愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!04




「さーってと」

 ポケットから携帯電話を取り出し、兄貴にかける。

「あ、兄貴? 面白いものを捕まえたんだけど、いる?」

 電話の向こうでは馬鹿だとかありとあらゆる罵詈雑言を言っているけど、無視だ無視。面白いから小金丸の息子の耳に携帯電話を無理やり押し当て、聞かせてやる。片手で押さえているから最初、俺から逃れようと暴れていたが、兄貴のひどい言葉にどんどん力が抜けていっているらしく、抵抗する力が弱まってきた。
 これに深町さんがいると最強なんだが、あの人はあの人で忙しくて、最近そういえば顔どころか電話で声も聞いてないな、と思い出す。日本に帰って来たのだし、挨拶代わりに電話をかけるか。
 その電話がのちの騒動を引き起こすなんて、その時の俺は知る由もなかった。

「警察につきつけるより、兄貴のところに連れて行った方が面白そうだな」

 思わず語尾に音符マークをつけたいくらい、今の状況は面白い。兄貴にお土産を持ちかえることを伝え、電話を切る。

「アキさんところに連れていっちゃうの?」

 文緒は少しおびえたように言っている。

「美紀ちゃんのかわいそうな姿も見られちゃうよ」

 ああ、そちらを心配しているのか。

「だけどな、文緒。警察にこいつを連れて行っても、親父の力でもみ消されるのが目に見えてるんだ。それなら、美紀ちゃんは辛いかもしれないけど」

 そこまで言ったところで、美紀ちゃんがむくり、と起き上がった。

「睦貴さんっ!」

 思ったよりしっかりした口調で驚いたが、小金丸の息子をしめ上げたまま、美紀ちゃんを見る。

「美紀ちゃん、大丈夫!?」

 文緒が心配して、美紀ちゃんを支えている。

「文緒さんも、すみません。あのっ、あたしが悪いんです」

 この状況をだれが見ても美紀ちゃんが悪い、とは思わないと思うんだが。

「そうだよな、美紀」

 と小金丸息子が言うものだから、美紀ちゃんはびくり、と身体をこわばらす。ったく、空気を読みやがれ、馬鹿息子っ!
 ぎりぎりとしめ上げてやる。

「痛いってさっきから言ってるだろう!」

 とかなり声を荒げて言うが、俺には全然怖くない。むしろ、どうやって次はいたぶろうか、なんて思えてしまう。
 おかしい。俺は完全なM体質のはずだったんだが。兄貴の秘書をやっている間にSにも目覚めてしまったらしい。

「由典(よしのり)を離して!」

 と美紀ちゃんは言うけど、そのお願いはさすがに聞き入れられない。

「俺は女の子に暴力を振るうような男は嫌いだ。美紀ちゃんのお願いでも、無理」

 美紀ちゃんはうつむき、悲しそうに下唇をかむ。

「さーてと、由典くん?」

 俺の呼び掛けに今度はこいつがびくり、と身体を震わせ、固まる。

「やさしい俺は君に選択肢を三つあげよう」
「だれがやさしいって?」

 と文緒の突っ込み。

「俺だよ、俺」

 オレオレ詐欺のように答えてみる。

「まず一つ目。警察に通報する」

 由典はまったく顔色を変えないが、美紀ちゃんは今よりもさらに血の気が引き、青い顔になる。美紀ちゃんのことを考えたら、警察沙汰はなし、だな。

「二つ目。俺の兄貴の前で羞恥プレイ」

 先ほどの携帯電話で言われたことを思い出したのか、今度は由典が青くなる。

「そして三つ目。このまま親父さんのところに連れて行かれる」

 これにはあまり反応がない。

「よし、分かった。兄貴のところ行き、だな」

 壁に押し付けていた由典の腕を引っ張り、玄関に連れていこうとしたら。

「待ってください!」

 と美紀ちゃんに止められた。

「本当に今回、あたしが悪いんです! 由典は悪くないんですっ!」
「美紀ちゃん。それを確かめるために兄貴のところに連れて行くんだけど、だめ?」

 とその隙に由典は俺の手をするり、と抜け、美紀ちゃんのところに走り寄った。
 しまった、と思ったのもつかの間。

「ふざけるんじゃないわよ、この馬鹿男っ!」

 美紀ちゃんを支えていた文緒が立ちあがり、走り寄ってきた由典に回し蹴りを食らわした。文緒の回し蹴りは見事に由典にヒットして、美紀ちゃんにたどり着く前に壁にぶち当たった。

「ふ、文緒?」

 思わず俺の声が裏返ってしまう。
 外で待機していた古里さんと管理人がその音を聞きつけて入ってきた。

「大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫だけど、管理人さんはこないで!」

 古里さんは俺の横をすり抜け、美紀ちゃんの元へと駆け寄る。管理人は文緒の言葉に律儀にも止まり、俺の後ろから恐る恐る、窺うように室内を見ている。

「とりあえず、ここの住人は家の中にいたから。迷惑をかけてすみません。下に戻って引き続きお仕事をお願いします」

 にっこりと笑い、管理人を外に追い出す。

「熱が出て、動けなかっただけみたいですから。すみません、お騒がせして」

 ととっさに思いついた嘘をつく。
 いやぁ、俺もよく口から出まかせを言うなぁ。

「そ、そうですか」

 納得していないような管理人は、こちらをちらちら見ながら下に戻って行った。
 美紀ちゃんの部屋に戻る。由典は文緒の回し蹴りを受け、その場に気絶している。
 美紀ちゃんは古里さんに連れられ、どうやらシャワーを浴びに行ったようだ。

「怖かったよぉ、睦貴」

 俺の顔を見るなり、文緒は抱きついてきた。

「あんなすごい回し蹴りをしておきながら、怖かったなんてよく言うな」
「こ、怖かったよ! さっきの由典の顔、見てないから言えるんだよ」

 美紀ちゃんに向かって走っていたから見えなかったけど、大体想像はつく。

「俺は文緒の回し蹴りの方がよっぽど怖かったぞ?」
「怖くないよ! 蓮に教えてもらったんだよ」

 ああ、蓮さん……。
 なんでも、柔道の黒帯という実力者らしい。今度、稽古をつけてもらおうかと思っていたけど、どう考えてもむちゃくちゃにやられるのが目に見えているので、やっぱりやめておこう。
 しかし、夫婦喧嘩は絶対にしない。口だったら勝てそうだけど、実力行使されたら……今の回し蹴りを見る限り、絶対に俺より強い。
 文緒には絶対、けんかを売らない。

 俺と文緒は散乱している室内を片付ける。
 しっかし、あんなに片づけが下手で絶望的に不器用だった文緒が、てきぱきと片づけているのを見ると……なんだかものすごく複雑な気分。
 俺がいなかった四年間、文緒はどうやって過ごしてきたんだろう。
 文緒が産まれてから、あんなに長い間、離れていたことはなかった。つかず離れず、という関係だったからなぁ。
 そう思うと、急にさみしくなり、片づけをしている文緒を後ろからギュッと抱きしめていた。

「睦貴?」
「文緒が産まれてからずっと一緒だったのに、アメリカに行っている間の四年、離れていたことを思い出して、ちょっとさみしくなったんだよ」

 アメリカでの生活は、思っていたより充実していた。確かに、楽しかった。ぼろぼろになった会社を立て直すのは、本当に楽しかった。だけど、ふとした拍子に文緒がいない、というぽっかりと空いた穴を思い出し、切なくて眠れない夜もあった。

「もう離れないから。睦貴、私をいつまでも側に置いていてね?」

 あの時は、ああするのがベストだと思っていた。今でも、あの選択は間違いではなかった、と思っている。

「文緒が嫌、と言っても絶対に離さないから」
「嫌だなんて言わないよ」

 文緒は俺の腕の中でくるり、と反転して、俺を見上げてくる。そうして、その大きな瞳を閉じる。腰を抱き寄せ、キスをしようとした時。

 ガチャリ、と音がして美紀ちゃんと古里さんがお風呂から出てきた音がした。
 うおっと。
 今回はいいところで邪魔が入るな。
 文緒は俺の腕からするり、と抜けて、美紀ちゃんの元へ駆け寄る。

「美紀ちゃん、大丈夫?」

 古里さんに抱えられるようにして出てきた美紀ちゃんは、お風呂で身体が温まったからか、ほんのり頬をピンクに染めていた。

「大丈夫です。文緒さん、睦貴さん、すみません」

 古里さんがいるから、と美紀ちゃんのことはお任せして、俺は伸びている由典を抱えて下に降りる。

「あの……。由典、どうするんですか?」

 と美紀ちゃんに心配そうに言われたけど、こんな男、心配してやるほどのことはないだろう。

「美紀ちゃんが心配することじゃないよ」

 と柔らかく微笑んだら、横から文緒に横っ腹を思いっきりつつかれた。
 痛いって。

「明日のお仕事、文緒がやるから。美紀ちゃんはとりあえず、ゆっくり休んで」
「で、でもっ!」

 美紀ちゃんは泣きそうな顔で文緒を見ていたので、

「その代わり」

 美紀ちゃんの瞳を見つめて続ける。

「元気になったら文緒と一緒にお仕事をする、というのを約束してくれる?」
「睦貴?」

 俺の言葉が意外だったようで、文緒は由典を抱えていない方の手を引っ張って俺を見上げてくる。

「文緒も美紀ちゃんと仕事がしたい、と言っていただろう?」
「言ったけど……」
「俺をだれだと思ってるんだ? 仕事なら、いくらでも作ってあげるぜ?」

 文緒ににやり、と笑っておいた。

「私にまだこれ以上、仕事をさせようとしてるの?」
「文緒が望むなら、いくらでも」

 美紀ちゃんにもう一度視線を戻し、

「というわけで、よろしくね」

 右肩に由典を抱え、左手で文緒の手を取り、美紀ちゃんの部屋を出た。

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