愛から始まる物語


<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>

最初から謎はひとつもないッ!!03



 中に入ると、本当に女の子の家なのか、と疑いたくなるほどなにも置いていない。
 しかし、なんだか妙なにおいが漂っている。それには文緒も気がついたらしく、顔をしかめている。
 部屋には一切電気がついていないらしく、薄暗い。隠れるものがなにもない。普通に靴を脱ぎ、足音を立てないようにして中に入る。
 短い廊下の先には部屋があるようで、扉が閉まっている。下半分は木で、上は少ししゃれたガラスがはまっているのでしゃがみこみ、ゆっくりと扉に進む。扉の向こうの部屋にも電気はついていないようで、暗くてよく分からない。少し腰を上げ、ガラス越しに中を見る。
 が、そのガラスをよく見ると新聞か段ボールか分からないがなにかで目隠しをされていて、中が見えないようになっている。
 これはますます怪しい。
 しばらく、部屋の中の音を聞くために扉の前で待機していたが、中からなにか声が聞こえ、こちらに来る気配がした。
 俺は身構える。
 がちゃり
 扉が開く。
 中から出てきた人物と視線がかちあった。
 こいつは……。

「おまえたち……!?」

 俺は立ち上がり、とっさに出てきた人物の後ろに回ろうとしたら、一足先に文緒が立ちあがり、その人物の後ろに回り、腕をしめ上げていた。

「美紀ちゃんになにしたのっ!?」

 扉が全開になり、廊下の向こうの部屋がすべて俺の視界に入ってきた。
 一DKの部屋なので、一目見ただけで部屋の隅々まで見通すことができる。部屋の中は、見るも無残な惨状となっていた。
 狭い部屋に敷かれた布団の上に、一糸まとわぬ姿の美紀ちゃんがあちこちにあざを作ってなにも映さない瞳を天井に向けて転がっている。その周りには食べた後の残骸が転がり、なにか液体を吸ったらしいぐっしょりと濡れた布が無造作にあちこちに放置されている。どうやら、それらのものが混じり合い、異臭を放っているようだった。
 これは……ひどい。
 あまりのひどさに自分の着ているジャケットのポケットから鍵やら財布を取り出し、美紀ちゃんにかける。びくり、と反応を示したところを見ると、かろうじて美紀ちゃんは生きているようで安堵する。
 文緒が拘束している人物は、以前、美紀ちゃんが文緒に見せた写真に写っていた『彼氏』だった。

「で、美紀ちゃんの彼氏さんがなんでこんなひどいことをしているのか?」

 文緒から美紀ちゃんの彼氏を受け取る。文緒がこんな男にいつまでも触れていると思ったら気が狂いそうになる。男は拘束から逃れようとしていたが、後ろ手にぐぐぐ、としめ上げる。

「痛いっ」

 と悲鳴を上げているが、そんなもの美紀ちゃんが受けた精神的・肉体的苦痛に比べれば蚊に刺されたようなもの。ぎりぎりぎり、としめ上げてやる。
 文緒は美紀ちゃんの元へ近寄るが、あまりのにおいのひどさにものすごいしかめっ面をしている。

「文緒、とりあえず窓を開けろ」

 文緒は口と鼻に手を当てながら窓に近寄り、開けている。

「さーてと、どう調理してほしい?」

 俺は極力ドスをきかせ、男の耳元に囁く。

「おまえら……なんの権限があって人のうちに勝手に入ってきてるんだ」
「権限? そんなものないよ?」

 住人に不法侵入と訴えられたら、俺たちも一巻の終わりだ。
 窓が開き、外の空気が入ってきてどうにかこの不快なにおいが少し薄れる。文緒はまだ眉間にしわを寄せたまま、美紀ちゃんに近寄る。

「美紀ちゃん、大丈夫?」

 文緒の声に、美紀ちゃんは少しだけ反応を示す。美紀ちゃんのことは文緒に任せよう。

「美紀ちゃんになにをした?」
「なにをした、って。男ならやることはひとつ、だろう?」

 後ろの俺に向かってにやり、と嫌な笑みをこぼす。その表情があまりにも俺の癪に障り、廊下の壁にどんっ、とぶつける。

「ってーなっ! オレをだれだと思っているんだっ!」

 とわめくものだから、反対の腕も後ろにひねり上げてやる。

「折れるっ! 腕が折れるっ!」

 と情けない悲鳴を上げているのを聞き、どんどん気持ちが冷めていく。

「オレはなっ! 小金丸代議士の息子なんだぞ!」
「で?」

 小金丸代議士といえば、最近、なにかとテレビや新聞をにぎわしているあの彼か。
 ちょっと厄介だなぁ、とは思うが、だからなに、と思ってしまう。
 代議士、というのは衆議院議員のことをいうのは分かっているけど、それは親がえらいのであって、この馬鹿息子はしょせん馬鹿なのだ。
 TAKAYAグループに変な圧力がかかるかもしれないけど、そこは兄貴がどうにかするだろう。それよりも、そのことに臆して女の子を助けなかったことの方を責められるのが目に見えていたのでなんとも思わない。

「うん、だからなに? 代議士なのはあんたの親であって、あんたではないだろう?」

 さらにぎりぎりとしめ上げてやった。

「ただで済むと思うなよっ!」
「できるものならどうぞ? 俺は女の子をこんな目に合わせるような最低なヤツに負ける気はさらさらないからな」

 少し心配そうな表情をした文緒の視線を感じたのでそちらを向き、安心しろ、とにやり、と笑っておく。俺のその表情を見て、文緒は眉間にしわを寄せている。

「さーってと。どう調理するのが一番かなぁ」

 警察に通報しても代議士の力とかで事件はなかったことにされそうだしなぁ。こうなったら、小金丸に直接交渉した方が面白いことになりそうだな。

「睦貴、その顔はなにかたくらんでるでしょう」
「たくらんでるだなんて、人聞きの悪い。どうしたら面白くなるか、を考えてるだけだって」

 俺と文緒の会話のやり取りを聞いていた自称・小金丸代議士の息子はさーっと顔色を変える。

「睦貴……って」
「美紀ちゃんの事務所のマネージャーだよ?」

 極力、朗らかに答えた。が、それが逆に息子にダメージを与えたようだ。

「睦貴っておまえ……佳山睦貴、か?」
「そうだよ。よく知ってるな」

 最近、どこでどう知ったのか知らないが、たまに俺個人に対して取材が入る。それは主にビジネス系の雑誌。アメリカのTAKAYAグループを再建した功労者、とすごい見出しで。
 そんなすごいこと、してきた覚えはないんだけどなぁ。あれは社員たちの努力の賜物だから、どこでもそう言っているのだが、記事を読むと、なんだか俺がすごいことをしてきた人のように書かれている。うーん、みんな、それはだから誤解だって。
 しかし、このちゃらんぽらん(死語)な馬鹿な男でさえ俺の名前を知ってるだなんて、どれだけ有名なんだよ。下手したら文緒より名前が売れてる? それはいろいろと困ったなぁ。俺はあくまでも黒幕役がいいんだけどなぁ。
 ったく、馬鹿兄貴のせいで表舞台に立たされる羽目になってしまったじゃないか。

「TAKAYAグループの総帥の弟、というのは……?」
「へー、小金丸代議士の息子、というのは嘘ではないようだな」

 俺は『高屋』を捨てた男だ。今まで取材を受けた雑誌には、そのあたりのことはまったく書かれていない。まあ、調べればわかるんだが、俺の名前を知っていて、さらに高屋に関わる、ということを知っているのはそれなりに政治・経済に詳しい奴だ、ということになる。

「いやぁ、これは話が早いな」

 ついついニヤニヤしてしまう俺。

「兄貴が小金丸代議士と今、やり合ってるんだよねぇ、確か?」

 内容は知らないが、兄貴が小金丸代議士と最近よく会っているのは知っている。今はもう、兄貴の秘書はしていないけど、たまに蓮さんから相談を受けることがある。あの蓮さんが俺に相談してくるなんて最初は驚いたけど、話を聞くと、確かに俺じゃないと判断を下せないものもあったりする。
 そのひとつに、この小金丸代議士関連の話も入っていた。
『睦貴、秋孝の秘書はお手上げだ』
 と珍しく蓮さんが弱音を吐いていた。
『おまえはよくあの馬鹿の秘書をやっていたな』
 というけど、俺ももうお断りだ。兄貴のわがままには付き合いたくない。文緒のマネージャーをやっているとつくづくそう思う。
 あの蓮さんに弱音を吐かせる兄貴ってどれだけなんだろう。
『奈津美とふたりでとんでもないことをやらかしてくれるんだよ……』
 と言っていたけど、そもそも兄貴と奈津美さん、方向性が一緒だし、あのふたりが組んで仕事をしたら、とんでもないことになるのは目に見えている。だけど、そのおかげでTAKAYAグループはますます成長しているみたいだし。いいんじゃないのか?
『蓮さんがそんななのに、ヘタレな俺に変わったところで、ますますひどくなるばかりだと思いますけど?』
 と言ったら、そういえばそうだ、と切り返された。う……言い返せない。
 しかし、最初は代議士の息子だなんてめんどくさいな、と思ったけど、これはなかなか面白くなって来たんじゃないのか?なんて考えている俺、ちょっと前だったら有り得ないな。文緒の性格が俺にもかなり影響を及ぼしてきているのか?だれに似たのか、文緒は意外に首を突っ込みたがるし、おせっかいだし。突っ込むのは俺の役目だ……とか言ったらやっぱりセクハラものか?

webclap 拍手返信

<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>