愛から始まる物語


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最初から謎はひとつもないッ!!01




「あーあー、助手の文緒(ふみお)くん、そちらは変わりないか?」

『こちら文緒。睦貴(むつき)探偵、こちらもまだ、動きがありません』
 俺はレシーバー片手に食堂の入口から中をうかがっていた。中ではコック長たちが夕食を忙しそうに準備している。

「おまえはそこでなにをしているんだ?」

 でたっ! 悪の権化っ!

「今、なんか俺の悪口を思っただろうっ!?」

 そして有無を言わせずごつん、とぐーで殴られた。

「ったー」

『睦貴探偵、どうしましたかっ!?』
 レシーバーの向こうから心配そうな文緒の声が聞こえてくる。応答しようとしたら、悪の権化の兄貴に取られた。

「文緒も睦貴の遊びに付き合うな」

『あ、アキさん。こ、こんにちはっ』
 動揺した文緒の声が聞こえてくる。兄貴はレシーバーで文緒に戻ってくるように指示していた。

「おまえたちはなにをして遊んでいるんだ」
「え? ……探偵ごっこ」

 最近、ミステリ小説に激はまりの文緒。俺にもしつこく読めとすすめるから読んでみたらこれがまた面白い。文緒の仕事を待つ間に読むものだから、いつの間にか文緒より先に読んでいて、気がついたら文緒よりはまっていた。

「影響を受けやすいな、おまえたちは」

 兄貴の冷たい視線に頭をかく。

「探偵ごっこの前は……メイドごっこだったか?」

 だーかーらーっ!

「くそ兄貴っ、人の記憶を見るんじゃないっ!」

 ものすごい恥ずかしいだろ、その記憶っ!?
 俺の兄である高屋秋孝(たかや あきたか)は十二歳年上で『TAKAYAグループ』の総帥をやっている。そして彼には特殊能力があり、それは『他人の記憶を見ることができる』というもの。
 メイドごっこというのは文緒にメイドの恰好をさせてだな。……みなまで言わせるな。

「アキさん、こんにちは」

 照れくさそうな表情で文緒は俺たちの元にやってきて、兄貴に改めて挨拶をしていた。

「仲がいいのは分かるが、もう少し大人としての自覚をだな」
「アキさん、お屋敷の中で遊ぶのがだめなの?」

 少しうるっとした瞳で兄貴を見上げる文緒。そうすれば兄貴が折れるのを知っていてやっているから文緒は意外に腹黒いと思う。予想通り、兄貴はものすごく困った顔で文緒を見て、

「わかった、悪かった」

 と謝るものだから、文緒はにっこり微笑んで兄貴に抱きついて頬にキスなんてしている。
 ちょっと文緒、だんなの前でそういうことをするのではないっ!
 そんなことをされた当の本人は少し恥ずかしそうに頬なんて赤らめている。
 ……いい年したおっさんがっ!
 二年間のアメリカ暮らしが文緒の奔放さにさらに拍車をかけさせたらしい。そして俺にだけ分かるようにペロッと舌を出して笑ってみせる。こんの悪魔がっ!
 だけどその笑顔がものすごくかわいくて、どきどきする。
 あ゛~! 惚れた弱みだよな、これは。
 兄貴は仕方がない、という表情をして去って行った。

「文緒……」
「なあに、むっちゃん」

 俺の腕に絡みつき、にっこりと上目遣いで見上げてくる。それは明らかに誘っているな、文緒っ!
 文緒の腰を抱き寄せ、そのまま部屋へ連れていく。鍵をかけ、ベッドに押し倒す。そして先ほどの『ペナルティ』のキスをする。

「はぅ……」

 それだけでもう文緒の口からは甘い吐息が漏れる。下半身に血液が集まっているのが分かる。どれだけ罪作りなんだ、文緒っ!
 先ほど兄貴の頬にキスをしていたのを思い出し、ちくり、と少し胸が痛む。
 あんなの挨拶にすぎないのは分かっているけど、それでも嫉妬してしまうのは俺の器が小さいから。
 舌と舌を絡めあい、むさぼるようにキスをする。相変わらずたどたどしいキスだったけど、それさえも気持ちがよい。
 次の動作に移ろうとしたところ、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が着信を告げる。一瞬、無視をしようかと思ったけど、文緒がらみの仕事の話だったらまずいので仕方がなく出る。
『睦貴さん、おつかれさまです~』
 案の定、文緒が所属している事務所からの電話だった。
 文緒は今、兄貴の奥さんの智鶴(ちづる)さんの跡をついで(?)モデルの仕事をしている。俺は文緒のマネージャーとして働いているので仕事が入ったら事務所からこうして連絡が入る。
『急な話なんですけど、明日の朝から現場入りできます?』
 俺はベッドから降り、机の上に置いてあるスケジュール帳を確認する。明日も特に予定は入っていない。大丈夫ということを告げると待ち合わせ場所と時間を告げられたので確認してから電話を切る。
 せっかくいいところだったのに、興ざめだよ。
 ため息をひとつつき、文緒に先ほど言われた内容を告げる。

「あれ、その仕事、美紀ちゃんがやるって聞いてたんだけど」

 文緒は少し口をとがらせ、首をかしげている。文緒の所属している事務所は、兄貴が智鶴さんのために作ったところだ。当初は智鶴さんひとりだったのだが、気がついたらどんどん人が増えて今ではモデルから俳優、女優、歌手まで抱えるそれなりの大手になっている。

「それが、美紀ちゃん、今日も仕事があったのに連絡なく現場にこないって。三日くらい前から連絡とれなくてマネージャーも困っているみたいなんだよな」
「なにそれ、どういうこと?」

 文緒はとがらせていた口を戻し、心配そうに俺を見上げてくる。

「美紀ちゃん、そんな無責任な子じゃないよっ」

 同じ仕事仲間ということもあり、モデル仲間とはそこそこ仲がいいみたいでメールをしたりたまに一緒に遊びに行ったりしている。既婚者でモデルをしているのも珍しがられ、人生相談も受けることがあるらしい。
 こういう相談を受けたんだけどどうすればいい? と文緒は聞いてくるけど……ちゃらんぽらんな人生しか送っていない俺にアドバイスを求めてどうする?
 それに相談者の話の守秘義務というものはないのか!? と説教をするけど、いいって言われたんだよ、と言われてもなぁ。
 文緒は泣きそうな顔をして携帯電話を取り出し、電話をかけている。美紀ちゃんにでも連絡しているのだろう。

「……電源が切れてる」

 信じられない、と青い顔をしているのを見て、俺は文緒を抱き寄せる。

「美紀ちゃん、つい最近、新しく彼氏ができたってうれしそうだったのにっ」

 そう言われてみれば、と思い出す。
 先週だったか、文緒とともに仕事帰りに事務所に訪れた時、美紀ちゃんと一緒になった。
『文緒さん、新しい彼氏ができたんですよーっ』
 とにこにこと文緒に携帯電話の画面を見せているのをちらりと見た。
 文緒の後ろからだったからよく分からなかったけど、最近の若者といったさわやかそうな男と一緒ににこやかに写っている写真だった。
 だけどその男の瞳はそのさわやかそうな外見とは裏腹に、獲物を狙っているかのような鋭い視線をしていて、それだけが少し気にはなっていた。
 あと、気になったのは……。文緒に見せ終わったあと、携帯電話を折りたたんでかばんにしまう時に半そでのTシャツの袖からちらりと見えた青いあざ。
 そんなやらしいところ見るな!? いや、男としてはやっぱり見るだろう? あわよくば……ごほん。
 それを言うと文緒はますます心配しそうだから黙っておこう。べ、別に後ろめたいことをしているわけじゃないからねっ!

「ねえ、むっちゃん」

 腕の中にいる文緒は俺を見上げている。俺は文緒にペナルティのキスを軽くして続きを促す。

「美紀ちゃんが心配なんだけど、マネージャーさんに連絡とれる?」

 そう言うと思った。
 文緒は意外におせっかいと言うか、好奇心の赴くままにいろんなことに首を突っ込みたがる。
 面倒なことはごめんな俺としては勘弁願いたいのだが、文緒のお願いにとことん弱い。
 仕方がないので先ほどかかってきた番号にリダイヤルして、美紀ちゃんのマネージャーに連絡を取ってもらって俺の携帯電話にかけてもらうようにお願いする。
 そうしてしばらく待っていると、知らない番号から電話がかかってきた。たぶん美紀ちゃんのマネージャーだ。

「お忙しいところすみません」

 そう告げて、文緒と代わる。俺は文緒専属のマネージャーだが、美紀ちゃんのマネージャーは複数人を担当しているらしく、大変そうだ。
 文緒はなにかマネージャーに言っているが、交渉はうまくいってないらしい。俺は横から携帯電話を奪い、変わる。

「うちの姫は一度言い出したら聞かないんですよ。申し訳ないのですが、お仕事が終わった後に美紀ちゃんの家まで連れて行ってほしいのですが」

 電話の向こうでマネージャーはかなりしぶっている。何度も行って呼び鈴を押しても出てこない、という。合い鍵は預かってないのか?
『美紀ちゃんはしっかりしていたので、預かってないのですよ』
 うーん、困った。
 とりあえず、美紀ちゃんの住む住所は聞き出しておいた。そして仕事が終わったら一緒に向かうことを約束して、一度電話を切った。

「美紀ちゃん、面倒なことに巻き込まれてなければいいけどね」

 俺もそれを願う。
 パソコンを立ち上げ、先ほど聞いた住所を入れて検索する。地図を見ると、駅前のかなりいい場所に建つマンションのようだ。
 だけどそれ以上の情報を得ることができず、そろそろ夕食の時間もあり、食堂へと出向いた。

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