愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!02



   ◇   ◇

 夕食を食べ、美紀ちゃんのマネージャーさんからの連絡を待っているのも待ちくたびれたので文緒を誘ってドライブをすることにした。連絡をもらってから出るよりはその方が時間短縮になるかと思って。
 車を出し、携帯電話フォルダに携帯電話を投げ込み、運転する。そういえば夜のドライブなんて仕事以外では初めてかもしれない。助手席に座っている文緒を見ると、なんとなくいつもよりうれしそうな表情。

「夜のドライブって初めてじゃない?」

 文緒も同じことを考えていてくれたらしい。それがちょっと嬉しかった。
 二十年前。俺はお屋敷の廊下で文緒をこの手で取り上げた。それから文緒が十六の年まで『娘』と思って育ててきた。そう、まさしく育てた、と言っても過言ではない。
 文緒の母親である奈津美さんからは
「光源氏計画ね」
なんて言われていたけど、そんなつもりはまったくなかった。文緒はいつか俺から離れていくと思っていたし、そのつもりでいた。
 それなのに、なぜか文緒は俺に告白してきやがった。まさか文緒が俺のことをそんな目で見ていたなんて思ってもいなかったから驚いたけど、心のどこかで文緒のことを女として見ていた部分もあり、文緒の想いを受け入れた。
 だけど──俺が『高屋睦貴』である限り、文緒に危険が及ぶことを知り、それでも『高屋』を捨てることができず、別れることを考えた。
 そうして兄貴に命ぜられるがまま、がたがたのぼろぼろになっているアメリカにあるTAKAYAグループの関連会社の再建を命ぜられ、行く直前になっていきなり文緒からプロポーズされた。
 告白もプロポーズも文緒から、というところがまたヘタレな俺にはお似合いだよな、と思ったけど、さらに文緒はとんでもない提案をしてくれた。
 俺が『高屋』を捨てられないことを知り、それなら結婚して文緒と同じ『佳山』姓を名乗ればいいじゃない、と。
 ほんと、馬鹿なことを考えてくれる。文緒のその心意気がうれしくて、涙が出そうだった。
 入籍したけど俺はすぐにアメリカに旅立ち、形だけの夫婦だったけど幸せを知った。
 アメリカでがむしゃらに働いて四年。
 文緒はある日突然、俺の秘書として現れた。アメリカの大学をスキップして二年で卒業してきたとかぬかして。
 こんなに一途に想われてどうすればいいのか分からなかった。

 それから日本に戻ってきて、文緒はモデルの仕事をしているのだ。そして俺は文緒のマネージャー。
 美紀ちゃんの住んでいるマンションに向かっていると、俺の携帯電話が鳴った。ディスプレイを見ると美紀ちゃんのマネージャーからのようだった。文緒に出てもらうようにお願いした。

「はい、分かりました」

 パタン、と閉じて文緒はまた携帯電話フォルダに入れる。

「マネージャーさんも美紀ちゃんのマンションに向かってるって」

 あらかじめ調べておいた美紀ちゃんのマンションの近くのパーキングに車を入れ、歩いて向かう。
 夜の街は駅前ということもあり、にぎやかだ。文緒が迷子にならないように手を握り、美紀ちゃんのマンションへと向かう。
 駅から徒歩一分、利便性が自慢のマンション。
 そして、いまどきは経費削減で管理人を置かないところが多いのに、そこはきちんと管理人がいて、ガードマンも常駐しているらしい。
 マンションの前には美紀ちゃんのマネージャーさんが待っていた。

「お疲れのところ、わがまま言ってすみません」

 美紀ちゃんのマネージャー──確か古里(ふるさと)さん──は少し疲れた表情をしていたけど、微笑んでお辞儀をしてきた。

「美紀ちゃん、文緒さんを頼りにしていたみたいですから、心配してくれているのを知ったら喜びますよ」

 と言って眉を曇らせる。
 古里さんはガードマンと顔なじみのようで軽く挨拶をして、マンションの中に入る。そして管理人室に寄る。

「本当はいけないんだけどねぇ……」

 管理人はかなりしぶっているので懐から名刺を取り出し、手渡す。
 管理人はいぶかしそうに名刺を見て、目を見開き、俺の顔を見て、再度名刺を見る。

「し、失礼しましたっ!」

 管理人はあわてて管理人室に戻り、鍵をひとつ持って戻ってきた。

「こ、こちらでございますっ!」

 裏返っている声を聞き、苦笑する。文緒は俺を睨んでいる。古里さんは首をかしげて俺を見ている。
 だって、ねぇ? 間違いじゃないし。
 ここのマンション、実はTAKAYAグループ関連の会社が管理しているところ。美紀ちゃんのようなモデルさんをはじめ、事務所に所属している子たちに提供しているマンションだったりする。
 管理人はたとえマネージャーであろうとも、勝手に入れてはいけないのを知っているのでしぶっていたのだ。

「管理人さんはずっとあそこにいらっしゃるんですか?」

 文緒は美紀ちゃんの部屋に向かいながら管理人に聞いている。

「いえ。三人で交代して管理してます」
「美紀ちゃんが出て行った様子、ありますか?」

 最近読んだミステリ小説を真似て聞きこみをしているな、文緒。
 美紀ちゃんの部屋の前につき、ふとメーター類に目をやる。……動いている?
 まさか……な。
 先ほど、文緒が管理人に聞いていた話をふと思い出す。
 美紀ちゃんが出ていった形跡はない、らしい。外から入ってきた人間を逐一チェックはできないが、基本的には鍵がなければ入れない。それか、中から開けてもらうか。
 そのどちらでもない方法で入れるが、エントランスから中に入ったところでさらに室内に入る、となると……。
 なんとなく今回の騒動が読めてきただけに、このまま突入していいのか、悩む。

「間違いなく、美紀ちゃんはこの中にいる」

 文緒の耳元でぼそり、と呟く。文緒ははじけるように俺を見た。

「とりあえず、黙って見てて」

 文緒にはそれだけ告げ、これから先はどうしようか悩む。
 管理人がいて、手元には鍵がある。外からの呼び出しには応じない。だけど中には人がいる気配がする。
 警察を呼んだ方がいいような気がしてきたが。

「文緒、なにかあったらすぐに警察に連絡を入れろ」
「え?」

 とりあえず、玄関の横の呼び鈴を押す。しかし、当たり前だが応答がない。中で動いている気配もない。
 管理人を見て、鍵を出すように促す。管理人はしぶしぶ俺に鍵を渡してくれた。
 できるだけ音を立てないように鍵穴にさし、ゆっくりと回す。鍵は二か所あり、どちらもゆっくりと音をさせないように慎重に開ける。
 両方開き、鍵を一度、管理人に返す。

「なにが起こっても驚かないでください」

 そう一言いい、できるだけ音をさせないように玄関を開ける。そうして滑り込むように中に入ろうとしたら、文緒も一緒になって入ってくる。

「なんでついてくるんだっ」

 小声で文緒に抗議をするが、にっこりと微笑まれただけだった。ここで帰れ、とやっていると向こうに気配を悟られてしまうと思い、仕方がなく連れて行くことにする。
 ったく。

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