に行こう」
と言われ、素直についていく。部屋なら腐るほどある。玄関先まで戻り、いつもは使わない廊下に入ったのでついていく。
「ここで」
と、客間に入るように促された。
中に入ると、きれいに掃除されていて、兄貴が準備していたのが分かった。
「で、そいつがその美紀ちゃんとやらの彼氏なわけ?」
「そう。なかなかこいつ、面白いぜ」
ベッドの上に由典を投げる。それでも起きてこないって、どれだけ神経が太いんだ、こいつ?
「その美紀ちゃんの部屋、とやら……ひどいな。気分が悪くなる」
美紀ちゃんが倒れていた状況を思い出し、遠い目になる。
「由典くん、起きてー」
とかわいらしく起こしてみたが、まったく起きてこない。
文緒の回し蹴りが相当きいているのか?
「文緒さまの回し蹴りがやばかったのかなぁ」
「いや、その馬鹿。たぶん美紀ちゃんと連絡が取れなくなってから不眠不休だな」
兄貴の言葉にむかっとして、由典をげしげしと蹴り起こす。女の子を無理やり組み敷くなんて、男として有り得ない!
「おまえがそんなに怒るなんて、珍しいな」
げしげしと怒りにまかせて由典を蹴っている俺に、兄貴が面白そうに言う。
人を感情が欠落している人間のように言うな。
「由典、と言えば。小金丸のところの末っ子じゃないか」
「そう。面白い土産、だろう?」
兄貴は由典のところまで行き、
「いつまでおまえは寝たふりをしているつもりだ? それとも、睦貴の蹴りが気持ちがいいのか?」
え? なにこいつ、寝たふりしてたのか?
兄貴は由典の首根っこをつかみ、自分の方に顔を向けさせる。そして、たまに見せる獰猛な瞳で見つめ、ふん、と言ってベッドに投げつける。
「胸糞悪いものを見てしまった」
由典はゆっくりと身体を起こし、俺たちを睨みつける。
「オレをどうするつもりだ?」
兄貴は由典から相当嫌なものを見たらしく、青い顔をして俺の手をつかみ、ひたいに押し当てている。
「おまえは本当にひどい人間だな。おまえの親父さんからの願いを聞き入れようかと思っていたが……気が変わった」
兄貴の言葉に、由典の顔色が面白いくらい変わった。
「今回はうちの大切な『商品』に手をだしてくれたからな」
どうやら、兄貴は本気で怒っているらしい。普段なら絶対、自分のところに所属している人間を『商品』だなんて呼ばない。そこをあえてそう呼んでいるところを見ると、先ほどの言葉を撤回する気はさらさらないらしい。
「俺の前から消えろ。おまえは目障りだ」
兄貴は俺に由典をお屋敷の外に投げ出せ、と目だけで指示を出す。
うわぁ、痺れるっ!
俺は由典の腕をつかみ、部屋の外に連れ出し、そのまま玄関へ連れていく。
靴? 金? 連絡手段? そんなもの、知らね。男に優しくしたってもったいないだけだ。
「ほらよ、好きにどこにでも行けよ」
玄関から由典をぽいっ、と外へ投げ出す。
「おまえらは鬼かっ!」
「鬼でもなんとでも言えばいい。おまえの方がよほどひどいことをしていると思うがな」
俺はそれだけ言うと、玄関を閉めた。なにもされなかったことをありがたく思え、馬鹿。
部屋に戻ろうとしたら、先ほどの部屋の扉の前に立っていた兄貴に呼ばれ、中に入るように言われた。
「あれはたぶん、また美紀ちゃんに接触してくると思う」
「ああ、そう思う。全然反省している気配がないからな」
むしろ、今回のことで逆恨みで美紀ちゃんがあれ以上、ひどい目にあう可能性も高い。
「明日、すぐに美紀ちゃんを別の場所に移せ」
「どこに?」
「そうだな……」
美紀ちゃんが入居しているようなマンションは他にもあるにはあるが、確かどこも空きがなかったはずだ。
「あのマンション近くのホテルの特別室、空いていたよな?」
空いていたような気がする。
「わかった。すぐに確保する」
俺は携帯電話を取り出し、ホテルのフロントにかける。
遅い時間にも関わらず、すぐに電話は通じ、明日すぐに使えるように準備しておくようにお願いした。
「馬鹿な息子を持つと、苦労するな」
それは……自分ちの柊哉のことも含めてか? あいつはあいつで最近、ずいぶんと立ち直ってきていると思うんだが。柊哉から文緒を奪っておいてなんだけど。
奪う、というと略奪愛のようだが、違う。
だけど、柊哉からすれば、俺が文緒を奪って行ったと思われても仕方がない。柊哉はずっと、文緒のことが好きだったから。
初恋は実らない、というだろう、柊哉。
しかし、柊哉が大学を卒業したら、俺が秘書としてあいつに仕事を教えないといけないんだよなぁ。と思ったら、気が重くて仕方がない。いつまでも卒業してくるなよ、とひどいことを思わず考えてしまう。
「馬鹿な息子、というのは俺も含まれてるのか?」
俺たちの親父からしてみれば、俺なんて相当の馬鹿息子だろう。
次男坊ということをいいことに大学卒業しても働かないでニートだし、そうかと思ったらいきなり十六も下の文緒と結婚するし、高屋の名は捨てるし、今なんてマネージャーなんてやっているし。
「まあ、おまえは馬鹿かもしれないが、親父は相当、面白がっていたぞ」
なんとなく親父に会いにくくてもう二十年以上、会ってないような気がする。
「たまには親父に会いに行ってやれ。さみしがっていたぞ」
「ああ……」
今ではもうすっかり引退して、日々、趣味に暮らしているとは聞く。同じお屋敷の中にいるにも関わらず、俺は会いに行けないでいる。
「文緒は結構まめに親父に会いに行ってくれているらしいぞ」
それは初耳だった。
「まあ、会いに行きにくいのは分かるが……親父も年だ」
そう言われ、ふと真理のことを思い出した。
あいつも……そうだった。
早く会っていれば、と後悔したことを思い出す。
「文緒と一緒に今度、会いに行くよ」
あまり気乗りしないが、兄貴とそう約束した。
部屋に戻ると、文緒はベッドの端で丸くなって眠っていた。
明日の仕事に遅れないように、とたくさんの目覚まし時計をセットして、起こさないように慎重に布団にもぐりこむ。
なんだか今日は疲れた。
「ん……。おかえり」
文緒は俺が布団に入った気配で目を覚ましたようだ。
「ごめん、起こした?」
「んー?」
どうやら、寝ぼけているらしい。俺は文緒のひたいに軽くキスをして、文緒の寝顔を見つめながら眠りについた。